感動

    650 :鬼女日記 2016/02/02(火) 07:42:15 ID:tdy
    自分に対して受けた衝撃

    生まれてから先月までパジャマを着ないで寝たことがなかった。
    1年中長袖長ズボンのパジャマで夏はガーゼ地、冬はフリースや軽めのスウェットを着て寝ていた。
    子供の頃からの習慣だし、自分の汗がシーツに直に吸い込まれる感覚がなんとなくいやで。
    どんなに忙しい時でも、ホテルにもパジャマを持参していた。

    朝起きたら体全体が少し凝ってるというのも、私にとっては当たり前のことだった。
    高い布団やマットレスも試したが、大して効果はなかった。
    元々、肩幅も広く骨太でがっしりしている体型で朝以外は凝りと無縁なのだが。

    プラス、自分では気が付いていなかったが、寝始めの体勢が必ず仰向けで気をつけらしい。
    最近結婚して同居し始めた夫に指摘されて初めて気がついた。

    冬になると寝起きのだるさと肩こりが格段に上がり、今年は寄る年波もあってか、
    毎朝憂鬱な気持ちになるくらいにはゴリゴリに凝り始めた。
    辛そうにしていると夫に、パジャマを着るのをやめたら?と言われた。
    パジャマと毛布がまとわり付きあって、重たく感じるから凝るのかもよ?
    あと、気をつけ体勢で寝るんじゃなく、自分の楽な体勢で寝始めたら?とも。
    そういえば確かに夫は年中Tシャツ+トランクスだけで寝ているし、
    バンザイしたりミノムシみたいに丸まったり、いろんな体勢で寝ている。

    最初は半信半疑だったが、Tシャツ+短パンで横を向いて寝てみると、
    翌朝、体が驚くほど軽かった。
    素脚が毛布とシーツの間でがするする動くことのなんと気持ちの良いことか。

    更に軽さを追求するため、馬鹿みたいに嵩高のある羽毛布団を購入し毛布を廃止。
    するする感増加のためサテンの布団カバーに変更。

    毎朝、もう、天国かと思うくらい体が軽い。

    40年弱もパジャマに固執し続け気をつけ体勢で眠っていた自分に衝撃。
    冷たいシーツに素脚が包まれることの気持ちよさに衝撃。

    799 :鬼女日記 2013/04/06(土) 17:28:33 ID:bNQ9/jrp
    自分の話じゃないんけど。

    先月新幹線で東京に向かってたら、指定席車両でひと騒ぎがあった。
    途中で乗車してきた就活中らしき女の子が、自分の斜め前の席で何度も切符と番号を確認してた。
    どうも自分の席に関係ないオッサンが座ってるらしい。
    女の子、遠慮がちにオッサンに言う。
    「寛がれていらっしゃるところ、大変申し訳ありません。失礼ですが、座席をお間違えではありませんか?」
    オッサン答える。
    「自由席が満席だからこっちにきたんだよ、ワリーか」
    急に静かになった車両で、たぶんみんな悪いだろ!退けよ!と思いながら二人の話聞いてた。
    「そうですか。でもそこは私が購入している席なので、お席につかれることをご希望なら、空席の指定席券を購入なさってください」
    「ウルセーんだよ、若いなら立ってろ!こっちは仕事で疲れてんだよ!だいたい後から乗ってきて何言ってんだ!それとも俺の膝に乗るか?あ?」
    お前が何言ってんだ。といいかげん見かねて他の乗客が車掌呼ぼうとしたり、俺も今こそ武勇伝を!とオッサンに文句いおうと腰を浮かせかけたんだが。

    127 :鬼女日記 2014/11/07(金) 12:09:51 ID:izdNKCHIv
    家族とのささやかな幸せの話。
    私は就職した会社を1年足らずで辞めてしまいました。原因はストレス。
    自分はなんてダメな奴なんだろうと日々後悔していたら、
    婚約者に「じゃあ家にいてよ」と言われ専業主婦になりました。
    でもその時は罪悪感でいっぱいでした。
    裕福じゃないのでギリギリ食わせてもらってる状態。
    しかも家事はするけど、働いている人と比べて労働量もストレスも少ない。
    身内にも「非常識だ」「働け」と言われ、その通りだと思っていました。

    ある日の出勤前、婚約者が「今日は遅くなるから」と言ってきました。特に理由も言わない。
    私は(ああ、浮気かな、今後どうするかな)なんてやけに冷静に、その日を過ごしていました。
    そして夜帰ってくると、「話があるんだ」と言ってくる。今後のことかなと思いました。

    すると、リビングに着くなり「今日は講演会に行ってきたんだ」と言う。
    予想外だったので「どういうこと?」と聞くと、次のように話してくれました。

    「行ってきたのは食育の講演会なんだ。はなちゃんの味噌汁って知ってる?
    亡くなったお母さんの意思を受け継いで5歳から味噌汁を作る女の子の話。
    俺その話聞いてウルっときたんだ。
    味覚が完成されるのは5歳で、その完成度が人生の食事で大きな影響を与えるんだって。
    だからね、きちんとした料理を作るのはお母さんにとってすごく大事なことなんだ。
    それを毎日する君、そしてこれから子どもに受け継がせる将来を想像したら、
    毎日ご飯作ってありがとうって、伝えたくなったんだ」

    大体こんな感じの話をしてくれました。それを聞いた途端、胸が詰まって声が出なかったよ。
    嬉しかった。私、一応役に立ってたんだと思うと泣きそうになった。

    私は会社に利益をもたらす人でもお客様に還元できる人間でもない。
    社会の役には立てないけど、それでも家族の役に立てたら、それでいいかなって思えたんだ。
    思わせてくれた将来の旦那さん、ありがとう。私の大事な家族です。

    782 :鬼女日記 2015/05/17(日) 20:54:27 ID:JUIyeg75.net
    修羅場といえば修羅場なので投下させてもらいます。

    少し前、資格とりたくて数年勤めた職場を退社してフリーターしながら資格の勉強してた。
    バイト先は牛丼屋で、基本は22時から朝までのシフト。
    2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ。

    父親は30代くらい。子供は女の子でたぶん2才~3才くらいかな。
    深夜にもかかわらず女の子は眠い感じがなく、活発に喋ってた。
    お冷を持っていったら父親「ちょっと注文考えさせて下さい」と。

    当時は1人シフトで地方都市の国道沿いの店なもんで他に客は無し。
    父子の会話が明瞭に聞こえてきた。

    娘「これナホちゃん食べたいなー」
    父「ナホはこれ食べたいんだなー(財布の中身見て)いいよ、これ頼もうか!」
    娘「ぎゅどんておいしいー?」
    父「うん、すごくおいしいよー!」

    呼び出しが鳴ったので注文を取りに行った。

    父「すいません、この(小盛の牛丼)をひとつください」
    俺「他にご注文は?」
    父「以上です」

    え、子供の分しかないじゃん。お金ないのかなーと思った。
    この父子をよく見れば、父親はけっこう着古したスラックスにヨレヨレのYシャツ。
    娘はもう5月も終わる時期なのにスウェットっぽいズボンに毛玉いっぱいついた長袖。
    荷物は汚い大き目のリュックひとつ。
    明らかに何日かは風呂も入ってないなって感じの風貌だった。

    続きます

    282 :鬼女日記 2017/08/13(日) 22:42:08 ID:ahAM2riS0.net
    誰か助けてくれ

    これは俺が園児だった頃だ

    そん時はボロアパートに住んでて近くに公園があったんだ。
    そこに行った、特にすることもなく。

    することなかったから砂場で砂遊びしてたんだよ
    そしたら4人組の子たち(当時の俺と同い年だった気がする)が来た。
    手には消防車のミニカーを握っていたんだ。

    俺はそれを見て「欲しいな・・・」って考えてた。
    その後の記憶はないが、途中のアパートに帰るまでは覚えてる
    で、玄関開けて帰ってきたら母親が出迎えてくれた

    んで、母親が俺の右手を指さし一言
    「何それ?」

    手にはあの子が持っていたミニカーが・・・

    俺はその子たちにミニカーを貰った記憶が全くない・・・
    なんで持ってたんだろう・・・

    今でも不思議でしょうがないんだ

    472 :鬼女日記 2013/07/18(木) 14:40:09 ID:ItRl35hQ
    10年以上ニートだったけどバイト始めたこと
    メンヘラ過ぎてバイトの面接落とされまくって、病気も悪化して主治医から「もう就労は諦めましょう。なんとか生きていることを保つことだけ考えましょう」とまで言われて働くことを諦めるようにしてきていた
    でもついにバイトを始めることができた
    そして、一年で一番忙しいシフトも無事にこなせた
    もう働いて、家の外の世界の人と関わって生きていくことは一生無理だ、考えちゃいけないことなんだと思っていたから自分にとってはまさにスレタイ

    406 :鬼女日記 2015/06/23(火) 11:41:54 ID:oby

    私はいわゆる放置子だった。
    お父さんは気が付いたらいなくなってて、お母さんとふたりで暮らしていた。
    お母さんはだいたいいつもお酒臭くて、ときどき男の人を連れて帰ってきた。
    男の人が来ているときは、雨でも夜中でも外に出されてつらいけど、
    その後は、しばらくお母さんの機嫌が良くなるから助かってた。

    小学三年生の冬、お母さんに彼氏ができた。
    今までの男の人と違って、家に何回も出入りして、いる時間も長かった。
    外に出される時間が多くなって、とても困った。

    子供がいていい場所って案外ないんだよ。
    特に夜中だと、すぐに大人に声をかけられて
    「おうちは?おとなの人は一緒じゃないの?」
    って聞かれる。最悪保護されて家に連絡される。
    そうするとお母さんがとっても怒って三日くらい怖い。

    結局、公園のすべりだいの中が夜中の居場所になった。
    風がよけれて、人目につかなくて、トイレもある。
    家を出されるときにちゃんと毛布と手袋を持っていくのがコツ。
    できたら、なにかお菓子やパンをもらって出ていく。
    ちょっとづつかじって食べると時間がつぶれて楽。

    300 :鬼女日記 2017/08/03(木) 22:34:45 ID:MMbieYr7.net
    息子が置き手紙をして出ていった
    「今まで一杯困らせてごめん。もう俺のことで悩まなくていいから」
    と書いてあって、家出?自杀殳?とビビりながら探してしまった。

    しばらくしたらLINEで
    「部活仲間と遊んでくから遅くなるよ」と返事が来た

    帰宅後、息子に手紙の意味を聞いたら
    「いや、これから親に心配かけないようにと思って。
    同級生のお母さんが癌でタヒんじゃって、なんかめっちゃ反省した」
    いや、今までで一番心配したわ
    マジで遺書かと思ったわ!…でも気持ちはありがたい

    710 :鬼女日記 2013/07/18(木) 14:44:07 ID:mvuQyU/0
    数年前の話だけど
    hydeに話し掛けられたこと
    まさかhydeの視界の中に入れるとは
    思わなかった。
    ただ驚き過ぎて首を縦に振ることしか
    出来なかった。

    ちなみに誘われるとか色っぽい話じゃないです。

    149 :鬼女日記 2018/02/16(金) 14:27:41 ID:oV5
    知り合いのおばあちゃま(親戚ではなくて、歳の離れた友達)から
    今頃になって年賀状が来た
    正確に言えば寒中見舞いだけどね
    今冬の寒さで年賀状を書く元気が出なかったそうで
    やっと少しずつ返礼のハガキを書いているんですと
    御年90歳だから無理をしないでいただきたいけど
    それはそれとして
    お手製ハガキに貼られていた切手が見たことのないものだったので
    ネットで見てみたら
    1959年!! 昭和34年!!! の切手!!!!
    59年前!!! の切手、でも新品のようにきれい!!!
    私もいい歳だけど、さすがに生まれてないし!!!
    年末大掃除してたら出てきたのかしら
    几帳面な方は次元が違うなあ

    484 :鬼女日記 2014/01/08(水) 14:53:12 ID:pwJqpybP
    病気が治って退院したら自分が可愛いとわかった事

    三歳の時に病気で入院してからほとんど病院のベッドで暮らして来たような生活してた。
    13才で手術するまでは、家族と病院の人とテレビしか知らなかった。
    姉はいつも私に付き添いながら「(私)は可愛いから、大きくなったら美人になるよ」と励ましてくれた、母も同じ。
    看護師さんも大きくなったら~、と言ったけど どうせ私の手術時に暴れたり泣いたりの面倒がないようにする為だと思った。
    元気になって二年遅れて高校に入った時に自分が本当に可愛いかったんだと知った時すごく衝撃だった。
    理由は単純にモテた事と美容室に行くとヘアモデルしませんか、と毎回言われる事。
    自由に動ける身体って素晴らしい。
    但し胸はない

    550 :鬼女日記 2017/01/24(火) 01:40:25 0.net
    25歳の頃、繁華顔を普通に歩いていて転んだ
    「アイタタ」と思って目を開けたら病院のベッドで寝ていた
    気づいたら身体が動かないし声も出ない
    私はパニクってしまったが、どこかで「転んで気絶して病院」と思ってはいた
    看護師がきて「あ!」と一言だけ言って部屋を駆け足で去っていった
    5分もしないうちに医者や他の看護師も3人ほど駆けつけてきた
    医者の話だと私は2年意識がなく遷延性意識障害と診断され
    この病院に移されたそうです。そこは私が住むところから車で5時間かかるところでした

    私は転んで後頭部を打ち気絶
    脳内出血で手術をしたが意識戻らず
    3ヶ月目で遷延性意識障害と診断され親戚(両親は鬼籍)に延命処置か安楽タヒか選択したら
    みんなが諦めて安楽タヒを選択したら妹だけが猛反対し延命処置になった
    これを聞いた時が自分の中の修羅場だった

    そして2年間妹が婚約者との縁談を断り私の介護をし続けていた
    妹は会社を辞めこの病院の食堂と清掃婦として働いていた
    慰謝からはなしを聞いて妹が駆けつけてきて手を握って「よかった!よかった!」と
    何度も囁いていた
    それからリハビリ受けて半年で退院
    生活に多少師匠はあるが一人で生活できるレベルにはなっていた
    私は妹の元婚約者のところに謝罪しに行った
    元婚約者は「元気になって良かったです」と言うと
    そのあと信じられない事を言った
    「もう一度妹さんにプロポーズします。妹さんを僕に下さい」と
    婚約者はずっと妹を待っていた。影でも妹にわからないように助けていた

    私は即答で「もちろんだ!妹をよろしくお願いします」と返した
    気づいたら号泣していた

    そして先月妹が式を挙げた
    妹は世界一綺麗な花嫁になった

    285 :鬼女日記 2015/12/09(水) 13:11:54 ID:aATFW6As.net
    この前、久しぶりに実家に兄弟姉妹が集まった。皆独立しているが
    子供がいるのは兄ちゃんところだけ。両親(ジジババ)と3人の叔父叔母が
    兄の一人娘(4歳)を可愛がっていたら、姪が唐突に「じじとばばはいつタヒぬの?」と
    真顔で聞いた。義姉が慌てて「こら!何てこと言うの!」とたしなめたが
    両親はニコニコと「子供の言うことだから大丈夫よ」と義姉を制し、姪に向かって
    「そうね、おじいちゃんもおばあちゃんも歳だから、そろそろタヒんじゃうかもね」と言った。
    義姉が「そんなことないですよ、お義父さん、お義母さん、変なこと言わないで」と言いかけたら
    いきなり姪が泣き出した。母が「ほら○○ちゃん(義姉)が強く叱るから」などと言い、
    父は「どこか痛いのかい?」などとオロオロしてると、「・・・やだー!!じじもばばもタヒんだら
    いやだー!!!○○ちゃん、いいこにするから、ずっと生きててーー!!!」と号泣。
    聞けば幼稚園のお友達のおばあちゃんが先日亡くなったそうで、ずっと「じじもばばはずっと
    元気だよね」と兄や義姉に聞いていたとか。それからしばらく両親も泣いていた。

    320 :鬼女日記 2015/12/24(木) 21:48:14 .net
    俺「1年の俺です、よろしくお願いします」
    嫁「3年の嫁子です、よろしく」

    が初めての会話だったはずなにの、実家に連れて行ったら実際は

    俺「ヾ(´∀`*)ノだー、だーヾ(´∀`*)ノ」
    嫁「・・・俺ちゃん?こんにちわ」

    が初めての会話だったと判明した。

    434 :鬼女日記 2016/12/26(月) 15:02:25 ID:o0j
    旦那は喜怒哀楽の「怒」がほとんどない。
    「俺だって怒るよ~」とは言ってるけど、怒っているところを一度も見たことない。
    割と短気だった私も、旦那といると心が穏やかになるみたいで、
    些細なことでイライラすることがなくなった。

    更に衝撃的なのが義両親。いつも朗らかでにこにことしていらっしゃる。
    私たち夫婦がやることを見守り、壁にぶつかりそうになった時にはそっと手を差し出してくれるようなイメージ。
    旦那曰く、義母さんには怒られたことはあれど、義父さんが怒っているところを一度も見たことがないらしい。

    母親がヒステリー気味、父は無口で無関心、年の近い妹とは毎日喧嘩ばかりで、母の怒鳴る声が絶えなかった。
    それが当たり前なんだと思っていたから、こういう穏やかな人が存在しているということは衝撃的だった。
    いい人たちだから、大切にしたいと思ってる。

    うまく書けなくてごめんなさい。
    リアルだと義実家とギスギスしている人が多く「家庭円満自慢?」って言われそうで、
    ここで吐き出させてもらいました

    93 :鬼女日記 2013/09/19(木) 13:08:33 ID:QLrye1gK
    パートタイム勤務でも、海外研修連れて行ってもらったこと。
    ある日、店長が「○○さん、アメリカ行かない?」って言って来て
    「はあぁぁぁ!?」(←本当にこう答えた)と衝撃を受けた。

    移動は全てチャーターバス、宿泊先はマ○オットやヒルト○など
    私ですら聞いたことのある名前のホテルばかり。

    研修だから、ひたすらスーパーマーケット巡りなんだけど
    それでも楽しかった。

    個人では、とても出来ない貴重な体験なので、行けるものならまた行きたい。

    684 :鬼女日記 2017/01/16(月) 19:38:04 ID:6eZ
    娘が2歳のとき、街中で暴漢に襲われたことがある
    相手は知的な障害のある人だったんだけど、ふいに何かがスイッチになってパニックになったらしくて
    周りにたくさん人がいる中で、私の娘を標的に定めて襲ってきた
    とっさに娘を抱え込んで亀みたいな体勢になるのが精一杯だった
    結果的に私は肋骨と骨盤を骨折して内臓が一部破裂したけど、娘は服が汚れただけで済んだ
    精神的な傷が怖くてずっと経過を観察してきたけど、特に記憶にも残らなかったみたいで
    トラウマめいたこともなく、無事に成人してくれた

    それから20数年たって、娘が嫁いでいくことになった
    結婚前にお婿さんがうちに来て、お酒を飲みながら皆で娘の小さい頃の話なんかしてたんだけど
    娘が「小さい頃、お母さんに襲われたことがあったよね」って言い出してええってなった
    話を整理すると、
    ・デパートの前で大きなぬいぐるみを見てたらいきなりお母さんが抱きついてきた
    ・苦しくて離してって叫んでたのに離してくれなくてすごく怖かった
    ・お母さんの顔がすごく険しくて、かっと見開いた目が怖かった
    娘の見た光景は、確かに暴漢に襲われたときのものと一致してた

    これまで娘の傷を刺激してはいけないと思って当時のことは話したことがなかったんだけど
    まさかそういうふうに記憶していたとはorz
    真相を話したら驚いてたよw
    そのあと披露宴で、母への手紙でその話に触れて
    「私に子供ができたら、きっとお母さんみたいに命がけで子供を守れるような母親になります」
    って言ってくれて泣けたw

    すごく痛い思いをしたけど、今じゃ笑い話にできてよかった

    254 :鬼女日記 2017/07/24(月) 01:47:08 ID:NR2
    アラブ人がおっそろしいレディーファーストだったこと。

    十数年前、旅行先のホテルになぜかアラブ人が結構な数宿泊してた。
    正確にはアラブ人じゃないかもしれないけど、女性がアバーヤ(黒マント)来てる人たちだった。

    たくさんの荷物を一人で抱えたまま、エレベーターのボタンを押してT手ぶらの女性を乗せて、降ろして、ドアを開けて・・・とすっごいレディーファーストの男性たち。
    女性も違和感なく スルッ スルッ と開けてもらったドアから部屋に滑り込む。
    レストランもプールバーも男性が椅子引いて女性が ストン と座って、男性が女性にメニュー見せてウェイターにオーダーしてる。

    女主人と召使かと思っていたら、その男性も一緒に食べ始めて、さらにビデオで女性を撮影したり、談笑したりしてる。
    召使と仲良しなのか???
    と思っていたがどうやらあれは夫婦のようだ。
    観察してると、アラブ人だちはどこもそんな感じで男が取り仕切って女がそれに乗っかている。
    エレベーターの乗り降りも、レストランのドアもオーダーもウェイターに何か頼むのも、すべて男性の役割。

    それってまるまる私が普段夫にしてやってることじゃないか!!

    手ぶらで私の後ろをのそのそついてきて、爪楊枝でシーハーしながらボケッと突っ立って、大荷物持ってる私がボタン押すの待って、
    エレベーターが来たら真っ先に乗り込んで相変わらずシーハー。
    ドアが開けば真っ先に降りて、レストランじゃ欲しいものも苦情も全部私にぶちまけて、
    ウェイターに言うのは私。
    食べたらさっさと席を立って、支払いの手間もチップの計算もみんな私一人。
    夫婦ってこんなもんだと思ってたけど、アラブは男女逆転なんだね。

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