実家の話

    289 :名無しさん@おーぷん
    顔すらもう覚えてない母がタヒんだ。
    密葬だったとかで、葬儀にも呼ばれなかった。父から聞かされただけ。
    母は統合失調症で、幻聴幻覚ですごく皆に迷惑をかけたらしい。
    その当時は精神分裂病という病名だったそうだ。
    その名のとおり人格が分裂しちゃって、おとなしい時とキチった時の落差がすごく
    その迷惑ぶりがいまだに語り草になってて、親戚の集まりに行くと何度も聞かされる。
    部屋の隅っこで皿を頭にかぶって両手で耳をふさいでたとか、兵隊さんが来る〜って叫んでたとか。
    そういうわけで母が皆に迷惑をかけたことや、
    タヒんでくれてホっとしたという態度なのはしょうがないと思う。
    思うんだが、父が「祝杯だ!」と私の手にビールを押しつけて「バンザイしろ!」と言うのは何かモヤモヤする。
    他人同然ではあるけど、私にとっては母なので、さすがにタヒんでバンザイする気にはなれない。
    私がビールを断ったら父は不機嫌になってしまった。
    さっきからちょっかいかけてくるが、少しそっとしておいて欲しい。

    141 :名無しさん@おーぷん
    うちの家族がオカルト信者すぎてスレタイ

    母・姉・祖父の3人(いずれも性格がクズ)が
    母屋で幽霊を見た!見た!と大騒ぎする
    今日の深夜頃にも祖父が和室のドアの隙間から
    三角巾もどきを頭に巻いて目と口が真っ黒で足が透けてる
    白い着物着た奴が立っていて、目があった瞬間消えたとか言って朝から大騒ぎ
    昼間になったら母が和室の前に盛り塩大量に置き始める始末
    母はニヤニヤしながら「和室にはもう塩置いちゃったから
    次はあんたの所に来るで!」と言い出した

    正直あまりにも馬鹿すぎてついていけない
    そんな映画に出てくるようなオーソドックスな格好した奴が今時出るかよ
    そもそもさー、あんたが幽霊見たって言い出したのって
    姉がそう言い始めてからだよな
    その姉は虚言癖持ちの糞女だから幽霊見たなんて嘘平気でつくぞ?
    その嘘に振り回されて何やってるの?馬鹿なの?
    祖父も祖父で思い込み激しい性格でふだんから母が
    「幽霊出るから母屋に近づきたくない」って叫んでるから
    幻覚見ただけじゃないの?お前、母の言うことならなんでも鵜呑みしちゃうもんな

    学校卒業したら出ていきたいわマジで
    頭おかしいよこいつら

    253 :名無しさん@おーぷん
    今までいろんなことはあったのですが、最大の修羅場だと思ったので投下させてください。
    病気に関する修羅場です。

    1/2

    当時社会人として働いていたが仕事が激務で体調を崩しそのまま仕事をやめた、まではよくある話
    だと思う。だけどそれからどんどん運が悪くなったみたいに家族中に問題が出始めた。
    仕事をやめてからずーっと病院通いが続いていた私。
    親は体が弱いというわけではないが、家柄的に遺伝なのかなりやすい病気があった。
    なので検査とかでよく病院にいっていた。

    ところがその検査で片親が引っかかった。
    検査の結果癌だということ、ただ本当に初期だったので手術すれば問題ないだろうと。
    ただ本人たちにとっても家族にとってもショックな出来事だった。
    手術が怖いといってなかなか手術を決められなかった両親。

    再発もありえるし手術しないor手術しなきゃ治すものも治らないともめたこと。
    癌で亡くなった有名人がかなりいた時期だったので、癌の話題とかが流れるたびに
    なんともいえない空気がすごかった。

    そんな中でただひたすらに病気のことで忙しい親に代わって家事をやってたこと
    子供として親には病気を手術して欲しいと必タヒに説得してた日々が修羅場。
    やっと親が手術を決めて落ち着いたところに第2の修羅場。
    続きます。

    482 :名無しさん@おーぷん
    私の両親の老後に対する考え方がスレタイ。

    私の両親は昔から自分の老後だけでなく「これから先の事」を何にも考えない人だった。

    40代の終わりに「終の棲家だ〜」と買った家は坂の途中にあり、高齢になった今はふもとのバス停まで歩けない。
    おまけに、そのバス停にはバスがあまり来ない。
    両親の家の周りは商店が何もない。正確には開業してもすぐ潰れた。最近できた最寄りのコンビニまで500mある。
    両親曰く「そのうち、開けてくる」と思ったらしいが、実家より先はもっと山奥で何もないから開発されて町がひらける
    要素がない。北海道の叔父が来たとき、実家の周りをぐるりと車で一周させて見せた時、「本州でこんなところがあるんだな」
    「原野商法を思い出す」とびっくりしてた。実家の数キロ先には市街地があるが、家と市街地の間は山間部となっている。
    後年、私や姉が中高時代、学校帰りに真っ暗になり人気もなく、恐ろしいと訴えても「・・・・」と何の反応もなかった。
    子供たちの通学の事を考えたのかと聞いても「・・・・」と返事が無かった。
    入居前は「面倒臭かった」そうで、引っ越すまでバス停の時刻表も見ていなかったらしい。
    元気なうちは自家用車で通勤・買い物をしていたから「不便じゃなかった」そうな。高齢になって運転できなくなったら
    どうするつもりだったのか、聞いても「・・・・」だった。

    高齢になる前に引っ越すか老後の計画を立てるべきなのに、老後のための準備を何もしていない。年金と預金を取り
    崩して生活している。
    成人した子供達が両親の危うさがわかって、今後のための必タヒのアドバイスや申し入れも「そのうち」とか
    「考えないといかんな〜」とか言って真剣に考えなかった。
    健康型老人ホームに元気なうちに入居する知人・友人を馬鹿にして無策のまま80歳を過ぎた。今や、手ごろな老人
    ホームは順番待ちでなかなか入れない。すぐに入れるのは馬鹿高いところだけ。
    子供のうち、だれかの世話になるつもりだったらしいが、子供達夫婦が転職・辞職して親と同居するとも思っていな
    かったらしい。「なんとかなる」そればっかり。
    「何とかならない場合どうするの?どう考えていたの?」と聞いたら、昔懐かしい「・・・・」の返事なしだった。
    両親の自分の老後に対する考え方が神経分からない。

    220 :
    本当に神経わかんないうちの馬鹿父の話
    長々とごめん

    うちは母がお店(かなり繁盛していて支店もあった)を経営してバリバリ稼ぐ人だった
    その反動か(?)父はふわふわとした遊び人
    仕事を転々としていて、私の記憶にある限りでは仕事してる期間より無職期間の方が長かったんじゃないかと思う
    子供の頃はいつも遊んでくれるお父さんが好きだったけど
    大きくなるに従って(アレ、この人駄目人間なんじゃ…)って思うことが増えた
    でも母は「もうちょっとしっかりしてくれないと」と言いながらも結局別れなかった

    そんな母が、四十代の若さで亡くなった
    私は別の業種で働いていたし、父が引き継いで経営できるはずもないので、店は人手に渡すことになった
    優良物件だったので、かなり高い額で引き取り手があった
    そのお金と母の預金を父と一人娘の私で分けらど、税金を差し引いても相当な金額になった
    お金が手に入って即、父は当時やってた仕事を辞めた
    私は実家から電車で一時間ほどの距離に住んでいて、月に一度程度帰っていた
    仕事を辞めた父は、車や時計、カメラ、旅行等かなり派手にお金を使っているようだった
    私は段々不安になって
    「お父さん、これから働かないで八十まで生きるとして、お金足りるか逆算してみた?」
    とか言ってみたけど何の効果もなかった

    そして、母がタヒんで2年も経たない頃
    実家に帰ったら父が「再婚を前提に付き合ってる女性がいる」と言い出した
    引き合わされたのは、父の行きつけの飲み屋のママだとかいう女性
    ×2で子供が4人居て、全員成人済みだけど無職かフリーター
    正直あまり好感は持てず、(ちょっとは考えろよ…)と思ったけど父には
    「応援は出来ないけどひとの恋愛に反対する権利もないし、そっちで良く考えて」
    とだけ言って放置した
    案の定というべきか、数ヵ月すると段々と父の話に愚痴が多くなった
    ママと子供達がとにかくお金をたかるらしい
    「何かというと『パパお金出して』って……俺、もしかして金蔓なのかな?どう思う?」
    とか泣きそうな顔で言うから、これが五十近い男が娘にする相談かと呆れながらも
    「はっきり言うと、そうだと思うよ」
    とだけ答えておいた

    637 :名無しさん@おーぷん
    やっと一日が終わった。一人の部屋は落ち着くな。
    私21歳、兄25歳。大学院生として実家から新幹線の距離に暮らす兄が就活の関係で実家に戻ってきている。
    そして兄と大学入学時から交際している彼女も就活の事情で私実家に泊まって三日目。これで二度目。
    我が家にとって、子供が交際相手を連れてくるのは彼女が初めてなので両親は大歓迎。
    兄たちは互いの両親に挨拶も済ましており、彼女の実家(飛行機の距離)から我が家に泊まりのお礼が届いたこともある。
    父は「夏休み中はずっとウチにいればいいじゃん」とノリノリ。まあ、これはいい。
    問題は母。
    母は兄を溺愛しており、サービス精神旺盛。そしてすこし空気が読めないところがある。
    「せっかくうちの地方にきたんだから○○に行きましょう!」と名所を案内したいらしく、今日は私の運転で母と兄と兄彼女を乗せてお出かけ。
    楽しかったのだが、母が二人のいないところで一言。

    614 :名無しさん@おーぷん
    茶菓子を持参で実家で母とお茶していたら、そこへちょうど妹が来た。
    今はスイカがあって便利よね、金額調べなくてもいいし乗り換えも簡単だし
    と話していたら、妹が私は持っていない、ちょっと見せて、と言うので見せた。
    へえ、これでバスもピッでいいの?というので、後払いなら乗る時と
    降りる時両方でピッてするんだよ、携帯のアプリにもあるよ、と説明
    その時妹が「携帯は使い方わかんないから、これでいいよ、貰っていくね。」
    母と私、ポカーン。(母はスイカ持っている。)
    「やだよ、それ、一万くらい入ってるし」、と言うと「ずるーい、姉ちゃんばっかり」
    いや、私がチャージしたんだから私のもんだろ。
    「馬鹿のフリしてんじゃないよ、返せ」と言うと、「じゃあこの定期入れちょうだい」
    そのパスケースの方がスイカの中身より高いわ、何が「じゃあ」なんだよ。
    この妹、別に特にほしいものじゃなくても、目についたものをすぐ「チョーダイ」する。
    スイカを持っていないのも、普段使う機会がないから。=パスケースも不要
    特に妹を甘やかして育てわけでもなきゃ、逆だったわけでもない。
    チョーダイ星人を育成したのはおそらく父と兄。
    父は甘いので私でも妹でもチョーダイと言えば何でもくれたんだけど、
    兄はチョーダイ言われると面倒くさいので「じゃあ持ってけば」と権利を放棄するから。
    私と妹は衣類や文具もおさがりやシェアはあまりない。
    子供時代から、自分のもの(新品)があるのに、私の使い古しまで欲しがる神経が
    わからなかったんだけど、大人になってもあまり変わらないんだよね。
    なんだろ、末っ子体質?なのかしらね?

    960 :1/2
    食事嫌いがぶり返してつらい。

    私の母はあまり熱心にご飯を作ってくれなかった。
    1〜2日ご飯抜きは当たり前、作っても毎食塩むすびと卵焼きの同じメニュー。
    高校からは床で食べさせられていた。
    同級生の健康的な体が羨ましかった。
    私はガリで栄養不十分で、いろいろな病気を併発して、週に何度も病院へ通う体になった。

    いろいろを経て親元を離れた。
    食事に慣れていなくて、食べることがつらかった。
    なにを作っていいかわからない。
    検索したメニューの味が想像できない。
    きれいな食器に盛り付けて机に並べたら、涙が止まらない。
    胃が小さくて、消化不良を起こす。
    カロリーも栄養もうまく摂取できない。
    一人前を毎食食べることができない。

    数年かけて頑張って頑張って、3食まともに食べれるようになった。
    コンビニ弁当だったけど。
    ようやく生活に「食事」を取り入れることができ、習慣付けができたと思った。
    病気も落ち着いてきた。
    やっとまともな人間の生活ができてきたと嬉しかった。

    273 :名無しさん@おーぷん
    食べ物の話。
    たまにしか作ってくれなかったが、母親が作ってくれるキウィの乗ったレアチーズケーキが大好きだった。

    お菓子は他にも色々作ってくれたのだが、そのレアチーズケーキは幼少の自分にとって兎に角衝撃だった。
    キウィの酸っぱさがレアチーズと融和して程よい酸味。
    市販品ほど甘過ぎず濃厚でババロアみたいにふんわりとした口当たり。けどくどくない。
    下にタルトとかはついていないシンプルだけど上にあしらわれたキウィが可愛いケーキ。

    高校生の頃に教わって作った事があったけれど、大人になってから食べたくなってうろ覚えで作ったら
    分量がまるで違うらしく味は何となくあっているけれど、とてもケーキと呼べる代物にならなかった。

    レシピも似たようなものがないかググったり、料理本を見たけれど同じようなものはなかった。
    あんまり母親と親しくないのだけれど、久しぶりにあって私が母の味を懐かしんで色々試している話をしたらもう子供たちが出て行って作らなくなったというあのレアチーズケーキのレシピを教えてくれた。

    作ってみたら昔懐かしい味だった。
    どれだけ探しても見つからなかった味だった。
    私にとっての唯一無二のおふくろの味はこのケーキなんだなぁと思った。

    たまに食べたくなるレアチーズケーキを久しぶりに作ったので思い出しカキコ。

    1240 :名無しさん@おーぷん
    ちょっと吐き出させて貰うわ

    父親が入院した
    母親も入院中
    こう書くと心配してけれる人もいるかもだけど
    母親の入院は糖尿持ちが転倒→骨折→治りが遅い上に
    リハビリ怠けるから進まない
    なのよ、腹立たしい
    父親の入院はもっと腹立たしい
    妻が家にいないから好きなだけ酒を飲む
    酔っ払って駅の階段から転倒→顔面殴打→検査入院

    地元には自分しかいないから、手伝うけど
    フルタイム勤務のほかにバイトも掛け持ちしてんだよ
    この週末は仕事みっちりなんだよ
    夜ちょっと顔を出すしか出来ないのよ
    しかも、職場から病院は車で30分、そっから家まで40分
    8時過ぎのくたくた状態で運転なんかしたくないのに

    クソ親父!飲んだくれてんじゃねーぞ!

    752 :名無しさん@おーぷん
    実生活だと誰にも話すことができないので聞いて欲しい。
    自分は、自営業をやっている男で今年59歳、同じ年の妻との間に27になる娘が1人いる。
    この娘についてなのだが、最近どんどん暴君だった自分の父親(娘から見ると祖父)
    に似てきて正直恐ろしくなってる。

    祖父(紛らわしいので便宜上)は、まあ、戦前の亭主関白・家父長制をもろに受けた暴君で、
    家族は自分の所有物くらいに思っている男だった。気に入らない事があれば、理不尽な理由であっても、
    手や物が飛ぶなんて当たり前で、かなりびくびくして育った。
    娘が似たのはもちろんそういう点ではない。
    はっきり言ってしまうと、外見や仕草、雰囲気がそっくりになってるんだ。ちなみに自分とは親子関係を疑われる位
    全く似ていない。
    それから、祖父の職業は官僚からの実業家で、とにかく頭の回転が速く(多分、今でいうギフテッド)、
    新興宗教の教祖みたいな人たらしだったんだが、娘にもそういう面が端々から見えてそれも恐怖を感じる。
    正直、親が言うのもなんだけど、娘は子どもの頃から賢くて、反抗期もなく手のかからない子だった。
    ただ、昔から可愛げというか子どもらしさや女の子らしさに欠けていたから、もっと子どもらしい子が
    欲しかったという思いはある。
    今も士業についていてかなり上手くやっているし、周囲の評判も高い。
    だからこそ、誰にも相談出来ないんだが、実の娘にこう感じる自分はおかしいのだろうか。

    8 :名無しさん@おーぷん
    中学生2年くらいの頃、スーツ姿のおばちゃんが高校入試の為の学力テスト受けてみませんか?て訪問してきた。
    今でもこういうのあるのかな?テスト受けて後日おばちゃんが来た時に大量の参考書売りつけようとしてくるっていう。
    当時の私と母はそんなことになるとは思わなかったし、クラスメイトの名前の書いてある用紙見せられて「この人達も受けてますよー」て言葉に乗せられテストを受けてしまった。

    後日おばちゃんが来ると言う。しかも必ずお家に上がらせてほしいと。
    まだ何も知らないので快く了承。
    やってくるなり大量の参考書をドサドサ広げ出すおばちゃん。確か全部で30万円だった。
    え?テストのことは??状態の私と母。
    おばちゃんのセールストークはガンガン続く。
    私と母は「いりません、無理です」の連呼。でも、母の言葉が弱かったせいかおばちゃん全く引かない。
    7時ごろ夕飯を待ってる父が少しイライラしながら「まだ終わらんのかー!」と向こうの部屋から叫んできた。

    おばちゃんは「あなた達では話にならないからお父様呼んでください」だと。
    父はこういう来客対応が大嫌いなので母はなんとか断ろうとする。
    そこから30分程。
    痺れ切らしたおばちゃんが「お父様ー!出てきてくださーい!お嬢さんの将来がかかってるんですよー!」て叫びだした。
    青ざめる私と母。

    スタン!と障子が開いた。
    父が鬼の形相で箒を掲げて立ってた。

    おばちゃんが「ひょっ」て言うのが聞こえた。
    父「2時間も上り込んどって何なんかお前はー!」
    「わ、わたくし○○社のー・・」
    と必タヒで自己紹介しようとするおばちゃんだけど、父がダッシュしたら「ギャ〜」って外に飛び出て行った。父はずっと箒を掲げた状態で外まで追いかけてった。
    私は置きっぱの参考書とおばちゃんのパンプスを駐車場に投げといた。

    このあと父に鬼の形相のまますげー母子で怒られた。そんなにご飯食べたかったなら最初から出てきてくれればいいのに。父に怒られたくなくて父に相談に行かなかった私達も悪いけど。
    でも一瞬で追い払ってくれたので感謝。

    320 :名無しさん@おーぷん
    うちは兄私妹の3兄妹。
    そして全員年子。
    兄、申年(以下猿)
    私、酉年(以下鳥)
    妹、戌年(以下犬)
    近所や同級生からは桃太郎兄妹って呼ばれてた。
    でもって、この猿と犬が幼い頃からめちゃくちゃ仲悪かった。
    リアル犬猿の仲。

    猿は双子座で、犬は射手座。
    聖闘士星矢じゃ双子座と射手座は因縁の仲。
    (牡羊座の私、高みの見物w)
    マリオカートやれば、必ず猿はマリオで犬はクッパ選んでお互いに亀とばしまくり。
    (私はキノピオ派)
    青春時代は、猿はガノタで犬はゴングロギャル。
    (私はシノラー)
    今、猿と犬はお互いに「埼玉と千葉」「鳥取と島根」
    みたいな対抗しあうような土地柄に在住。
    兄妹なのに、まさに宿敵同士。

    鳥の自分は、さながらコウモリのように、猿と犬の間でフラフラしてた。
    犬が何かと猿に対して口撃的なのをたしなめたり、
    猿がマジギレして犬に手を上げそうになった時には、
    犬の腕にしがみついて止めたり、仲裁役ばっかしてた。
    親は兄妹ゲンカにほぼノータッチだったから、
    この長年の仲裁役は結構しんどかった。

    全員結婚して、全員子供にも恵まれた。
    今月末に、自分は猿と犬の居住地からも、
    実家からも遠い場所に引っ越す。
    今年の正月、夫が実家で猿と犬に冗談交じりに
    「猿さんと犬ちゃんが心配すぎて、鳥ちゃんが残るって言い出しそう」
    って笑ったら、2人して私に
    「今までごめん。頑張って犬と(猿と)喧嘩しないようにする」
    ってLINEしてきた。
    2人して文面同じでワロタw
    知らない土地での新生活のこととか、子供のケアとか
    色々不安はあったけど、とりあえず1つの大きめな
    不安が解決するかも?

    納戸を整理してたら幼少期のアルバムがあったので、
    当時を思い出しつつカキコ。

    426 :名無しさん@おーぷん
    私の母って メシマズスレに出てくるほどひどくはないけど、はっきり言って料理が下手


    そのためか兄弟みんな自分で料理するのが大好き。
    というか、もともと近所に住んでいた親戚の人が栄養士で、その人から今日の料理とか見ればいいよーとか
    初心者にわかりやすい料理本を紹介してもらったのでなんとか兄弟皆人並みの料理は作れる

    このGWに帰省して兄弟集まって軽く宴会みたいなことをやったのだけど、母は相変わらず料理が微妙

    何が悪いんだろうって

    ・レシピどおりに作らない。母の場合はアレンジはしないが、レシピの手順を抜く。面倒だからって
    最初にみりんや砂糖を入れて、10分ぐらいして醤油を入れろと書いてあったら最初から全部入れるとか
    ・下ごしらえをしない。例えば根菜を下茹でしない、こんにゃくを下茹でしない。魚を焼く前に塩振って少し置くというのが時間がもったいないといってしない。
    ・鯛の粗汁のようなものを作るときにアラに対して湯通しとかをするのだけどそれをしない、「美味しさが逃げちゃう!」と思い込んでいる
    だから粗汁がいつも生臭い
    ・材料をケチる。別にお金を掛ければいいということではなく、予算内でいいものを買うということができなくて、ひたすら安いものを買う
    例えば大根の煮物とかきゅうりの和え物のようなシンプルな料理って新鮮でいい野菜使わないと食べれたものじゃないのに
    ・だから調味料とかも適当で、料理の味付けに大きく影響する。醤油とかはいいものを使うかどうかで格段に味が変わるのに。
    ・出汁だって今はパックの天然だしでいいものが幾らでもあるのに高いからって買わない。

    昔お誕生日会を家でやったときに、出した料理を招いた子供みんなから残されたこともある
    そのときはみつ豆を作ったのだけど、白みつ(地域によっては黒みつ)買うのをケチって代わりに砂糖水を使ったのが原因
    ただの砂糖水だと甘くなくて寒天を飲み込めないんだよ。あらかじめ寒天に味がついているのでないかぎり。

    母だけに料理をさせるわけではなく兄弟で分担して料理を作ったのだけど、兄弟の一人がマーボー茄子を作っていたら
    「油が飛んで台所が汚れる」とか「洗い物ばかり増える」とか文句たらたら。
    中華は段取りが命。材料調味料をあらかじめ小皿や小鉢に準備して一気呵成で調理しているだけでこれ。
    (もちろん後片付けも自分達がやったよ)

    料理が苦手っていうなら作らない方がいいのに変に張り切って微妙なものをいろいろ作るのがいや

    帰省しても自分で料理作らないといけないからかえって疲れるし、そうやってみんな実家と疎遠になっていく。
    いや、母に上げ膳据え膳は要求しないけど、ご飯がストレスになるって大きいよ

    43 :名無しさん@おーぷん
    愚痴です。
    親が嫌い。私の友達関係、進路、就職先、結婚相手、夫家族、結婚式、子供(親から見て孫)すべてにおいて口を出し、
    何かとケチを付けてきた母親が大嫌い。
    母親は鬱とパニック障害を理由に、人の話を聞かない。
    父親は空気。私が若い頃は、母親と喧嘩していても中立な立場で見守っている存在だと思っていたけど
    実は関わりたくないだけで、母親と私の喧嘩は自分には無関係と思っている人だった。
    母親が切れるのを止めようという発想もないらしい。

    3年前の子供の誕生日の時、夫・子供・私の3人で外食予定だった。
    夫は私の両親も呼んであげたら?と言った。夫は毒親が理解できない人。
    私は断固拒否したけど、夫の強い希望で私両親を呼ぶことに。
    そして誕生日の前日夜、母親から私携帯に電話。この時点で嫌な予感しかしなかった。

    電話に出るとヒスりながら「私明日行かないから!!!」と言って電話を切られた。
    夫にその旨を伝え、翌日の誕生日は私たち家族3人で食事に行った。
    子供はじーちゃんばーちゃんが来れないと知ってちょっと残念そうだった。

    2日後、夫のいない時間を狙って親が私宅に来て、ケーキを渡しながら
    父親が「ごめんな」と言ってきたが、母親の態度が気に食わなかったので
    誕生日前日の電話の件を問いつめた。母親は「あんた怖い」といって帰っていった。

    後日父親から、誕生日の食事に行けなかったのは母の肌が荒れたからだと説明を受けたけど
    どうでも良かった。
    過去のこともぜんぶひっくるめて、もう親と関わりを持ちたくなくなったので
    その後の連絡接触すべて拒否。
    なんか御涙頂戴的なメールなんかもたまに来たけど、肌荒れ程度の理由でヒスりながら
    孫(ちなみに初孫)の誕生日をドタキャンできるような人たちとはつきあいたくないと返している。

    先日、親からお盆なので田舎にこないかとメールが来た。
    返さなくても良かったんだけど、
    なんで来てくれるかもと思っているの?行く訳ないじゃんと返したら
    お前には優しさが足りないって帰ってきた。
    この人とうとうボケたかなと思った。ぼけてもおかしくない年だし。

    その後連絡はないけど、たぶん親は私を悪者にしてるんだろな。
    自分たちは一応形だけは謝っているし、許さない私がおかしいと思って反省していないんだろな。
    せいぜい私の復讐(孫に合わせないこと)を悔しがれ。

    793 :名無しさん@おーぷん
    先日、学校から「色盲検査の再検査を病院で受診してください」
    と娘が書類を持って帰ってきた
    その書類を見て、自分も小学校のときに再検査したことを思いだす
    お医者さんの説明も母の話も特に覚えていないのだけれど
    ネットに落ちていた色盲検査を見てみたら少々わかりにくい所があるので
    おそらく私も軽度だけど持っているのだろうと思った
    病院に検査にいくと、娘も確かに軽度のものはあるけれど日常生活に問題なし
    自然に進行する事もなければ逆に良くなる事もないので定期的な検査も必要ないとのこと
    色盲って遺伝だって事を初めて知った
    そのときまたふと思い出したのが父の話
    飛行機が大好きでゼロ戦に乗るのがずっと夢だったと
    いざパイロットになるチャンスがあって健康診断を受けたとき落とされてしまい
    夢だったゼロ戦のパイロットにはなれなかったそうだ
    口数の少ない父が酔った時珍しく饒舌に話してくれたので覚えていた
    その時の父の話はなんとなくへえ〜と聞き流していたのだけれど
    お医者さんの口から将来的に、もしかしたらあきらめなければならない職業にパイロットが入っていた
    遺伝であると言う点から恐らくこれは父譲りだったのかも思った
    パイロットになれなかったのはおそらく色盲のせいで
    パイロットにならなかったおかげで父は生きていて私が生まれたんだなあと思った
    既に父は他界していて真実を知るすべはないのだけれど

    ある意味時代の事もあるけれど私は色盲にこの命を救ってもらったのかなと
    なんだか不思議な気持ちになった

    533 :名無しさん@おーぷん
    女というだけで下に見て暴言暴力を振るってた毒兄。
    私はさっさと外に就職させられ、給与もピンはねというか、給与の一部だけお小遣いで貰ってた状態。
    家に戻れば稼業の手伝いも無給でやらされ、家事も当然私の仕事だった。
    もちろん毒兄をそう作り上げたのは毒親ども。毒兄よりマシだったが。
    そんな状態でも思考停止で逆らえなかった私だが、男性と付き合うようになってそれはおかしいと言われ。
    彼によって洗脳が徐々に解け、毒親・毒兄に逆らうように。
    しかし、毒父毒兄が彼にいろいろと虚言を吹き込み、彼は離れていった。私は毒父毒兄の慰み者だと信じたらしい。
    さすがにそこまではされてなかったのだが、狂ったような言動の毒どもを見て彼は信じ込み、私に謝りながら去っていった。

    それから初めて復讐したいと思った。
    彼がいる当時は逃げたい、自由になりたい、自分の人生を送りたいだったのに、そんなのどうでもよくなった。
    それから友人(彼と付き合う前から逃げろと言ってくれてた)にお願いしておしゃれを覚え、ある男性と付き合うようになった。
    その男性は私に対して真剣交際というわけでもなかったが、私もそれは同じだった。
    私は毒どもに再び逆らい始め、それとなく特定されないように付き合いのことをリークした。
    連絡先は見つからないように最新の注意を払った。
    そして男性を伴って家の近くで別れることを繰り返してると、ある晩毒どもに見つかり。
    元彼と同様、ないことないこと吹き込み、私が泣いて、男性はドン引きして帰っていった。

    男性は友人の紹介で、若いけど毒どもの会社の取引先の役員だった。
    毒どもに普段から酷い目にあってることは言っていたが、さすがに毒ども自ら娘・妹を慰み者にしていたという内容はショックだったらしく。
    その後連絡があって、取引は無くなり。
    男性はお付き合いの解消と就職先・住まいの紹介を伝えてきた。
    他の取引先にも2回めの虚言の録音データと手紙を送りつけ、事実確認は男性にしてほしいと伝えてやった。

    結果、毒どもの会社は倒産して、毒親どもは所在不明。毒兄はたまたま見かけたアルバイトを今も続けているようだ。

    309 :名無しさん@おーぷん
    どこかで「兄弟の真ん中は不憫」と言われてて本当にそうだなぁと思ったので吐き出し。身バレしてもいいや。

    自分は女女男の真ん中。
    よくある服は姉のお下がりやらおもちゃを弟に取られるなどに加え、上と下の名前には共通項があるのに自分にはないから、昔は本気で自分は貰われっ子だと思ってた時期もあった。
    姉のように勉強出来れば褒められるかと真面目にやっても届かず、弟のように甘えれば可愛がって貰えるかとすればワガママと叱られた。
    元々の性質もあるが、結果的に愛情に飢えて依存する体質になってしまった。
    成人した現在、それなりに開き直って飄々と生きてはいるけど、嫁入りして遠方に行った姉、一番下で甘やかされ家事を知らない弟の間で母子家庭の母方祖母は要介助。家事は自分が主にやってる。
    自分なりに頑張ってるつもりだけど、お礼もないしご飯も「美味しい」の一言もない。
    元々家事が好きじゃないからモチベ保つのに必タヒになってる。

    でも自分はまだ恵まれてる方で、父親のとこの次男叔父は以前兄弟でやってた自営をとうとう畳む事になり、早々に離脱した長男や三男(父親/鬼籍)、その子供達(私ら)に迷惑が掛からないように奔走してくれてる。
    少し前まで父方祖母の面倒も見てくれてた。

    そして自分も、今は母が見てくれてるけど、母に何かあったら動くのは自分なんだよなぁ。
    姉は遠方過ぎて動けないし、弟は少しずつ躾けてるとはいえまだ世間知らず。
    何よりもし母や祖母の介護になれば同性の方が良い場面は多いからね。

    他に周りに3兄弟がいないから例えが少ないけれど、本当に真ん中は割りを食う事が多いよ。

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