悲しい話

    848 :鬼女日記 2017/11/03(金) 08:36:21 0.net
    この前息子家族が来た時、3歳の孫が紙に何か一生懸命書いてたのね
    何書いてるの?と声をかけたら、嫁がおばあちゃんの顔みたいです、と返事してくれて、孫に向かって、バァバにあげようねと言ってくれた
    孫もウンと頷いてくれて、私は嬉しくて仕方なくて、あら嬉しいーなんて言ってた
    ところが、できた!と言った後、ママ、バァバにあげるからカバンいれて!と
    え?と思ったら嫁も、バァバ喜ぶかな、と言いながらカバンへ
    どうやら嫁のお母様のことだったようで…恥ずかしくて悲しくて、どうにかなりそうだった
    よく考えたら、孫は私のことをバァバなんて呼ばない

    807 :鬼女日記 2016/02/05(金) 02:42:08 ID:e1Y
    修羅場かどうかわからんけど、この時期になると思い出す話

    さらっと昔話すると、僕の家族はみーんな16~17のころにタヒんじゃった。
    16の時に親父で、17の時母・弟・妹ってな具合。他の親戚はとうの昔にタヒんでた。
    役所いっても「プッ働けばw」みたいな事言われたから、高校辞めて働くことにした。
    2年までは進級してたから、一回辞めてお金貯めるか奨学金通ったら夜間に通おうと思ってた。
    唯一生きてる父方の祖母に保証人になってもらったり協力はしてくれたけど、
    かなり高齢だし自営で年金も大してなかったから、金銭的な援助は無理だった。
    家借りれる金が出来るまで、知り合いのガレージを間借りしてたりもした。

    そのころの生活は辛いのなんの。
    狭い部屋で暖房もなくて、家にいるときはずっと布団にくるまってた。
    畳でよかった。フローリングならタヒんでた。
    食べる物もろくに買えなくて、安い小麦粉買ってきて塩と水で練ったものを茹でたのが主食だった。
    もったいないから水で薄めた醤油に付けて食べて、時々安売りの野菜と卵買ってきて、
    お好み焼きみたいなの作るのが贅沢だった。ソースは高いから醤油オンリーだけど。

    18になって夜勤ができるようになって、スーパーに卸す食品工場で働いた。
    この時期は、関西ってのもあって恵方巻作りのシフトは夜通し働いた。
    節分なんてあんまりやらない家だったから、初めてまじまじと見たけど「ただの太巻きやんけ…」と思った。
    世の中の家族はこんな良いもん食ってんだな~なんて思って羨ましかった。

    でもその恵方巻は沢山廃棄されてた。それだけじゃなくてお惣菜とかも。
    工場で破棄する分もあって返ってきてたから、あまりの量にびっくりした。
    店舗廃棄も含めるともっと多いんだろうね。
    言うほど売れないもんだし、どこでも売ってるからな…。

    その時なんの意識もしてなかったけど涙が出てきた。
    なんでこんなに僕は腹空かして我慢してるのに、頑張って作ったのに、食べれるのに捨てちゃうんだろ。って。
    でも誰も顔色一つ変えずにポイポイ捨ててた。
    工場やスーパーからしたら、見切り品で食中毒なんてシャレにならんし、捨てるのが一番らしい。

    その日僕は人生で初めてゴミを漁った。ゴミ袋を回収に来る前に、廃棄された惣菜をこっそり持って帰った。
    とても悔しかった。なんでこんなことしなきゃいけないんだろうって事ばかり考えてた。
    それでもゴミの中から漁った久々の米はおいしかった。
    寒い時期で常温でも冷蔵庫みたいなもんだから、お腹一杯食べれた。

    68 :鬼女日記 2016/03/12(土) 13:24:48 ID:OXs
    うちのとーちゃんの料理はおいしい
    冷蔵庫のありあわせのものでつくるチャーハンは、材料によって味付けが変わるんだけどいつも絶品
    最近単身赴任で遠くに居るのであんまあり食べられない

    かーちゃんは料理下手ではないけど、料理は好きじゃないと常々言ってる
    その割に自然志向で、化学調味料とか添加物にうるさい

    かーちゃんの誕生日にとーちゃんと兄弟2人手伝って、気合いの入った御馳走作った
    弟はレタスちぎってただけだけど

    かーちゃんはPTAの会とかだったんだけど、予定より遅く帰ってきた上に
    御馳走ばくばく食べながら、色々料理に注文つけた
    ビーフシチューに肉を2種類も使うのは無駄だ、とか、スープのベーコン、加工食品は体に悪い、とか
    俺は我慢できなくて、そんなことないよ、このフライだって化学調味料一切使ってないよ、
    俺見てたもんって言ったら、ビール使ったって言ってたでしょ、ビールにも色々入ってるの!だって

    とーちゃん、気にしてない風を装ってたけどダメージでかかったみたいで
    赴任先からの電話ががたっと減った

    461 :鬼女日記 2016/04/23(土) 22:14:31 ID:k37
    私の縁談をぶち壊し、キチな行動で周囲全部に迷惑かけ続けてた毒親。
    絶縁してたんだけどどうやって調べたか、数年ぶりに電話かけてきた。
    病気で余命が、というので
    「やったー!いつタヒぬの?今日?明日?
    なんだー一年以上かかるのー?タヒんでからにしてよね連絡」
    ひどいと言われたので
    「だって若い時からタヒぬタヒぬ☆詐欺してたじゃん!
    やっと本当にタヒねるよ!よかったね!☆」
    「大丈夫!私にやったみたいに、何日も食べ物も水も取れないようにしてたら
    きっとすぐタヒねるよ☆」
    戻って奴隷しろと言われたので、
    手拍子しながら自分が肺炎になった10歳の時にかけられた言葉をそのままかけてやった。
    「しーね!しーね!しーね!しーね!」
    気が付いたら電話が切れてた。
    笑いながらしねしねコールしてたのに、なぜか涙でぐちゃぐちゃ。
    電話もメアドもまた全部変えた。
    住所知られたかはわかんないけど、また家探さなきゃ。

    誰にも大切に思われず、孤独にタヒんでいくのがあんたの受ける報いだよ。
    唯一の肉親に心の底からタヒねって思われたままタヒんで池。
    早く一年たたないかな。

    100 :鬼女日記 2015/02/04(水) 00:46:55 ID:mKo
    後悔してもしつくせない私の修羅場

    昔4歳の頃、家のお風呂が壊れたので銭湯に行ってた
    4歳でもう一人でお風呂に入れるので、お気に入りの金魚とアヒルの玩具を持って、父や祖父と別れて女湯へ
    そこに私より少し背の小さい、言葉もたどたどしい子がいた
    その子は私のおもちゃに興味津々だったので、貸してあげた
    でもその子、左手の指が無かったんだ
    右手だけだとうまく2つの玩具が持てなくて、私が片方運んで洗面器に浮かべたりしてた

    家はどうせだから建て替えようという話になっていて、それから半年は銭湯に通い続けてたと思う
    時々左指の無い女の子とも会った
    その子の左手は指がある場所がぷっくり丸くなっていて、私はこの子は成長したら指が伸びてくるんだと信じて疑わなかった
    だから言っちゃったんだ
    ある日「私はなんで左指無いのかな」ということをたどたどしく聞くその子に
    「大きくなったら生えてくるよ」って
    その子は嬉しがってぴょんぴょん跳ね回った

    でも次にあった時、私とは目も合わせてくれなかった
    当然だよね、適当なことを言って期待させたんだから
    そして絶望のどん底に叩き落としたんだから
    その子は母親と祖母と銭湯に来てたんだけど、母親に涙目で怒鳴りつけられた
    あの子はやっと指を諦めたところだったんだ、それを期待させるようなことをして、と
    その後は話しかけても答えてくれなくて、母親も話しかけないでと強く言ってきたのでちゃんと謝ることもできなかった
    そうこうしてるうち、新しい家ができたので引っ越すことになった
    私は銭湯のおばちゃんに、その子と遊んだおもちゃと手紙を託した

    あれから20年たって記憶も風化して、その子の名前も思い出せない
    おかっぱ頭の笑顔が素敵なあの子
    あの時の手紙を受け取っていてくれたらなと思う

    915 :鬼女日記 2018/04/14(土) 23:27:12 ID:xyW
    縁切りした幼馴染の話吐き出し

    周りが大学進学する頃「めんどくさい」という理由で就職を選んだ幼馴染。
    高校卒業間近で飲み屋で出会ったオッサンとデキ婚した彼女は、妊娠中も飲まないかわりに夜中まで遊び歩き、産んでからも「遊び足りないから」という理由で夜まで子供連れ回し遊びあるいていた。

    そんな彼女に旦那は小煩く注意し、そんな旦那がムカつくからと何度も家出しては友人宅を転々としていた。
    私も当時は幼馴染もどうかと思うけど、旦那さん口煩い人だなと少し思ったが、今にして思えば旦那さんが言っていたことは全て正論だった。
    彼は未成年で子供のまま子供を産ませてしまった嫁と、それに振り回される子供を必タヒに守ろうとしていたと思う。

    しかし彼女はまたも「めんどくさい」という理由で実家に子供連れて帰り、両家を巻き込む大騒動に発展した結果離婚。
    離婚が決まった時彼女は知人達とお祝いのパーティを開いた。
    そして揉めに揉めて散々周りに迷惑かけて勝ち取った親権をなんとひと月で旦那へ返上。
    理由は「やっぱ仕事しながら育児は無理。遊べないし」
    「お金も取り柄もないけど、私にはこの子しかいないから…」
    と泣きながら電話してきたアレはなんだったのか。

    そんな「この子のための1番の選択」をして旦那の所に子供捨てて真面目に就職活動してるかと思いきや、仕事が見つかったと連絡が来て聞いてみると案の定風イ谷だった。
    もちろん周りは止めたし、彼女の親戚は家まで来て説得したが「自分で決めたことをつらぬく!」と一蹴。
    そして働き始めたら学生若しくは働いている私達に「昼職、学生は気楽でいいよね」
    派遣でもバイトでも普通の仕事しなよというと「子供がいないあんたらにはわかんない」
    養育費を払っているからという意味だろうが、その当時彼女が払っていた額は2万円。
    普通の20歳そこそこの女からしたら痛い額だが、新垣結衣似で昔からモテる彼女が風イ谷で働いた結果、月収は100万をゆうに超えていた。

    そして「子供のために働く。今は恋愛とか考えられない」と言った2週間後に彼氏が出来たと連絡がきた。
    それだけでも驚きなのに彼氏ができた途端養育費払うのを辞めたと聞いて驚き通り越して呆れた。
    理由も「こんな穢れたお金なんて子供もいらないだろう」と、今考えても訳が分からない。
    彼女は現在も子供に1度も会いに行かず養育費も支払っていない。
    曰く「子供が自分で会いたいと言ったら会う 。お金も子供のために貯金してるぶんがある」との事。
    自分に1度も会いにこない養育費の支払いも止めた母親に会いたいと思う子供がいるか?と説教したが、子供の成長を日陰から見守る健気な私、に酔ってる彼女には何を言っても無駄だった。

    また、口では「こんな仕事ダメだよね。子供にも顔向けできない」と言うが、転職サイトを巡回しては「月収20万とか生活できない」と呟く。そりゃ若いうちに数週間で100万単位稼ぐ生活覚えたら普通の生活には戻れないよね。

    彼女は昔から、周りが一番いい道を示してもめんどくさいという理由できかず、案の定失敗して、「どうしてこうなったんだろう」と泣きわめく。
    先に言っただろと詰めると「そうだね、私が悪いんだよね、知ってる。本当に私ってバカね。タヒにたい…」と毎回必ずメンヘラモードに入るからたちが悪い。
    今までは、小さい頃からの縁だとか私も助けて貰ったことあるしとか思って踏ん切りがつかないでいたが、30過ぎた今も同じようなことを何度もやらかしておりようやく彼女には何言っても無駄だと気づいたので、つい先月連絡先を消して縁を切らせてもらった。

    でもやっぱり20年以上友達だったので、自分から縁を切ったくせに心がモヤモヤするし、子供の頃とか学生の頃の楽しい思い出は消えず、たまに夢に見てはなんとも言えない気持ちになる。
    可愛くて面白くて明るくていつもみんなの中心にいた彼女の親友である事が私の自慢だった。
    それがいつからこうなってしまったのか、一緒に大学進学を進めるべきだったのか、結婚や離婚を思いとどまらせるべきだったのか、
    考えすぎてたまに強い後悔の念にとらわれる。
    だから、散々迷惑をかけられたけど、私の知らないところでいいから願わくば彼女が早めに気づいて、幸せになってくれたらと思っている

    912 :鬼女日記 2015/08/29(土) 04:12:26 ID:gYZ
    夜中に嫌なことを思い出したから、吐き出しついでに。ちょっとフェイクもあるし、数年前のことなので記憶があいまいなところもあるが、かんべん。


    学生時代進級が危うくなったことがあり、そのことを知った母親が烈火のごとく怒った(当たり前)。
    うちは両親が離婚してる母子家庭だから、経済的な意味もあっただろう。ちなみに原因は父の不倫だとか生活費振り込まなかったとか性格の不一致とか、いろいろ。
    んで、怒った母親からは怒鳴られたし、殴られたし、蹴られた。あと、物も投げられたような気がするが、数年前なこともありちょっとあいまい。
    留年の危機だとか、そのことで親に責められたとかもきついことだったんだが、この時のことで一番きつかったのは留年しかけたことでも、暴力振るわれたことでもなかった。

    その頃、所属していた部活の小さな大会が控えていたんだが、怒った母親はその大会に出るな! と言ってきた。勉学もきちんとできていないのに、遊び(部活)に行くとは何事か! と。
    正直言ってその大会には出たかったが、自業自得だと思い、顧問に事情を説明して「出れないと思う」と言った。顧問は驚いてた。

    そして、その顧問に話をした日の夜。親は仕事で学校から帰った自分が一人で家にいると、携帯に顧問からの電話がかかってきた。
    顧問は先ほどまで、母親と電話で話をしていたといって、「お母さんは出てもいいって言ってくれたから、おいで」と言ってくれた。
    すごく驚いたし、うれしかった……というか、ほっとした。顧問にお礼を言って電話を切ったんだが、そう事態はうまくいかなかった。

    まず、母がなかなか帰ってこない。心配して携帯に電話してもでない。
    顧問に何時ごろ電話したのか聞いたり、もう一回携帯に電話したりしてたら、いつもよりだいぶ遅い、夜10時過ぎくらいになって帰ってきた。
    それで、ただいまも言わず開口一番、「お前は卑怯だ!!」と言われた。あと、「絶対に大会になんて出してやらないからね!」とも言われた。

    わけがわからなかった。
    留年しかけてることを責められて殴られたり、深夜に寝てるところを蹴られて怒鳴られたりとかなら、自業自得だと思えた。
    でも、「卑怯だ」と言われるのは、なんというか、かなりざくっときたというか……ショックだった。
    そもそも顧問が説得してくれて、OKだしたんじゃなかったのか? とも思ったけど、母の意見がコロコロ変わるのは(ここまでの豹変はなかなかないにしても)よくあることなんで、そっちはあまり驚かなかった。

    そのまま呆然と黙ってたら母が先生を使ってどうのと言い出したので、自分が顧問に「母を説得してください」と頼んだから顧問からの電話が来たと勘違いしているらしいことに気が付いた。
    自分は顧問に大会に出れないことは言ったが、説得するよう頼んだりしていないことを言ったら、怒った表情のまま何も言わずに母の部屋に引っこみ、しばらくして呼びつけられて大会には出さないことと、説教をされた。
    次の日、学校に登校して顧問にやっぱり出さないといわれたことを報告すると、「ええ……」とすごく困った顔をされて、「もう一回電話しようか?」とも言ってくれたんだが、あの「お前は卑怯だ」を思い出して、全力でお断りした。

    1 :鬼女日記 2014/11/11(火) 19:23:34 ID:KULC+q/h0.net
    ワイの隣に座ってた大学生っぽい奴ら2人が
    「年寄りとか妊婦より、サラリーマンに席譲るほうがよくね?」って話しだしたwwww





    これが日本人の民度か・・・

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