いい話

    358 :鬼女日記 2018/03/30(金) 10:54:25 ID:k6z
    庭のアネモネを見てふと語りたくなった
    小学1、2年の頃、学校帰りに知らない家の庭で初めてアネモネを見た
    中心から黒、白、そして赤青紫と変化する色のコントラスト
    そして丸みのあるかたちが何とも言えず愛らしくて
    子ども心に「なんてかわいいお花だろう…!」ととても感動した
    しばらく眺めてから帰宅するとたまたま母親が在宅していた
    当時、クズだった父と離婚した母親は
    借金を返しながら私と姉を育てるために馬車馬のように働いていた
    そのせいか性格もよく言えばサバサバ、悪く言えばそっけなく男っぽい雰囲気で
    多忙のため構ってくれることも少なく
    間違っても「優しいお母さん」という感じではなかった
    でも私はその時どうしてもアネモネを見た時の感動を伝えたくて
    「今までで一番きれいな花を見つけた」とつたない言葉で母に訴えた
    夜勤明けで疲れていただろうに、母は熱心に私の話を聞き
    私が語った特徴から「たぶんアネモネっていう花じゃないかな」と教えてくれた
    そして「一緒にもう一度見に行ってみよう」と私を連れて外に出た
    暖かな日差しの下を、母と手をつないでゆっくりと通学路を戻った
    「これ!これ!」と花を指さすと
    「やっぱりアネモネだよ。あんたはこういう花が好きなんだね」と母が笑った
    2人で花を眺めていると家の人が出てきて
    母が「娘が今までで一番きれいな花だと言うので見せていただいていました」と話すと
    喜んでアネモネを数本分けてくれた
    それを手に持ってまたゆっくり歩いて家に帰った
    いつもの通学路が、母と歩くだけで特別に感じられた
    私が感動した気持ちを母がしっかり受け止めてくれたこと
    その感動を共有しようとしてくれたことが嬉しくてたまらなかった
    それから何十年もたって母は悠々自適の生活になり
    今日は山野草を見に行く、今日はどこどこの植木市に出かけると忙しい
    そして暑い日も寒い日も嬉々としてガーデニングに精を出している
    実は昔から花が大好きだったらしい
    きれいなものやかわいいものなんて少しも興味がないような顔をして
    いつもひたすら働いてばかりいたから全然気づかなかった
    本当に他愛ない思い出だけどアネモネを見に行った日のこと覚えているだろうか
    聞いてみたいけど忘れてたらちょっと寂しい

    525 :鬼女日記 2016/03/02(水) 18:56:32 ID:UfG
    ジジイの思い出話をさせて下さい。
    おーぷんは趣味の板などを一年ほど読んでおりますが、不手際がありましたらお詫びします。

    私がまだ三十代の頃、新入社員を二名、教育係として担当しました。
    簡単にAとBとします。
    どちらも調子のいい男で、給料日の後には揃って「先輩なんかおごって下さいよ!」
    などと言ってきて夕飯を付き合わされましたが、私も初めて後輩を直接に指導したので
    可愛くて仕方なく、月に二度ほど夕食や酒をおごる日々が続きました。

    翌年、忘れもしません五月の末の、よく晴れた日のことです。
    その年には私の部署に新しい社員の補充がなかったため、月に一度くらいの頻度ですが
    まだ先輩のおごり夕食は続いておりました。
    ところが私が朝から腹の具合が悪く、若者たちの喜ぶようなガッツリとした食事は
    避けたい気持ちだったため、おごり要求が来たものの別の日に、と断ろうとしました。

    するとAが、先輩に合わせますよ、と言います。
    Bも、たまには先輩の行きたいとこ行きましょうよ、などと調子を合わせます。
    ひょっとすると、後日となったら来月あたりまでおごりを飛ばされると思ったのかも知れません。
    本当に調子のいいヤツらなんです。
    そこで私は、少し値は張りますが、とても優しい味の和食を出す小料理屋に連れて行きました。
    その店は私も先輩から教えていただき、たまのご褒美に焼き魚や煮物をアテに酒を愉しむ
    小さいけれど居心地のいい店です。
    ご夫婦で営まれており、その頃、すでに五十代後半の旦那様がお料理を、奥様が接客を
    されていました。
    私はまだ腹の具合が落ち着かなかったので、焼き魚定食のご飯小盛りを。
    Bは刺身だったかな? Aは鯖の味噌煮定食を頼みました。
    そこの定食は、メインのおかず以外にも煮物や小鉢が豊富で、どれも出汁のきいた薄味です。
    若者の口に合うかな、と不安でしたが、二人ともご飯をおかわりする勢いで食べてくれました。

    それからまたしばらく経ったある日のこと、私が一人で当の小料理屋へ行くと
    Aがカウンターに座っておりました。
    聞けば、あの後、一人で何度も通っているとのこと。
    私と一緒に行った日に食べた鯖の味噌煮が、Aの亡くなった祖母の味とそっくりだったため
    懐かしくなり、酒は頼まず定食だけを食べに来ていたのだそうです。
    店のご夫婦ともすっかり仲良くなったようで、それからも度々、彼を店で見かけました。

    618 :鬼女日記 2016/02/09(火) 18:43:51 ID:hBN
    母親がスナックのママだったこと
    母は私が赤ん坊に父と離婚したので、その後は私と祖父母と母で暮らしていた
    私が物心つく頃には母は『食堂』で働いていると説明していた
    夕方にバスで家を出て、深夜私が眠ったあとタクシーで帰宅する、そんな生活だった
    でも寂しくはなかった
    夜は祖父母と時代劇を見て祖母と一緒に寝て、
    朝には母が私より早く起きて洋風の豪華な朝ごはんを作ってくれて皆で食卓を囲んだ
    たいていは夕食も母が作り置きしてくれたおかずが並んで
    ルーを使わずに作るビーフシチューとポテトサラダが特に美味しかった
    食堂勤めだから料理もうまいのかなって思ってた
    母が毎日使うタクシーも高くない乗り物だと勘違いしてた
    今考えると毎晩4~5000円分は乗ってたはずだから結構な額なのに
    小学校高学年になると母は『実は食堂ではなく居酒屋の厨房で働いてる』と説明した
    煙草やお酒の匂いがわかるようになった私に不審がられないようそう言ったのだと思う
    中学から私立の女子校に通った
    ママって結構お金持ち??と冗談ぽく聞くとお婆ちゃんたちの年金だよと母は答えた
    大学は学外進学して一人暮らしをはじめた
    家賃と生活費を仕送りしてくれて、バイトは必要なかった
    その頃、家も新築した
    私ももう子どもじゃないので、この金銭的余裕はなんだ?と思い始めた
    実は父が養育費を払ってくれているとか?と考え
    母の心情を思って、母から話すまで聞かないでおこうと決めた
    就職は地元にした
    同期の皆で飲み会をしようということになり
    私はケータイで「居酒屋 料理 美味しい ○○駅」と検索した
    まだグルメ情報サイトみたいなのに網羅性が無い時代で
    引っかかったのは個人のブログだった
    「おふくろの味が染みる下町のスナック ママのトークとポテトサラダが絶品!」みたいな文が目にとまり
    同期との飲み会で行く店では無いけれど、何故か興味をひかれてそのページを開いた
    うちの母のポテトサラダは独特の材料なのだけど、そのブログで紹介されているものと全く同じだった
    そして、そのスナックのママが"ショートカットの親しみやすい美人ママ!"と紹介されていたことも気になった
    うちの母はショートカットで化粧っ気がないけれど、よく美人だと褒められるからだ
    それだけだけど、もう確信した これうちのママのことだ!と

    418 :鬼女日記 2012/05/25(金) 15:37:05 ID:aXaNpfiV
    農家へ預けられた事が有る。

    高校を卒業してすぐ、私はdqnだったので、dqmな彼氏と働かず進学せず遊んでいた。
    ある日、親が「遊びに行くから付き合え」と言われて付いて行ったら知らない農家だった。
    親は農夫に「頼みました」と言って帰ってしまった。
    それから私は軟禁状態で、外と連絡も取れず、24時間農家家族や農家手伝いの人に見張られて
    農家の仕事を手伝っていたりした。
    いろいろあってdqnは卒業して、家へ帰された。
    dqnな彼氏はさらにdqn化してもう私とは住む世界が違っていた。
    もしあの時親が農家に預けてくれなかったら、悲惨な人生だったと思う。

    今更なんだけど、あの農家と親はどういう関係だったんだろうと思うw

    277 :鬼女日記 2016/07/19(火) 10:24:38 ID:G4E
    職場のパキスタン人がやたらトンカツ・カツ丼について聞いてくる
    なんでも駅にある定食屋で凄く気になってるが豚だから食えないらしい
    あまりにうるさいから家に呼んでチキンカツ丼作ってやったら毎週くるようになった
    面倒くさいから作り方教えても毎週来る。いつの間にか仲間が増える。気づけば毎週金曜日は俺の部屋でチキンパーティーが開かれるようになった。金はもらった
    そんなことをしでかしたパキスタン人が帰国してだいぶ経つが、今では地元でチキン料理を出す店を経営し繁盛してるらしい
    お前自動車整備学ぶためにきたんじゃねぇのかよ

    まとめでカツ丼の誘惑に負けそうになるパキスタン人の話よんで思い出した

    920 :鬼女日記 2005/09/11(日) 15:47:50 ID:a/UjlFud
    職場のビルの1階エレベーター前でタバコを吸っていた。
    しばらくすると、小学生高学年ほどの少女がやってきた。
    そして目の前へ来て「エレベーターを使う人が危ないから吸わないで」
    と説教してきた。
    ちょっと頭にきたが携帯灰皿にタバコを入れ外で吸いはじめた。
    すると少女は外に出てきて「肺癌になっちゃうよ」
    と言い、エレベーターで何処かへ行ってしまった。
    それ以来タバコをやめました。

    257 :鬼女日記 2017/11/05(日) 16:59:48 0.net
    昨日久しぶりに結婚式に出席した
    新郎新婦共にアラフォー、女性の未婚友人は数名だけ
    さすがにブーケトスはないかと思ったらあったw
    が、男女間関係なく未婚の人どーぞ!だった
    参加したのは未婚男性ばかりwなかなかの盛り上がりの中一人の男性(新郎友人)がキャッチ、ニッコニコで記念撮影、挨拶してた
    あれならいいなー

    524 :鬼女日記 2016/01/09(土) 15:48:24 ID:XuN
    一週間くらい前に何か旦那宛にDVDが届いてた。
    大人のビデオかな?って少し気になったけど、気が付かなかったふりして放置してた。
    そしたらおとといの夜中にリビングで物音がしたから、見てるな!ってびーんと来て、脅かしてやろうと思ってリビングに行くと、
    「家事に疲れた女性のためのマッサージ」
    みたいな、肩こりとかのマッサージのための解説DVDでした…
    何だかすごく申し訳なかった…
    あと昨日マッサージはしてもらいましたが、すごく気持ちよかったです…

    396 :鬼女日記 2017/04/24(月) 13:07:08 ID:YEp+PbzV.net
    数ヶ月にわたって行った実験。
    仕事が休みの日、とある電車の始発に乗り『○○駅で降ります。寝てたら起こして下さい』と書いた紙を鞄に貼り付けて目を閉じた。
    結果
    駅の手前で声をかけてくれた :4件
    駅に到着して声をかけてくれた:2件
    駅を過ぎて声をかけてくれた :3件
    終点までスルー       :7件

    みんなそこそこ優しい。

    244 :鬼女日記 2014/12/31(水) 12:22:23 ID:4ly
    大晦日なので今年の懺悔

    喪男歴が長くやっと結婚できたことから俺は変な方向にはっちゃけた。
    うちの親は毒親。高圧的でなんでも子供を自分の思うようにしたいタイプ。特に親父がひどい。
    親孝行しなきゃ!という方向にははっちゃけず
    俺は「これで俺は別世帯の大黒柱!つまり親父と対等!」とはっちゃけた。
    大黒柱vs大黒柱で、もうあんなジジイ怖くないぜと親父を挑発し続けた。
    親父とわざと接触しては奴の言うことの真逆をやり(今車を買うな、と言われたら買ったり)
    郵便物に「~様」ではなく「~君」と宛名を書いて出し
    3000円の贈答品が届いたら5000円のを返し
    父とは呼ばず苗字で呼びかけ、と
    サル山のボスのごとく親父とマウンティングし合った。
    親父がそのたびキーキー怒るのが楽しくてしょうがなかった。

    970 :鬼女日記 2017/12/22(金) 14:40:11 ID:emz
    血とか苦手な人注意
    高校生の頃、クソ寒い体育館で二時間ぶっ通しで人権学習をやらされた
    その日はその年一番の冷え込みの日で、秋なのに冬の気温
    そんなクソ寒い日に体育館にベタ座りで話を聞かされた
    前では金髪ピアスの公務員が「俺は部落出身だが、公務員として働いている。金髪でピアスしてるが俺だって公務員として働けるんだ」と何か語っていた
    俺は居眠りを決め込み、時々巡回の教師に竹の棒で叩いて起こされ、気づけば二時間が経過
    周りが立ち上がり教室に戻ろうとする波に乗って俺も立ち上がり後ろを振り返った瞬間、灰色のスカートが赤い色に染まったものが目に飛び込んできた
    数メートル先を歩くクラスの女子のスカートがお尻のあたり一面真っ赤だった
    頭の中で生理?とは思ったものの、あまりの血の多さに尻込みし、男の俺が声かけるわけにはいかないだろと瞬時に頭の中で答えが弾きでた
    周りの女子は気づいてたが、女子でも言いにくいらしく、指差したりしてるだけで誰も指摘しない
    俺の友達が「おいあれ」と俺を小突いた瞬間、俺たちの後ろからAが飛び出してきた
    Aは普段チームワークが取れずに好き勝手マイペースにやるから、クラスの人から多少疎まれている子だった
    そのAが前を歩く女子に追いつくと、自分が壁になりスカートを隠し、躊躇なく上のセーラー服を脱ぎだした
    そして白いセーラー服に血がつくのも構わず女子のお尻を覆い隠した
    やられた方はそもそもスカートの現状を気づいてなかったらしくて、「え?え?何?何?」とびっくりしてた
    Aはセーラー服の袖を結んで落ちないようにしたあと、女子の腕を掴んで強引に走り去っていった
    周りはA子の奇行に目が行き、スカートの件は自然と上塗りされていた
    その日は寒かったおかげでAはセーラー服の下に色々着込んでいたから下心刺激されるようなことにはならなかったけど
    セーラー服の下から現れたブタの腹巻きはシュールな場面をより引き立てているようで、とても印象に残っている
    パッチワークの豚の顔がデカデカと縫いこまれた腹巻き
    周りも同じだったようで、みんなしばらくAの顔を見るとあの豚を思い出してしまうと言っていた
    この件をきっかけに、周りから疎まれてたAは周りに受け入れられるようになった
    とある女子がAに豚の腹巻きについて聞いてみたところ
    「穴が空いたから豚さんで塞いだの」と言っていた
    お気に入りの腹巻きらしい
    豚もお気に入りらしい

    298 :鬼女日記 2017/02/28(火) 09:30:42 ID:DWU
    先日、車に引きずり込まれそうになったこと。

    運良く通りかかった人たちに助けて貰ったけど、誰も来なかったと思うとゾッとする。

    429 :鬼女日記 2014/11/21(金) 09:49:44 ID:866nN3n27
    私 高校生 15~18歳
    A太 高校生15~18歳
    B子 高校生15~18歳
    全員同じ高校

    私は高校受験では前期合格しており、前期合格者のみで構成される特進クラスに所属していた。A太、B子も同じ。
    とくにA太はトップで合格していた為、入学式のときに新入生代表もつとめている。
    入学当初は出席番号順で席が配置されており、A太は私のすぐ前でB子はA太の左横だった。
    私の左横はこの先ずっと親友となる子だが、この話にはあまり関係ないので割愛。
    私はフィリピンのハーフで若干濃いめの顔だった。加えて天然パーマだったのでA太にダブルフィンガーと呼ばれ始めた。
    ダブルフィンガーが何かわからず「別に指はダブルじゃないから」と言い返してしまい笑われた。
    B子はどうやらA太が好きなようだった。A太におちょくられる?構われる私が大層気に入らなかったようで物凄く陰口を叩かれ面倒で面倒で仕方がなかった。
    B子が何を言おうが私は友人を着々と増やしていった為、別になんとも思ってなかった。
    A太にはB子がうるさいから構わないでくれと伝えた。

    94 :鬼女日記 2016/03/29(火) 10:37:01 ID:19s
    1/2
    いろいろ思い出してしまってうわーとなってしまったので吐き出させて。

    去年の12月に、4年付き合った相手と入籍した。
    なんで旦那はこんなのと結婚したんだろうと毎日思っている。
    知り合ったのは大学4年の実習。実習中に趣味が近いことがわかって、そこから親しくなった。
    実習終わって少しして、付き合うことに。

    でも、当時の私は専攻の教授会議で名前が挙げられるほどの問題児。
    講義休むことも多いし、卒論書くのもままならない、卒業できるのか?みたいな。
    周囲の評判もよくなかった。よく男にちょっかいだしてるとか、メンヘラだとか。
    (若干事実と違ってたり言い訳もあるけど、おおむね合ってる)
    リスカ痕もある、拒食・過食あり、かまってちゃん、今思えば「なるべく関わりたくない」人間だった。

    案の定付き合ってからもいろいろ問題起こした。
    タヒぬタヒぬ詐欺なんて日常茶飯事だし、教授も親も巻き込んだ。
    公務員になることが決まっていた相手に、何回も別れてほしいと言ったけど別れてくれなかった。
    卒論も全然分野が違うのに手伝ってくれて、教授の温情もあってなんとか提出、卒業できた。
    アルバイトしてたところに正社員として採用されたけど、実は完全ブラックで2ヶ月で辞めた。
    そのあとも包丁持ち出して救急&警察騒ぎも起こした。
    精神科もメンタルクリニックも行ったけど、薬出せばいいでしょ!みたいな医者ばかりだったのと、その薬が合わなくていかなくなった。

    旦那は、友達をはじめ、あんまり親しくない人にまで「あいつはやめとけ」と言われたwと笑って言う。
    でも別れてくれなかった。なんでかわからないけど別れてくれなかった。
    「(私)さんはメンヘラじゃない。今はつらくても絶対幸せになれるから」って。

    613 :鬼女日記 2017/11/21(火) 11:38:28 ID:7BZ
    私と夫は見合い結婚。夫両親、私両親ともフルタイム共働きで、わりと似た環境だった。
    新婚当時「会社にお弁当もって行く?」と聞いたら
    「今までは持っていってなかったが、作ってくれるなら持っていく」という返事だった。
    「大したもんじゃなくていいなら作るよ」と言い
    一応「入れてほしくないものはあるか」「卵焼きは甘いのと出汁巻きとどっちがいいか」聞いたら「どっちでもいい、なんでもいい」。
    適当にオーソドックスな弁当を作って持たせた。
    完全に覚えてはいないけど卵焼き、ソーセージとブロッコリーを炒めたやつ、ミニハンバーグとか。
    夫は残さず食べてくれた。
    一ヶ月くらいして夫に恥ずかしそうに言われた。「ソーセージを毎日入れてほしい」「卵焼きは甘いのがいい」
    それを機に色々リクエストされるようになった。チーちく(既製品)の頻度を上げて欲しいとか
    アスパラベーコンの色あいがテンション上がるとか。
    めんどくさくてオムライス弁当にした日は、文句言うどころか大喜びで帰ってきた。

    一年くらいして妊娠。
    子供ができたとわかった夜、夫に「実は結婚して初めてウインナーソーセージを食べた」と言われた。
    そもそも義母は弁当を作らない人だったらしい。
    メシマズってほどじゃないんだけど「弁当」みたいなちまちま作って詰める作業が嫌いなんだって。
    遠足の時はコンビニ弁当かパンだったそうだ。
    そういえばソーセージとか甘い卵焼きって、弁当以外じゃあまり食べないかも…と思った。
    義母は加工肉とかを買いおきすることはなかったし、子供の頃食べてこなかったから
    夫も食べる習慣がないままに大人になったらしい。
    でも私が弁当に詰めて出したから「ああ食べていいんだ」と思い食べたら、美味かったんだって。

    ものすごくビックリってわけじゃないけど、地味に衝撃だった。

    148 :鬼女日記 2016/02/07(日) 21:55:16 ID:???
    ぶったぎってゴメン。

    大相撲が好きな70歳になる両親。
    何だかんだ言いながら、場所が始まると二人で見てる。
    こちら関西在住、そんなに好きならと半年前くらいに
    「じゃあ、来年の大阪場所チケット取ろうか?」と聞いてみた。
    二人とも出不精なので、テレビの方がいいと言うかと思いきや。
    「いいの!? 本当にいいの!?」と(・∀・)wktk。
    そして毎月のように本当に取ってくれるのか、行っていいのかと確認する。
    こないだも「娘が大阪場所のチケット取ってくれるかも(・∀・)」
    と会社の同僚に言ったらしい。
    そこまで楽しみにしてくれたら頑張るしかなく、今日が販売日だったんだけど、
    ネットで販売時間に張り付いてチケットを取った。
    2階席でいいかな。と思ったのだけど折角だからと奮発して桝席にした。
    早めの両親の誕生日プレゼントという事にした。
    無事に取れて「チケット取れたよ。桝席にしたよ」と言ったら
    二人でワーイ♪♪\(^ω^\)( /^ω^)/♪♪ワーイとはしゃいで
    早速、どの路線で行くか、どのお弁当にするか、何時から行くか、
    十両からがっつり見るべきか。と悩んでいる。一ヶ月も先の話なのにww
    でもこんなに喜んでくれるなら、もっと早く取ってあげれば良かった。
    来年はもう少しいい席をプレゼントしよう。

    469 :鬼女日記 2017/11/07(火) 14:53:30 ID:A3E
    少し前にいた職場の話。
    当時、私は年齢様々な人たちがくるカジュアルなバーで働いてたんだ。
    カウンターとボックス席があるやや広めのバーだった。
    そのとき一緒に働いてた女性の先輩が、男女ともに人気があってまさに看板娘って感じだった。
    私が入りたての頃酔った中年男性客にシモ系のえげつない質問に困ってしまったときもすーっときて上手く話を返してくれたりと、話し上手でいつもニコニコしてる人だった。

    ある時その先輩と飲みに行ってどうやったらそんな風になれるのか聞いたところ、先輩はむかしはかなりツンツンしてて嫌な女だったらしい。私の笑顔はダダじゃないと思ってたとか。
    しかし前職がお局が全権を握ってるような職場で、その人に気に入られなかった人は辞めていっているような所だった。
    そこで他人に好かれて人間関係を円滑にする方法を考えて実行してたらみんなが自分に優しくなった。最初の入りはずるい考えでやっていたことだったけど、今となっては自分の心からの素の行動になっている。笑顔は無料!それでみんなが幸せ!コスパ最強だよね!と話してくれた。
    こんないつもニコニコしてふわーっとしてる人にもツンツン時代があったとかというのと、先輩に教えてもらったことを活かして今の会社や別のところでも実行すると本当に周りが優しいし人間関係が円滑に進むことに衝撃。
    自分はそこそこいい大学でて、先輩は高卒って言ってたけどコミュ力の勉強は学校じゃできないなあ。

    254 :鬼女日記 2016/06/14(火) 13:34:41 ID:vDA
    4年ほど前の話。
    姉夫婦が男の子を産んだんだけど、今も昔も俺と姉は反りが合わず仲が悪い。
    姉が結婚する前なんか、同じ家に居ても必要会話すら滅多に交わさないレベルだった。
    なので、姉に子供が生まれたと聞かされても特に興味は湧かなかったし、ふーんすらも思わなかったんだけど
    父と母が男の子の孫が生まれたと聞いて色めき立った。
    自分達が名前を考えてつけさせてやる!!って、わけの解らない使命感に燃え始めたのだけど
    両親のネーミングセンスは酷い。
    姉の名前は普通なのだが、俺の名前は某有名時代劇の役名まんま
    当時俺が生まれたとき父は時代劇から、母は好きな演歌歌手から候補をいくつかあげて、くじ引きで決めたそうだ。
    で、初孫の候補もやはり父は時代劇の役名で、母に至っては演歌歌手に加えて韓流アイドルや俳優の名前を候補に上げていた。
    流石に姉と仲が悪いとはいえ、名前のせいで散々苦労してきてる俺は必タヒに説得した。
    説得というよりも半ば脅しというか、狂ったように自分の名前に対しての恨み辛みを吐き出して
    そんな名前押し通したら将来孫からもこれを言われると思えよって言った。
    結果、両親はでしゃばらずに孫の名前をつけようとする気も無くなったようだった
    まぁ姉の事を考えれば、余計なことしなくても両親に名付けさせるなんて馬鹿な事はしなかっただろうけども
    それが俺の最大の修羅場だった。
    つい最近甥っ子の誕生日で、この話を初めて知った姉から
    ありがとうってだけ教えてもなかったメールアドレスに甥っ子と姉の笑ってる写真が添付されてきたんだけど
    久しぶりに姉の笑顔なんて見た気がする

    133 :鬼女日記 2017/10/10(火) 20:26:15 0.net
    長文注意です。

    同居の元ウトメ&元バカ旦那にいびられ毎日朝4時にトメの怒声で起こされ家事掃除ウトメ自営の手伝いを日が暮れるまで無給でやらされていた。旦那からの生活費もなかった。
    旦那は働きに出ていたから「俺まで4時に起されたら仕事にならない」と同居して2週間で私の寝室は2畳の物置になった。
    義実家敷地内の工場みたいな場所で食事の用意の時以外ずっと昼間でも暗い豆電球ひとつ、エアコンもない。
    夏は裸になっても全身あせだくでひどい汗疹になり、冬は土下座して貸してもらった石油ストーブ(灯油をもらう時も頭を下げてお願いしなければ貰えなかった)で1日3人分ほどの作業ノルマをこなした。
    暗い、臭い工事に一人でいるので(ウトメの作業場は別)ウトは私をモグラと呼んでいた。

    食事も味噌汁のカス、運が良ければ漬物と米を1日2回だけだった。
    傍目から見てもガリガリだったと思う。トメの口癖は「こんな鶏ガラ抱く気にならんやろから孫はみれんねぇ!あーあ!ハズレくじひいたじゃ」。
    それを元旦那とウトやほかの親戚の前で言われると毎回恥ずかしくて消えたくなる気持ちだった。

    ある日トメの機嫌の悪い日にお客に出すからなんかお菓子買ってこいと無一文で放り出された。買ってこれず困る姿を見たかったのだろう。

    このいびりはトメのお気に入りでどれだけお金がないんですと言ってもあとから出してやるから早く行け!!と追い出された。それが真冬でも台風の日でも。

    しかしその日は何故かお金も持っていないのに街まで歩こう、と思った。
    出発した時小雨が降っていたがあの工場にいるよりいいやと思った。

    すみません、続きます

    このページのトップヘ