感動

    454 :鬼女日記 2016/08/12(金) 17:12:50 0.net
    来年結婚する彼に助けられた件を。

    私の両親は私が子供のときから二人とも不倫をしていて、親がほとんど家にいない生活だった。
    兄と違ってプレゼントやお年玉をもらえず、誕生日を一度も祝ってもらえなかった。
    女だからという理由で父方の祖母から虐待まがいのいじめを受けていた
    なんとか奨学金を得て専門へ進学したけど、奨学金を祖母に使い込まれてバイトしながら必タヒで卒業できた。

    社会人になったら、祖母はパチ代を毎月もってこいと言って
    数万円づつ、取り上げられていた。

    650 :鬼女日記 2016/02/02(火) 07:42:15 ID:tdy
    自分に対して受けた衝撃

    生まれてから先月までパジャマを着ないで寝たことがなかった。
    1年中長袖長ズボンのパジャマで夏はガーゼ地、冬はフリースや軽めのスウェットを着て寝ていた。
    子供の頃からの習慣だし、自分の汗がシーツに直に吸い込まれる感覚がなんとなくいやで。
    どんなに忙しい時でも、ホテルにもパジャマを持参していた。

    朝起きたら体全体が少し凝ってるというのも、私にとっては当たり前のことだった。
    高い布団やマットレスも試したが、大して効果はなかった。
    元々、肩幅も広く骨太でがっしりしている体型で朝以外は凝りと無縁なのだが。

    プラス、自分では気が付いていなかったが、寝始めの体勢が必ず仰向けで気をつけらしい。
    最近結婚して同居し始めた夫に指摘されて初めて気がついた。

    冬になると寝起きのだるさと肩こりが格段に上がり、今年は寄る年波もあってか、
    毎朝憂鬱な気持ちになるくらいにはゴリゴリに凝り始めた。
    辛そうにしていると夫に、パジャマを着るのをやめたら?と言われた。
    パジャマと毛布がまとわり付きあって、重たく感じるから凝るのかもよ?
    あと、気をつけ体勢で寝るんじゃなく、自分の楽な体勢で寝始めたら?とも。
    そういえば確かに夫は年中Tシャツ+トランクスだけで寝ているし、
    バンザイしたりミノムシみたいに丸まったり、いろんな体勢で寝ている。

    最初は半信半疑だったが、Tシャツ+短パンで横を向いて寝てみると、
    翌朝、体が驚くほど軽かった。
    素脚が毛布とシーツの間でがするする動くことのなんと気持ちの良いことか。

    更に軽さを追求するため、馬鹿みたいに嵩高のある羽毛布団を購入し毛布を廃止。
    するする感増加のためサテンの布団カバーに変更。

    毎朝、もう、天国かと思うくらい体が軽い。

    40年弱もパジャマに固執し続け気をつけ体勢で眠っていた自分に衝撃。
    冷たいシーツに素脚が包まれることの気持ちよさに衝撃。

    799 :鬼女日記 2013/04/06(土) 17:28:33 ID:bNQ9/jrp
    自分の話じゃないんけど。

    先月新幹線で東京に向かってたら、指定席車両でひと騒ぎがあった。
    途中で乗車してきた就活中らしき女の子が、自分の斜め前の席で何度も切符と番号を確認してた。
    どうも自分の席に関係ないオッサンが座ってるらしい。
    女の子、遠慮がちにオッサンに言う。
    「寛がれていらっしゃるところ、大変申し訳ありません。失礼ですが、座席をお間違えではありませんか?」
    オッサン答える。
    「自由席が満席だからこっちにきたんだよ、ワリーか」
    急に静かになった車両で、たぶんみんな悪いだろ!退けよ!と思いながら二人の話聞いてた。
    「そうですか。でもそこは私が購入している席なので、お席につかれることをご希望なら、空席の指定席券を購入なさってください」
    「ウルセーんだよ、若いなら立ってろ!こっちは仕事で疲れてんだよ!だいたい後から乗ってきて何言ってんだ!それとも俺の膝に乗るか?あ?」
    お前が何言ってんだ。といいかげん見かねて他の乗客が車掌呼ぼうとしたり、俺も今こそ武勇伝を!とオッサンに文句いおうと腰を浮かせかけたんだが。

    127 :鬼女日記 2014/11/07(金) 12:09:51 ID:izdNKCHIv
    家族とのささやかな幸せの話。
    私は就職した会社を1年足らずで辞めてしまいました。原因はストレス。
    自分はなんてダメな奴なんだろうと日々後悔していたら、
    婚約者に「じゃあ家にいてよ」と言われ専業主婦になりました。
    でもその時は罪悪感でいっぱいでした。
    裕福じゃないのでギリギリ食わせてもらってる状態。
    しかも家事はするけど、働いている人と比べて労働量もストレスも少ない。
    身内にも「非常識だ」「働け」と言われ、その通りだと思っていました。

    ある日の出勤前、婚約者が「今日は遅くなるから」と言ってきました。特に理由も言わない。
    私は(ああ、浮気かな、今後どうするかな)なんてやけに冷静に、その日を過ごしていました。
    そして夜帰ってくると、「話があるんだ」と言ってくる。今後のことかなと思いました。

    すると、リビングに着くなり「今日は講演会に行ってきたんだ」と言う。
    予想外だったので「どういうこと?」と聞くと、次のように話してくれました。

    「行ってきたのは食育の講演会なんだ。はなちゃんの味噌汁って知ってる?
    亡くなったお母さんの意思を受け継いで5歳から味噌汁を作る女の子の話。
    俺その話聞いてウルっときたんだ。
    味覚が完成されるのは5歳で、その完成度が人生の食事で大きな影響を与えるんだって。
    だからね、きちんとした料理を作るのはお母さんにとってすごく大事なことなんだ。
    それを毎日する君、そしてこれから子どもに受け継がせる将来を想像したら、
    毎日ご飯作ってありがとうって、伝えたくなったんだ」

    大体こんな感じの話をしてくれました。それを聞いた途端、胸が詰まって声が出なかったよ。
    嬉しかった。私、一応役に立ってたんだと思うと泣きそうになった。

    私は会社に利益をもたらす人でもお客様に還元できる人間でもない。
    社会の役には立てないけど、それでも家族の役に立てたら、それでいいかなって思えたんだ。
    思わせてくれた将来の旦那さん、ありがとう。私の大事な家族です。

    782 :鬼女日記 2015/05/17(日) 20:54:27 ID:JUIyeg75.net
    修羅場といえば修羅場なので投下させてもらいます。

    少し前、資格とりたくて数年勤めた職場を退社してフリーターしながら資格の勉強してた。
    バイト先は牛丼屋で、基本は22時から朝までのシフト。
    2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ。

    父親は30代くらい。子供は女の子でたぶん2才~3才くらいかな。
    深夜にもかかわらず女の子は眠い感じがなく、活発に喋ってた。
    お冷を持っていったら父親「ちょっと注文考えさせて下さい」と。

    当時は1人シフトで地方都市の国道沿いの店なもんで他に客は無し。
    父子の会話が明瞭に聞こえてきた。

    娘「これナホちゃん食べたいなー」
    父「ナホはこれ食べたいんだなー(財布の中身見て)いいよ、これ頼もうか!」
    娘「ぎゅどんておいしいー?」
    父「うん、すごくおいしいよー!」

    呼び出しが鳴ったので注文を取りに行った。

    父「すいません、この(小盛の牛丼)をひとつください」
    俺「他にご注文は?」
    父「以上です」

    え、子供の分しかないじゃん。お金ないのかなーと思った。
    この父子をよく見れば、父親はけっこう着古したスラックスにヨレヨレのYシャツ。
    娘はもう5月も終わる時期なのにスウェットっぽいズボンに毛玉いっぱいついた長袖。
    荷物は汚い大き目のリュックひとつ。
    明らかに何日かは風呂も入ってないなって感じの風貌だった。

    続きます

    282 :鬼女日記 2017/08/13(日) 22:42:08 ID:ahAM2riS0.net
    誰か助けてくれ

    これは俺が園児だった頃だ

    そん時はボロアパートに住んでて近くに公園があったんだ。
    そこに行った、特にすることもなく。

    することなかったから砂場で砂遊びしてたんだよ
    そしたら4人組の子たち(当時の俺と同い年だった気がする)が来た。
    手には消防車のミニカーを握っていたんだ。

    俺はそれを見て「欲しいな・・・」って考えてた。
    その後の記憶はないが、途中のアパートに帰るまでは覚えてる
    で、玄関開けて帰ってきたら母親が出迎えてくれた

    んで、母親が俺の右手を指さし一言
    「何それ?」

    手にはあの子が持っていたミニカーが・・・

    俺はその子たちにミニカーを貰った記憶が全くない・・・
    なんで持ってたんだろう・・・

    今でも不思議でしょうがないんだ

    472 :鬼女日記 2013/07/18(木) 14:40:09 ID:ItRl35hQ
    10年以上ニートだったけどバイト始めたこと
    メンヘラ過ぎてバイトの面接落とされまくって、病気も悪化して主治医から「もう就労は諦めましょう。なんとか生きていることを保つことだけ考えましょう」とまで言われて働くことを諦めるようにしてきていた
    でもついにバイトを始めることができた
    そして、一年で一番忙しいシフトも無事にこなせた
    もう働いて、家の外の世界の人と関わって生きていくことは一生無理だ、考えちゃいけないことなんだと思っていたから自分にとってはまさにスレタイ

    406 :鬼女日記 2015/06/23(火) 11:41:54 ID:oby

    私はいわゆる放置子だった。
    お父さんは気が付いたらいなくなってて、お母さんとふたりで暮らしていた。
    お母さんはだいたいいつもお酒臭くて、ときどき男の人を連れて帰ってきた。
    男の人が来ているときは、雨でも夜中でも外に出されてつらいけど、
    その後は、しばらくお母さんの機嫌が良くなるから助かってた。

    小学三年生の冬、お母さんに彼氏ができた。
    今までの男の人と違って、家に何回も出入りして、いる時間も長かった。
    外に出される時間が多くなって、とても困った。

    子供がいていい場所って案外ないんだよ。
    特に夜中だと、すぐに大人に声をかけられて
    「おうちは?おとなの人は一緒じゃないの?」
    って聞かれる。最悪保護されて家に連絡される。
    そうするとお母さんがとっても怒って三日くらい怖い。

    結局、公園のすべりだいの中が夜中の居場所になった。
    風がよけれて、人目につかなくて、トイレもある。
    家を出されるときにちゃんと毛布と手袋を持っていくのがコツ。
    できたら、なにかお菓子やパンをもらって出ていく。
    ちょっとづつかじって食べると時間がつぶれて楽。

    300 :鬼女日記 2017/08/03(木) 22:34:45 ID:MMbieYr7.net
    息子が置き手紙をして出ていった
    「今まで一杯困らせてごめん。もう俺のことで悩まなくていいから」
    と書いてあって、家出?自杀殳?とビビりながら探してしまった。

    しばらくしたらLINEで
    「部活仲間と遊んでくから遅くなるよ」と返事が来た

    帰宅後、息子に手紙の意味を聞いたら
    「いや、これから親に心配かけないようにと思って。
    同級生のお母さんが癌でタヒんじゃって、なんかめっちゃ反省した」
    いや、今までで一番心配したわ
    マジで遺書かと思ったわ!…でも気持ちはありがたい

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