実家の話

    387 :鬼女日記 2017/10/27(金) 20:09:50 ID:gES3qeWl.net
    グチです。

    帰省すると、母親から祖母(母にとっては姑/別居)のグチをずっと聞かされるのが辛い
    確かに人間のクズともいえるような祖母だというのは自分も知ってるし、父親に言いづらい、
    母の兄姉に言ってもいい足りないというのは分かる
    だけど、家事手伝ってる時とか、テレビ見てくつろいでる時とか、自分の部屋にいて
    寝ようかと横になってる時でもそばにいてずっと何時間もグチ聞かされ続けてるとおかしくなりそう

    『前にも言ったけども』と同じ話もよく聞かされるし、「寝た?聞いてる?」とか確認もされるし
    おかげで帰省してもほとんどしゃべらなくなったし、本読んでいるだけになった(母親がずっとしゃべってるので)
    母がいじめ抜かれて大変だったことは知ってるから、グチは聞いてあげたいけど、四六時中聞かされ続けるのもつらい
    自分から話題をふって別の話にしようとしても「○○といえばね」でまた祖母のグチ
    実家に電話した時も「そういえば」でグチ
    もう最近は全部聞き流すようになってしまった
    疲れた…

    288 :鬼女日記 2010/11/02(火) 22:52:57 ID:zondWyfi0
    過去ではなく、今も進行中の話だが、墓場まで持っていくだろう

    父の面倒,私一人で見てる(兄は長男のくせに放棄した)
    遺産分割するとき、半分半分なのは許せないので
    少しずつ私の預金に入ってる。だんなにも言ってない。結構たまったw
    って普通だよね、黒くないかw

    170 :鬼女日記 2015/11/24(火) 08:41:00 ID:gj/naArR.net
    母や妹に「好きで生んだくせに」って言われるのが一番きつい。
    そうなんだけどさ、もうちょっと協力してくれてもいいじゃないって思う。
    妹は一生独身宣言してて日々仕事に趣味に大忙し。
    母は定年し父も他界し、子供も手が離れたしと友人と旅行三昧。
    そんな母の邪魔しちゃいけないと思ってるけど妹に関しては手伝って欲しいと思う。
    旦那がもう少しそばに居てくれたらと思うけどそこは諦めた。
    (週の半分は出張でいない

    384 :鬼女日記 2015/12/26(土) 03:53:37 ID:Ljg
    テレビとかで見る幸せな家庭像のおかげで、自分の家がおかしいことには割と早い段階で気づけた
    母は姉を虐待していた

    俺は特に門限や娯楽に制限をかけられなかった。体罰もなかった。自由で穏やかな子供時代を過ごした
    進路もこちらの意思に委ねられたし、進学に伴う費用も気にしなくてよかった

    だが六つ上の姉は本当に辛い子供時代を過ごしたと思う
    平手打ち、顔面を床に叩き付けられる、髪の毛を掴まれる、馬鹿、タヒねと言われる等々、小さい時から暴力暴言のオンパレード
    姉の血を見たこともあった
    無意味な制限も多かった。門限も異様に早く定められていたし、少しでも過ぎれば野外で寝ろと言われていた
    母親の気分で怒鳴られて、食事の味付けを罵られて(何故か姉が家事を担当していた)、携帯を奪われて、布団を与えられず、姉はいつも母親の顔を窺っていた
    高校を卒業したら家事手伝いになれ、外で働いて擦れたら貰い手がなくなる、と言われて学費は出してもらえていなかった

    確かに俺は母親に大事にされた
    だが間近で苦しむ姉を直視させられる苦しみが、母から与えられた利益を上回ってしまった

    一人立ちしてから一度も家に帰らなかった。姉も帰らなかったと思う。
    「私がタヒんでから後悔しても遅い」
    「私と和解するチャンスを失うより、今謝った方が賢い」
    呪詛の手紙が届く度、姉は吐き気に苦しんで、俺は何度も姉の見舞いに行った。
    幸いにして臨床心理士の妻が嫁に同情してくれて、嫁の話を聞いてくれていた
    姉が母親の呪詛に負けて帰ってしまうのではないか、俺もいつか後悔するのだろうか
    母親がタヒぬまでの心境が修羅場だった

    母が亡くなったと聞かされて、葬式にも来なくていいと伯母に言われて、遺産の相続なども放棄すると伝えた時、俺が感じたのは後悔じゃなかった
    胸が軽くなって、温かくなった。眉間にずっと入っていた力も抜けた
    俺は確かに安堵していた

    体調を崩して不定期に休んでしまうからと短期のバイトを点々としていた姉はバイト先で正社員として雇われた
    姉の心境はわからない
    ただ、昔よりはるかに明るい顔をしていることはわかる

    717 :鬼女日記 2017/10/24(火) 12:59:41 ID:jxZ
    まとめサイトで介護うんぬんの話読んで思い出した

    ある日帰宅したら母が何か悩んでた
    私「どうした?」
    母「お婆ちゃんの友達の◯◯さんって覚えてるでしょ。◯◯さんの旦那さんが倒れたりお婆ちゃんがボケたりしてお互い忙しくて最近付き合いなかったけど。
    ◯◯さんが今度引っ越して遠い土地に行くらしいんだけど、その前にお婆ちゃんと食事がしたいんだって。
    昔とってもお世話になったからって」
    私「完全ボケてて同じこと何度でも聞くし、ちょっと被害妄想もあるし、いつ突然漏らして異臭を放つか分からん婆ちゃんと外食?
    無理でしょ」
    母「でしょ?でも説明しても食い下がって聞かなくて。
    ◯◯さんもボケじゃなくて病人とはいえ、介護してたんだけどねえ……」

    結局父さんに言ってもらったら引き下がったらしいけど、ボケのこと甘く見てる人多いのかな
    完全ボケた人に外食は無理無理
    周りへの迷惑的な意味で

    121 :鬼女日記 2015/08/21(金) 20:37:03 ID:KyK
    なぜ孫を産めばなんでも親が許してくれるものだと思うのかな?
    妹は若いときにすごいオッサンと結婚した。
    しかも両親が意味嫌うデキコン
    妹が惚れて(なにがいいのか不明普通の収入だし)駈け落ち当然で出ていった。
    説得も全部幸せになる私へのババア達の嫉妬プゲラ扱い
    デキコンの常套句「欲しくて作ったから後悔してない」「結婚するつもりだったタイミング」連呼だった
    放任主義だった父もぶちギレて「好きにしろ!!どんな事があっても家に頼るな!」と絶縁
    わずか3年で20代の筈なのに30代後半みたいにボロボロボサボサで子供抱えて実家に逃げ込んだ。
    受け入れて貰えるわけもなく追い返され、旦那の所に戻ったみたいだけど…孫が可愛くないのかとかくいさがってたみたいだけど、ダメにきまってるじゃん。孫を魔法のアイテムかなにかと間違ってるのかな?
    うちの親が厳しすぎるだけ?
    聞いた話によると妹旦那(まだ離婚はしてない)は1回り上でバツ付き3人の子供の養育費を払ってるし車が趣味。
    持ち家だけど70代のご両親と50後半の持病で無職のお姉さんがいる。
    妹は出産してから体力落ちてバイトも出来ないみたいで金がないっていつも結婚前からやってるブログに書いてるみたい。
    3年はもった方かも知れないけど私だったらまず20代でオッサンとそんな関係にならないし、可哀想だけど手助けしてやれないしどうしたもんか

    970 :鬼女日記 2017/09/26(火) 11:39:06 ID:xet
    母が夜逃げした時が衝撃
    流れとしては
    祖父が要介護になる→母が会社を辞め、パート+介護になる
    →家がウンコ臭くなる→皆あまり家に帰らなくなる
    →祖父タヒぬ→ちょっと一息
    →祖母がまだらボケ発症
    →また家がウンコ臭くなる
    →ある朝起きたら母がいなかった

    祖母は嫁いびりババーだったから面倒見るのイヤだったんだろうな
    まだらボケなだけで足腰しっかりしてたからすぐどっか行くし
    そのたび「目を離すな」って親父が怒ったし。
    母は未だに行方知れず。
    どこで何してるか全然わからない。連絡もない
    警察は何もしてくれんかった
    自分の意思で出て行った人は探さないんだって
    祖母は徘徊がやまなくて可哀想なことになった。
    親父は母が祖母の葬儀に帰ってくると信じていて「来たら叩き出してやる!」と言ってたが来なかった
    生きてるかタヒんでるかくらい知りたいが手段が無い

    387 :鬼女日記 2011/07/30(土) 23:52:06 0
    ここの人は何と戦ってるんだ?辛い目に合った人を馬鹿にして優越感に浸ってんだろうけど
    低能すぎ

    自分が5歳の時、幼稚園に迎えにきた母と一緒に自宅に帰ったら
    家の雰囲気がおかしい。自分が家に入りたくないと駄々をこねたら母も違和感を感じたらしく、
    近所の交番に頼んで家に一緒に入ってもらった。
    一部屋ずつ調べてもらったら客間の押入れから素っ裸の父と浮気相手が転がり落ちてきた。
    結局その浮気相手が継母になったけど、自分もそれから中学までの記憶はほとんどないよ。
    壮絶な虐待を受けたし、今その話を聞いても人ごとのよう。


    8 :鬼女日記 2010/08/11(水) 00:48:22 ID:6xEfKaxJ0
    今話題の100歳以上のご老人問題を見て思い出した。
    私の黒い過去じゃないけど。

    20年位前に亡くなったひいばあちゃんは
    100歳ちょいまで生きて、
    在住の街で最長老になったんだけど、
    その生年月日はひいばあちゃんの
    お姉さんのだったらしい。
    なんでそんなことになったのかは
    ばあちゃんしか知らないけど、
    ばあちゃんも亡くなったんで
    誰もわからない。
    本当のひいばあちゃんの
    亡くなった年齢は90何歳だったらしい。

    289 :名無しさん@おーぷん
    顔すらもう覚えてない母がタヒんだ。
    密葬だったとかで、葬儀にも呼ばれなかった。父から聞かされただけ。
    母は統合失調症で、幻聴幻覚ですごく皆に迷惑をかけたらしい。
    その当時は精神分裂病という病名だったそうだ。
    その名のとおり人格が分裂しちゃって、おとなしい時とキチった時の落差がすごく
    その迷惑ぶりがいまだに語り草になってて、親戚の集まりに行くと何度も聞かされる。
    部屋の隅っこで皿を頭にかぶって両手で耳をふさいでたとか、兵隊さんが来る〜って叫んでたとか。
    そういうわけで母が皆に迷惑をかけたことや、
    タヒんでくれてホっとしたという態度なのはしょうがないと思う。
    思うんだが、父が「祝杯だ!」と私の手にビールを押しつけて「バンザイしろ!」と言うのは何かモヤモヤする。
    他人同然ではあるけど、私にとっては母なので、さすがにタヒんでバンザイする気にはなれない。
    私がビールを断ったら父は不機嫌になってしまった。
    さっきからちょっかいかけてくるが、少しそっとしておいて欲しい。

    141 :名無しさん@おーぷん
    うちの家族がオカルト信者すぎてスレタイ

    母・姉・祖父の3人(いずれも性格がクズ)が
    母屋で幽霊を見た!見た!と大騒ぎする
    今日の深夜頃にも祖父が和室のドアの隙間から
    三角巾もどきを頭に巻いて目と口が真っ黒で足が透けてる
    白い着物着た奴が立っていて、目があった瞬間消えたとか言って朝から大騒ぎ
    昼間になったら母が和室の前に盛り塩大量に置き始める始末
    母はニヤニヤしながら「和室にはもう塩置いちゃったから
    次はあんたの所に来るで!」と言い出した

    正直あまりにも馬鹿すぎてついていけない
    そんな映画に出てくるようなオーソドックスな格好した奴が今時出るかよ
    そもそもさー、あんたが幽霊見たって言い出したのって
    姉がそう言い始めてからだよな
    その姉は虚言癖持ちの糞女だから幽霊見たなんて嘘平気でつくぞ?
    その嘘に振り回されて何やってるの?馬鹿なの?
    祖父も祖父で思い込み激しい性格でふだんから母が
    「幽霊出るから母屋に近づきたくない」って叫んでるから
    幻覚見ただけじゃないの?お前、母の言うことならなんでも鵜呑みしちゃうもんな

    学校卒業したら出ていきたいわマジで
    頭おかしいよこいつら

    253 :名無しさん@おーぷん
    今までいろんなことはあったのですが、最大の修羅場だと思ったので投下させてください。
    病気に関する修羅場です。

    1/2

    当時社会人として働いていたが仕事が激務で体調を崩しそのまま仕事をやめた、まではよくある話
    だと思う。だけどそれからどんどん運が悪くなったみたいに家族中に問題が出始めた。
    仕事をやめてからずーっと病院通いが続いていた私。
    親は体が弱いというわけではないが、家柄的に遺伝なのかなりやすい病気があった。
    なので検査とかでよく病院にいっていた。

    ところがその検査で片親が引っかかった。
    検査の結果癌だということ、ただ本当に初期だったので手術すれば問題ないだろうと。
    ただ本人たちにとっても家族にとってもショックな出来事だった。
    手術が怖いといってなかなか手術を決められなかった両親。

    再発もありえるし手術しないor手術しなきゃ治すものも治らないともめたこと。
    癌で亡くなった有名人がかなりいた時期だったので、癌の話題とかが流れるたびに
    なんともいえない空気がすごかった。

    そんな中でただひたすらに病気のことで忙しい親に代わって家事をやってたこと
    子供として親には病気を手術して欲しいと必タヒに説得してた日々が修羅場。
    やっと親が手術を決めて落ち着いたところに第2の修羅場。
    続きます。

    482 :名無しさん@おーぷん
    私の両親の老後に対する考え方がスレタイ。

    私の両親は昔から自分の老後だけでなく「これから先の事」を何にも考えない人だった。

    40代の終わりに「終の棲家だ〜」と買った家は坂の途中にあり、高齢になった今はふもとのバス停まで歩けない。
    おまけに、そのバス停にはバスがあまり来ない。
    両親の家の周りは商店が何もない。正確には開業してもすぐ潰れた。最近できた最寄りのコンビニまで500mある。
    両親曰く「そのうち、開けてくる」と思ったらしいが、実家より先はもっと山奥で何もないから開発されて町がひらける
    要素がない。北海道の叔父が来たとき、実家の周りをぐるりと車で一周させて見せた時、「本州でこんなところがあるんだな」
    「原野商法を思い出す」とびっくりしてた。実家の数キロ先には市街地があるが、家と市街地の間は山間部となっている。
    後年、私や姉が中高時代、学校帰りに真っ暗になり人気もなく、恐ろしいと訴えても「・・・・」と何の反応もなかった。
    子供たちの通学の事を考えたのかと聞いても「・・・・」と返事が無かった。
    入居前は「面倒臭かった」そうで、引っ越すまでバス停の時刻表も見ていなかったらしい。
    元気なうちは自家用車で通勤・買い物をしていたから「不便じゃなかった」そうな。高齢になって運転できなくなったら
    どうするつもりだったのか、聞いても「・・・・」だった。

    高齢になる前に引っ越すか老後の計画を立てるべきなのに、老後のための準備を何もしていない。年金と預金を取り
    崩して生活している。
    成人した子供達が両親の危うさがわかって、今後のための必タヒのアドバイスや申し入れも「そのうち」とか
    「考えないといかんな〜」とか言って真剣に考えなかった。
    健康型老人ホームに元気なうちに入居する知人・友人を馬鹿にして無策のまま80歳を過ぎた。今や、手ごろな老人
    ホームは順番待ちでなかなか入れない。すぐに入れるのは馬鹿高いところだけ。
    子供のうち、だれかの世話になるつもりだったらしいが、子供達夫婦が転職・辞職して親と同居するとも思っていな
    かったらしい。「なんとかなる」そればっかり。
    「何とかならない場合どうするの?どう考えていたの?」と聞いたら、昔懐かしい「・・・・」の返事なしだった。
    両親の自分の老後に対する考え方が神経分からない。

    220 :
    本当に神経わかんないうちの馬鹿父の話
    長々とごめん

    うちは母がお店(かなり繁盛していて支店もあった)を経営してバリバリ稼ぐ人だった
    その反動か(?)父はふわふわとした遊び人
    仕事を転々としていて、私の記憶にある限りでは仕事してる期間より無職期間の方が長かったんじゃないかと思う
    子供の頃はいつも遊んでくれるお父さんが好きだったけど
    大きくなるに従って(アレ、この人駄目人間なんじゃ…)って思うことが増えた
    でも母は「もうちょっとしっかりしてくれないと」と言いながらも結局別れなかった

    そんな母が、四十代の若さで亡くなった
    私は別の業種で働いていたし、父が引き継いで経営できるはずもないので、店は人手に渡すことになった
    優良物件だったので、かなり高い額で引き取り手があった
    そのお金と母の預金を父と一人娘の私で分けらど、税金を差し引いても相当な金額になった
    お金が手に入って即、父は当時やってた仕事を辞めた
    私は実家から電車で一時間ほどの距離に住んでいて、月に一度程度帰っていた
    仕事を辞めた父は、車や時計、カメラ、旅行等かなり派手にお金を使っているようだった
    私は段々不安になって
    「お父さん、これから働かないで八十まで生きるとして、お金足りるか逆算してみた?」
    とか言ってみたけど何の効果もなかった

    そして、母がタヒんで2年も経たない頃
    実家に帰ったら父が「再婚を前提に付き合ってる女性がいる」と言い出した
    引き合わされたのは、父の行きつけの飲み屋のママだとかいう女性
    ×2で子供が4人居て、全員成人済みだけど無職かフリーター
    正直あまり好感は持てず、(ちょっとは考えろよ…)と思ったけど父には
    「応援は出来ないけどひとの恋愛に反対する権利もないし、そっちで良く考えて」
    とだけ言って放置した
    案の定というべきか、数ヵ月すると段々と父の話に愚痴が多くなった
    ママと子供達がとにかくお金をたかるらしい
    「何かというと『パパお金出して』って……俺、もしかして金蔓なのかな?どう思う?」
    とか泣きそうな顔で言うから、これが五十近い男が娘にする相談かと呆れながらも
    「はっきり言うと、そうだと思うよ」
    とだけ答えておいた

    637 :名無しさん@おーぷん
    やっと一日が終わった。一人の部屋は落ち着くな。
    私21歳、兄25歳。大学院生として実家から新幹線の距離に暮らす兄が就活の関係で実家に戻ってきている。
    そして兄と大学入学時から交際している彼女も就活の事情で私実家に泊まって三日目。これで二度目。
    我が家にとって、子供が交際相手を連れてくるのは彼女が初めてなので両親は大歓迎。
    兄たちは互いの両親に挨拶も済ましており、彼女の実家(飛行機の距離)から我が家に泊まりのお礼が届いたこともある。
    父は「夏休み中はずっとウチにいればいいじゃん」とノリノリ。まあ、これはいい。
    問題は母。
    母は兄を溺愛しており、サービス精神旺盛。そしてすこし空気が読めないところがある。
    「せっかくうちの地方にきたんだから○○に行きましょう!」と名所を案内したいらしく、今日は私の運転で母と兄と兄彼女を乗せてお出かけ。
    楽しかったのだが、母が二人のいないところで一言。

    614 :名無しさん@おーぷん
    茶菓子を持参で実家で母とお茶していたら、そこへちょうど妹が来た。
    今はスイカがあって便利よね、金額調べなくてもいいし乗り換えも簡単だし
    と話していたら、妹が私は持っていない、ちょっと見せて、と言うので見せた。
    へえ、これでバスもピッでいいの?というので、後払いなら乗る時と
    降りる時両方でピッてするんだよ、携帯のアプリにもあるよ、と説明
    その時妹が「携帯は使い方わかんないから、これでいいよ、貰っていくね。」
    母と私、ポカーン。(母はスイカ持っている。)
    「やだよ、それ、一万くらい入ってるし」、と言うと「ずるーい、姉ちゃんばっかり」
    いや、私がチャージしたんだから私のもんだろ。
    「馬鹿のフリしてんじゃないよ、返せ」と言うと、「じゃあこの定期入れちょうだい」
    そのパスケースの方がスイカの中身より高いわ、何が「じゃあ」なんだよ。
    この妹、別に特にほしいものじゃなくても、目についたものをすぐ「チョーダイ」する。
    スイカを持っていないのも、普段使う機会がないから。=パスケースも不要
    特に妹を甘やかして育てわけでもなきゃ、逆だったわけでもない。
    チョーダイ星人を育成したのはおそらく父と兄。
    父は甘いので私でも妹でもチョーダイと言えば何でもくれたんだけど、
    兄はチョーダイ言われると面倒くさいので「じゃあ持ってけば」と権利を放棄するから。
    私と妹は衣類や文具もおさがりやシェアはあまりない。
    子供時代から、自分のもの(新品)があるのに、私の使い古しまで欲しがる神経が
    わからなかったんだけど、大人になってもあまり変わらないんだよね。
    なんだろ、末っ子体質?なのかしらね?

    960 :1/2
    食事嫌いがぶり返してつらい。

    私の母はあまり熱心にご飯を作ってくれなかった。
    1〜2日ご飯抜きは当たり前、作っても毎食塩むすびと卵焼きの同じメニュー。
    高校からは床で食べさせられていた。
    同級生の健康的な体が羨ましかった。
    私はガリで栄養不十分で、いろいろな病気を併発して、週に何度も病院へ通う体になった。

    いろいろを経て親元を離れた。
    食事に慣れていなくて、食べることがつらかった。
    なにを作っていいかわからない。
    検索したメニューの味が想像できない。
    きれいな食器に盛り付けて机に並べたら、涙が止まらない。
    胃が小さくて、消化不良を起こす。
    カロリーも栄養もうまく摂取できない。
    一人前を毎食食べることができない。

    数年かけて頑張って頑張って、3食まともに食べれるようになった。
    コンビニ弁当だったけど。
    ようやく生活に「食事」を取り入れることができ、習慣付けができたと思った。
    病気も落ち着いてきた。
    やっとまともな人間の生活ができてきたと嬉しかった。

    273 :名無しさん@おーぷん
    食べ物の話。
    たまにしか作ってくれなかったが、母親が作ってくれるキウィの乗ったレアチーズケーキが大好きだった。

    お菓子は他にも色々作ってくれたのだが、そのレアチーズケーキは幼少の自分にとって兎に角衝撃だった。
    キウィの酸っぱさがレアチーズと融和して程よい酸味。
    市販品ほど甘過ぎず濃厚でババロアみたいにふんわりとした口当たり。けどくどくない。
    下にタルトとかはついていないシンプルだけど上にあしらわれたキウィが可愛いケーキ。

    高校生の頃に教わって作った事があったけれど、大人になってから食べたくなってうろ覚えで作ったら
    分量がまるで違うらしく味は何となくあっているけれど、とてもケーキと呼べる代物にならなかった。

    レシピも似たようなものがないかググったり、料理本を見たけれど同じようなものはなかった。
    あんまり母親と親しくないのだけれど、久しぶりにあって私が母の味を懐かしんで色々試している話をしたらもう子供たちが出て行って作らなくなったというあのレアチーズケーキのレシピを教えてくれた。

    作ってみたら昔懐かしい味だった。
    どれだけ探しても見つからなかった味だった。
    私にとっての唯一無二のおふくろの味はこのケーキなんだなぁと思った。

    たまに食べたくなるレアチーズケーキを久しぶりに作ったので思い出しカキコ。

    1240 :名無しさん@おーぷん
    ちょっと吐き出させて貰うわ

    父親が入院した
    母親も入院中
    こう書くと心配してけれる人もいるかもだけど
    母親の入院は糖尿持ちが転倒→骨折→治りが遅い上に
    リハビリ怠けるから進まない
    なのよ、腹立たしい
    父親の入院はもっと腹立たしい
    妻が家にいないから好きなだけ酒を飲む
    酔っ払って駅の階段から転倒→顔面殴打→検査入院

    地元には自分しかいないから、手伝うけど
    フルタイム勤務のほかにバイトも掛け持ちしてんだよ
    この週末は仕事みっちりなんだよ
    夜ちょっと顔を出すしか出来ないのよ
    しかも、職場から病院は車で30分、そっから家まで40分
    8時過ぎのくたくた状態で運転なんかしたくないのに

    クソ親父!飲んだくれてんじゃねーぞ!

    752 :名無しさん@おーぷん
    実生活だと誰にも話すことができないので聞いて欲しい。
    自分は、自営業をやっている男で今年59歳、同じ年の妻との間に27になる娘が1人いる。
    この娘についてなのだが、最近どんどん暴君だった自分の父親(娘から見ると祖父)
    に似てきて正直恐ろしくなってる。

    祖父(紛らわしいので便宜上)は、まあ、戦前の亭主関白・家父長制をもろに受けた暴君で、
    家族は自分の所有物くらいに思っている男だった。気に入らない事があれば、理不尽な理由であっても、
    手や物が飛ぶなんて当たり前で、かなりびくびくして育った。
    娘が似たのはもちろんそういう点ではない。
    はっきり言ってしまうと、外見や仕草、雰囲気がそっくりになってるんだ。ちなみに自分とは親子関係を疑われる位
    全く似ていない。
    それから、祖父の職業は官僚からの実業家で、とにかく頭の回転が速く(多分、今でいうギフテッド)、
    新興宗教の教祖みたいな人たらしだったんだが、娘にもそういう面が端々から見えてそれも恐怖を感じる。
    正直、親が言うのもなんだけど、娘は子どもの頃から賢くて、反抗期もなく手のかからない子だった。
    ただ、昔から可愛げというか子どもらしさや女の子らしさに欠けていたから、もっと子どもらしい子が
    欲しかったという思いはある。
    今も士業についていてかなり上手くやっているし、周囲の評判も高い。
    だからこそ、誰にも相談出来ないんだが、実の娘にこう感じる自分はおかしいのだろうか。

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