切ない話

    848 :鬼女日記 2017/11/03(金) 08:36:21 0.net
    この前息子家族が来た時、3歳の孫が紙に何か一生懸命書いてたのね
    何書いてるの?と声をかけたら、嫁がおばあちゃんの顔みたいです、と返事してくれて、孫に向かって、バァバにあげようねと言ってくれた
    孫もウンと頷いてくれて、私は嬉しくて仕方なくて、あら嬉しいーなんて言ってた
    ところが、できた!と言った後、ママ、バァバにあげるからカバンいれて!と
    え?と思ったら嫁も、バァバ喜ぶかな、と言いながらカバンへ
    どうやら嫁のお母様のことだったようで…恥ずかしくて悲しくて、どうにかなりそうだった
    よく考えたら、孫は私のことをバァバなんて呼ばない

    894 :鬼女日記 2018/04/12(木) 13:57:25 ID:q6Ww1YOp0.net
    時々、ふとした会話の中で冗談混じりに
    付き合う相手間違えたとか
    そろそろ潮時だなとか
    来年は一緒に居るか分からないとか
    言われる
    どれも文にしたら最後に(笑)が付くような軽い感じで、会う度に言われるとかじゃないけど、やっぱり傷つく
    私も「ひどーい」って軽く流してるからいけないのかもだけど

    この間たまたま縁結びの神社の前を通ったから二人でお参りして「何お願いしたの?」って聞いたら「いい出会いがありますように」って言われて、冗談だって分かってるけど悲しくなった

    241 :鬼女日記 2004/02/28(土) 18:10:00 ID:hyduMO8m
    私は小さい頃8歳年下の妹を苛めていた。
    殴る蹴るの暴行をしたり、妹に辛い仕打ちをしていた。いつも頼ってくる妹が大嫌いだった。

    ある日喉が乾いたので小1の妹に「おい、何か飲み物買ってこいや!」と命令した。
    妹は出かけたが待ってもなかなか帰ってこない。
    どうせどこかで道草食ってんだろう、買ってきたらしばきまわしてやる!と思っていた。

    とうとう夜になるまで帰ってこず、やっと7時に帰ってきた
    ドアを開けるとびしょぬれで両膝にすりむいた跡のある妹が立っていた。どうしたか聞くと
    「おかね、、おとした、おかね、、、おとした、、こけて、、お金おとした、、、探したけど、、
    みつからんかってん、、ごめんなさい、、ごめんなさい、、、」
    ひっくひっくとびしょぬれの体で泣く妹がそこにはいた。
    外は夕方から酷い嵐でその大雨と台風の中、妹はずっとこけてドブに落とした100円玉を探していたという。
    「なんで、お金なんかどうでもええやん、なんでこんな時間まで・・」
    と言うと「おこられる、、お金、おかねおとしたらおこられる・・ごめんなさい、、ごめんなさい」
    とぶるぶると震えていた。
    私は今までどれだけ妹に酷いことをしてきたか気づいた。
    妹にとって私はそれだけ怖い存在だったんだと気づいて自分で自分が嫌になった。

    ぎゅーっと抱きしめたら冷たかった。それから二度と妹に対して手を挙げることはなくなった。

    68 :鬼女日記 2016/03/12(土) 13:24:48 ID:OXs
    うちのとーちゃんの料理はおいしい
    冷蔵庫のありあわせのものでつくるチャーハンは、材料によって味付けが変わるんだけどいつも絶品
    最近単身赴任で遠くに居るのであんまあり食べられない

    かーちゃんは料理下手ではないけど、料理は好きじゃないと常々言ってる
    その割に自然志向で、化学調味料とか添加物にうるさい

    かーちゃんの誕生日にとーちゃんと兄弟2人手伝って、気合いの入った御馳走作った
    弟はレタスちぎってただけだけど

    かーちゃんはPTAの会とかだったんだけど、予定より遅く帰ってきた上に
    御馳走ばくばく食べながら、色々料理に注文つけた
    ビーフシチューに肉を2種類も使うのは無駄だ、とか、スープのベーコン、加工食品は体に悪い、とか
    俺は我慢できなくて、そんなことないよ、このフライだって化学調味料一切使ってないよ、
    俺見てたもんって言ったら、ビール使ったって言ってたでしょ、ビールにも色々入ってるの!だって

    とーちゃん、気にしてない風を装ってたけどダメージでかかったみたいで
    赴任先からの電話ががたっと減った

    397 :鬼女日記 2018/03/12(月) 21:04:10 0.net
    妊娠中で上の子保育園行ってるんだけど、園長先生に仕事もやめて今1番身軽なんだから子供と向き合ってあげてって言われた。
    臨月でもう腹ぱんぱんなんだけど。
    出産時の医療事故、生後3ヶ月からリハビリ開始から4歳になるまで母子通園頑張った。
    確かに去年の春から仕事始めて保育園いれて少し子供と離れたけど病気の時も寄り添ったし今も月三回リハビリに通ってるし休みの日は一日中一緒にいて向き合ってるつもりだったから本気でショック

    649 :鬼女日記 2015/12/02(水) 23:52:54 ID:???
    今日の電車ですぐ近くにいたおっちゃん
    おっちゃんというより爺ちゃん
    サラリーマンの年齢ではないけど、ちゃんと背広着て
    ネクタイしてカバン持って、サラリーマンが着るようなコート着てる。
    ドアの左右に立っていたんだけど、どうも誰かと会話している様子
    「次は市川だね」「あの工事は何ができるんだろうね。」
    「ああ、あれは○○で○○だから・・・」とか結構大きな声
    リビングでテレビ見ながら返事しない奥さんに一方的に話しかけてる感じ。
    でも誰もいないんだよ、隣に・・・
    イヤホンもしてないし、携帯で話している様子もない。
    でもフツーに「あー、あれはなんだよ、あれな・・・」と独り言。
    誰もが見てみぬふり。
    そのうちスカイツリーについてのウンチクが始まったけど、
    幸い錦糸町で降りる人が立って、そっちに座りに行ったので助かった。
    でも私より隣の席に座っていたお姉さんの方が心底安心した顔してた。
    でも隣に座られた人たちは迷惑だろうな・・・

    672 :鬼女日記 2016/01/29(金) 14:00:43 ID:uk7
    私はとある美術大学で助手をしている。
    授業以外に自由参加のヌードデッサンができたりするので、
    たまには真面目に人体描くか~と(ふだんデフォルメばかりしているので)学生にまざって描くことに。
    男性ヌードをがしがしデッサンして、その日の放課後は学生たちの飲み会に誘われて参加。
    ちなみに美大生は金がないので、アトリエでの飲み会がしょっちゅうあります。

    そんでいい感じに酔っ払い、22時頃、他の女子学生達と4人で川沿いを歩いて駅へ。
    (これだけでどこの大学かわかるかも)
    その道、鬱蒼と木が生い茂っていてかなり暗い。
    ほろ酔いで、今日の男性ヌードモデルの背筋がきれいだった、骨格がどうこうって話でわーわー盛り上がっているところに、
    露出狂が登場した。
    コートを着たおっさんが、無言で立ちはだかり、私たちが「?」と見るとコートをバッ。
    中、ネ果。
    一瞬の沈黙のあと、学生の一人が、
    「ちいせえ~~~あははっ、ちいさっ!今日の人の半分…あはっ…あははは」
    と大爆笑。
    私たちもつられて大爆笑。
    おっさんはマスクをしていたので表情を読み取ることはできなかったが、踵を返して去っていった。
    露出狂が多いっていうのはここの学生だった時からよく聞いたけど、初めて遭遇したなあ。
    その後もなんか皆でめちゃくちゃ笑ってた。確かに小さかった。

    142 :鬼女日記 2018/08/02(木) 21:55:18 ID:VeP
    家族ぐるみでお付き合いしてたAさん一家。
    向こうは大家族でお子さんやお孫さんがたくさんいて
    お子さんが結婚したりお孫さんが産まれたり
    幼稚園に上がった、小学校に上がった等の節目にはお祝い送ってた。
    うちが引っ越してからはあまり会わなくなったけど
    年賀状のやり取りとお孫さんにお祝い送るぐらいの付き合いはずっと続いてた。

    それでね、うちはこの前の豪雨で被災して暫くは日常生活にも支障が出てて
    ニュースでも毎日のように報道されてたから
    親戚や知り合いからは電話やメールで安否確認が続々と来たんだけど
    Aさん一家からは誰からも電話もメールの一通すらも来なかった。
    うちに来た事も何度かあるし被災したの知ってるはずなのに。

    別に何か助けてもらおうと思ってたわけじゃないけど完全にスルーとか寂しいな。
    今まで自分達が困った時はガンガン頼って来て、うちも随分協力してきたのに
    逆にこっちが困ってる時は「大丈夫?」の一言も無しなの?とモヤモヤ。

    75 :鬼女日記 2016/03/05(土) 12:32:52 ID:R9l
    義父と儀母が喧嘩してた
    義父「誰のおかげで飯が食えると思ってんだ!」
    儀母「私が毎日ご飯作ってるからでしょ!」
    義父「その飯のネタは俺が働いてるから買えるんだろうが!」
    義母「なら来年定年迎えたら出て行きなさい」
    義父「なんだと!?」
    義母「来年からは娘と息子(俺)に食わしてもらうからあなた要らないわ」

    ヒートアップしそうだったので俺は早々に避難した
    喧嘩から一月たつが、なんと亭主関白でお茶一つ入れなかった義父が家事をするようになった
    嫁「仕事してるからって偉そうにしてたら仕事なくなった途端捨てられるわよね」
    義母「私たちも手に職(看護師)持ってるから離婚しても自立できるものね」
    何故か俺を見る二人
    女性つおい

    979 :鬼女日記 2015/11/18(水) 00:01:33 ID:GYJ
    私の黒い過去は養父は本当は結婚させられるはずの相手だったこと。
    親に養父の家(第一次産業)に売られた。
    養父は
    「今更家にも戻れないだろう、うちも早朝は切実に人手が足りない。
     まさか15歳の女の子に俺の年(当時養父40過ぎ)で手を出したりしないし昼間は高校に行かせるから働いて手伝ってくれ」と言われた。
    養父は本当に養爺と養婆を説得し、しかも夕食後はすぐ「夫婦の部屋」に私は行っていい約束にしてくれた。
    養父と同じ部屋に寝ていたけど一度も手は出されていないし、着替えの時も養父の方から出ていってくれたし、高校も行かせてくれた。
    簿記の資格も高卒一年目でなんとかとって、養父の家業を本格的に手伝った。
    養父はその時期も同じ部屋だけど手を出したりしないでいてくれて、石女と騒ぐ養爺と養婆からも守ってくれた。
    21歳の時、養婆がタヒんだ。
    その時養父から養子縁組を頼まれた。
    実は養父は色盲で、子供に遺伝させるのが不憫で子作りはしたくなくて、でもこの家業は誰かに継いでほしいから、と。
    養子縁組をして、その頃にはもう寝室も別で本当に親子のような関係だった。
    26で旦那と知り合って婿養子に来てもらって子供も生まれて子供はもうすぐ私が養父と出会った都市を超える。
    旦那には実両親の虐待を見かねて養父が引き取ってくれたことにしてある、これはむしろ養父の希望。
    養父は今は入院しているけど、孫が待ってるんだよ、絶対治ってね。

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