鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

当ブログは主に既婚女性・男性板、 生活板、家庭板などから管理人が気になった話をまとめたサイトです。

    いい話


    92 :鬼女日記 2016/03/06(日) 22:58:51 ID:L5qOA+jo.net
    全然かっこよくない話 しかも少し長い。ごめん。

    それなりに混んでるバスで、ちょっと太ってる親子が二人掛けの座席をそれぞれ1人で占領してた。
    停留所に止まるたびにお客さんは乗ってくるから、車内はドンドン混んでいって、その度に運転手さんが「中程までおつめ下さい。お席を譲り合って下さい。」ってアナウンスしてた。

    いくつかそんな感じで停留所過ぎたあたりで、その親子の母親の方がいきなりキレだして「ちょっと!運転手さん!疲れて寝てる人も居るんだからそんな何回もアナウンスしないでくれます?迷惑です!」みたいなことを叫んだ。
    車内はシーンとして、誰も直接は何も言えなくてヒソヒソって空気になった。
    その親子の子供の方が「しょうがないよ、運転手やってるような人間なんて…」とバカにしたように大声で言ってた。

    その後もその母親は「私はこの会社の株主なんですのよ!!」「あなたみたいに乗客のことを思いやれない運転手なんて!」と騒ぐ騒ぐ。(その間も混んでる車内で2人とも座席占領したまま)
    結局降りるときにわざわざ運転席に歩いてって「あなたの名前覚えました。会社に報告しますから覚えてらっしゃい」みたいなこと言って降りて行きました。(子どももニヤニヤしながらついていってた)

    すごく悔しかったのは何にも出来なかったこと。
    運転手さんは乗客の為に当たり前のことをアナウンスしただけなのに…。

    終点まで乗ってた自分はせめて…と思って、降りるときにメモに名前と電話番号を書いたものを運転手さんに渡しながら
    「自分は運転手さんが正しい事をしてくれたと思います。あの方に何か言われたら、自分が証言します。」と言いました。


    618 :鬼女日記 2016/02/09(火) 18:43:51 ID:hBN
    母親がスナックのママだったこと
    母は私が赤ん坊に父と離婚したので、その後は私と祖父母と母で暮らしていた
    私が物心つく頃には母は『食堂』で働いていると説明していた
    夕方にバスで家を出て、深夜私が眠ったあとタクシーで帰宅する、そんな生活だった
    でも寂しくはなかった
    夜は祖父母と時代劇を見て祖母と一緒に寝て、
    朝には母が私より早く起きて洋風の豪華な朝ごはんを作ってくれて皆で食卓を囲んだ
    たいていは夕食も母が作り置きしてくれたおかずが並んで
    ルーを使わずに作るビーフシチューとポテトサラダが特に美味しかった
    食堂勤めだから料理もうまいのかなって思ってた
    母が毎日使うタクシーも高くない乗り物だと勘違いしてた
    今考えると毎晩4~5000円分は乗ってたはずだから結構な額なのに
    小学校高学年になると母は『実は食堂ではなく居酒屋の厨房で働いてる』と説明した
    煙草やお酒の匂いがわかるようになった私に不審がられないようそう言ったのだと思う
    中学から私立の女子校に通った
    ママって結構お金持ち??と冗談ぽく聞くとお婆ちゃんたちの年金だよと母は答えた
    大学は学外進学して一人暮らしをはじめた
    家賃と生活費を仕送りしてくれて、バイトは必要なかった
    その頃、家も新築した
    私ももう子どもじゃないので、この金銭的余裕はなんだ?と思い始めた
    実は父が養育費を払ってくれているとか?と考え
    母の心情を思って、母から話すまで聞かないでおこうと決めた
    就職は地元にした
    同期の皆で飲み会をしようということになり
    私はケータイで「居酒屋 料理 美味しい ○○駅」と検索した
    まだグルメ情報サイトみたいなのに網羅性が無い時代で
    引っかかったのは個人のブログだった
    「おふくろの味が染みる下町のスナック ママのトークとポテトサラダが絶品!」みたいな文が目にとまり
    同期との飲み会で行く店では無いけれど、何故か興味をひかれてそのページを開いた
    うちの母のポテトサラダは独特の材料なのだけど、そのブログで紹介されているものと全く同じだった
    そして、そのスナックのママが"ショートカットの親しみやすい美人ママ!"と紹介されていたことも気になった
    うちの母はショートカットで化粧っ気がないけれど、よく美人だと褒められるからだ
    それだけだけど、もう確信した これうちのママのことだ!と



    525 :鬼女日記 2016/03/02(水) 18:56:32 ID:UfG
    ジジイの思い出話をさせて下さい。
    おーぷんは趣味の板などを一年ほど読んでおりますが、不手際がありましたらお詫びします。

    私がまだ三十代の頃、新入社員を二名、教育係として担当しました。
    簡単にAとBとします。
    どちらも調子のいい男で、給料日の後には揃って「先輩なんかおごって下さいよ!」
    などと言ってきて夕飯を付き合わされましたが、私も初めて後輩を直接に指導したので
    可愛くて仕方なく、月に二度ほど夕食や酒をおごる日々が続きました。

    翌年、忘れもしません五月の末の、よく晴れた日のことです。
    その年には私の部署に新しい社員の補充がなかったため、月に一度くらいの頻度ですが
    まだ先輩のおごり夕食は続いておりました。
    ところが私が朝から腹の具合が悪く、若者たちの喜ぶようなガッツリとした食事は
    避けたい気持ちだったため、おごり要求が来たものの別の日に、と断ろうとしました。

    するとAが、先輩に合わせますよ、と言います。
    Bも、たまには先輩の行きたいとこ行きましょうよ、などと調子を合わせます。
    ひょっとすると、後日となったら来月あたりまでおごりを飛ばされると思ったのかも知れません。
    本当に調子のいいヤツらなんです。
    そこで私は、少し値は張りますが、とても優しい味の和食を出す小料理屋に連れて行きました。
    その店は私も先輩から教えていただき、たまのご褒美に焼き魚や煮物をアテに酒を愉しむ
    小さいけれど居心地のいい店です。
    ご夫婦で営まれており、その頃、すでに五十代後半の旦那様がお料理を、奥様が接客を
    されていました。
    私はまだ腹の具合が落ち着かなかったので、焼き魚定食のご飯小盛りを。
    Bは刺身だったかな? Aは鯖の味噌煮定食を頼みました。
    そこの定食は、メインのおかず以外にも煮物や小鉢が豊富で、どれも出汁のきいた薄味です。
    若者の口に合うかな、と不安でしたが、二人ともご飯をおかわりする勢いで食べてくれました。

    それからまたしばらく経ったある日のこと、私が一人で当の小料理屋へ行くと
    Aがカウンターに座っておりました。
    聞けば、あの後、一人で何度も通っているとのこと。
    私と一緒に行った日に食べた鯖の味噌煮が、Aの亡くなった祖母の味とそっくりだったため
    懐かしくなり、酒は頼まず定食だけを食べに来ていたのだそうです。
    店のご夫婦ともすっかり仲良くなったようで、それからも度々、彼を店で見かけました。


    358 :鬼女日記 2018/03/30(金) 10:54:25 ID:k6z
    庭のアネモネを見てふと語りたくなった
    小学1、2年の頃、学校帰りに知らない家の庭で初めてアネモネを見た
    中心から黒、白、そして赤青紫と変化する色のコントラスト
    そして丸みのあるかたちが何とも言えず愛らしくて
    子ども心に「なんてかわいいお花だろう…!」ととても感動した
    しばらく眺めてから帰宅するとたまたま母親が在宅していた
    当時、クズだった父と離婚した母親は
    借金を返しながら私と姉を育てるために馬車馬のように働いていた
    そのせいか性格もよく言えばサバサバ、悪く言えばそっけなく男っぽい雰囲気で
    多忙のため構ってくれることも少なく
    間違っても「優しいお母さん」という感じではなかった
    でも私はその時どうしてもアネモネを見た時の感動を伝えたくて
    「今までで一番きれいな花を見つけた」とつたない言葉で母に訴えた
    夜勤明けで疲れていただろうに、母は熱心に私の話を聞き
    私が語った特徴から「たぶんアネモネっていう花じゃないかな」と教えてくれた
    そして「一緒にもう一度見に行ってみよう」と私を連れて外に出た
    暖かな日差しの下を、母と手をつないでゆっくりと通学路を戻った
    「これ!これ!」と花を指さすと
    「やっぱりアネモネだよ。あんたはこういう花が好きなんだね」と母が笑った
    2人で花を眺めていると家の人が出てきて
    母が「娘が今までで一番きれいな花だと言うので見せていただいていました」と話すと
    喜んでアネモネを数本分けてくれた
    それを手に持ってまたゆっくり歩いて家に帰った
    いつもの通学路が、母と歩くだけで特別に感じられた
    私が感動した気持ちを母がしっかり受け止めてくれたこと
    その感動を共有しようとしてくれたことが嬉しくてたまらなかった
    それから何十年もたって母は悠々自適の生活になり
    今日は山野草を見に行く、今日はどこどこの植木市に出かけると忙しい
    そして暑い日も寒い日も嬉々としてガーデニングに精を出している
    実は昔から花が大好きだったらしい
    きれいなものやかわいいものなんて少しも興味がないような顔をして
    いつもひたすら働いてばかりいたから全然気づかなかった
    本当に他愛ない思い出だけどアネモネを見に行った日のこと覚えているだろうか
    聞いてみたいけど忘れてたらちょっと寂しい


    72 :鬼女日記 2016/01/19(火) 12:32:41 ID:pTQ
    長文ごめん

    お姉ちゃんが大好きだ
    お姉ちゃんは二人いるんだけど今日は上の姉を自慢したいから聞いて欲しい

    私は三姉妹の末っ子で上の姉とは一回り以上年が離れている
    下の姉とは四歳差で下の姉とは普通にケンカもして育ってきた
    だけど上の姉は年が離れすぎてるせいか特にケンカらしいケンカもせず、どちらかというと溺愛に近い可愛がり方をされてる
    とはいっても上の姉も常識はあるので、無責任に甘やかされてきたわけではなく叱られるときは叱られた
    私にとっては両親よりは甘いもう一人のお母さんといった存在だった
    小学校の参観日や運動会の行事なんかも予定が合えば必ず来てくれたし、同級生からも「私ちゃんのお姉ちゃん優しいし大人だし羨ましい!」なんて言われて鼻高々だった

    だけど高学年になった頃からちょっと上の姉を疎ましく感じていた
    今思えば両親より先に姉に対しての反抗期がきていたんだと思う
    邪険に扱ったこともあるし酷いことも言った
    それでも姉はいつも通り「私ちゃん私ちゃん」って変わらずに笑いながら接してくれていた
    そんな姉がいつも言っていることがあった
    学校でいじめられたらお姉ちゃんにちゃんと教えてね。お母さんたちには言えなくてもお姉ちゃんには絶対に教えてね。なんとかしてあげるからね
    私ははいはいと返事をしながらも正直もしそうなったとして言っても無駄だろうなって思っていた
    姉の性格的に何もできないだろうなって
    あんまり周りに強く出れるような人じゃなかったんだ



    908 :鬼女日記 2016/04/23(土) 19:06:16 ID:PcS
    義母さん(夫の母)が憧れるしかないレベルの正統派少女漫画オタクだったこと。
    コレクション部屋には萩尾望都、山岸凉子、大島弓子、竹宮惠子、三原順、川原泉、和田慎二等々の初版コミックスがズラリ。
    「われらはみだしっ子」の初版なんて初めて見た。
    「ガラスの仮面」は3巻以降全部初版。
    「パタリロ!」「アラベスク」「日出処の天子」「スケバン刑事」等は全巻初版。
    「風と木の詩」も「エースをねらえ!」も「おにいさまへ…」「SWAN」「ブルーソネット」も全巻超美品。
    初めてコレクション部屋に入れてもらえた時は、
    「フォォオオオオオ!」って変隊仮面みたいな声を出してひざまずいた。
    当然持ち出し厳禁なので、ビニール手袋はめてコレクション部屋で伏し拝むように読ませていただいてる。
    柴田昌弘の単巻SFもの最高。
    美内すずえと和田慎二のホラーもの最高。超少女明日香最高。
    三十路近いのにはみだしっ子にハマってしまって現世に戻って来れない。

    GWは義母さん家の電球を全てLEDに交換するのを条件に
    コレクション部屋に一泊させてもらう約束を取り付けた。
    なんていい家に嫁いだんだろうと、おのれの幸運さ加減に五体投地で感謝したくなる。


    277 :鬼女日記 2016/07/19(火) 10:24:38 ID:G4E
    職場のパキスタン人がやたらトンカツ・カツ丼について聞いてくる
    なんでも駅にある定食屋で凄く気になってるが豚だから食えないらしい
    あまりにうるさいから家に呼んでチキンカツ丼作ってやったら毎週くるようになった
    面倒くさいから作り方教えても毎週来る。いつの間にか仲間が増える。気づけば毎週金曜日は俺の部屋でチキンパーティーが開かれるようになった。金はもらった
    そんなことをしでかしたパキスタン人が帰国してだいぶ経つが、今では地元でチキン料理を出す店を経営し繁盛してるらしい
    お前自動車整備学ぶためにきたんじゃねぇのかよ

    まとめでカツ丼の誘惑に負けそうになるパキスタン人の話よんで思い出した


    418 :鬼女日記 2012/05/25(金) 15:37:05 ID:aXaNpfiV
    農家へ預けられた事が有る。

    高校を卒業してすぐ、私はdqnだったので、dqmな彼氏と働かず進学せず遊んでいた。
    ある日、親が「遊びに行くから付き合え」と言われて付いて行ったら知らない農家だった。
    親は農夫に「頼みました」と言って帰ってしまった。
    それから私は軟禁状態で、外と連絡も取れず、24時間農家家族や農家手伝いの人に見張られて
    農家の仕事を手伝っていたりした。
    いろいろあってdqnは卒業して、家へ帰された。
    dqnな彼氏はさらにdqn化してもう私とは住む世界が違っていた。
    もしあの時親が農家に預けてくれなかったら、悲惨な人生だったと思う。

    今更なんだけど、あの農家と親はどういう関係だったんだろうと思うw

    396 :鬼女日記 2017/04/24(月) 13:07:08 ID:YEp+PbzV.net
    数ヶ月にわたって行った実験。
    仕事が休みの日、とある電車の始発に乗り『○○駅で降ります。寝てたら起こして下さい』と書いた紙を鞄に貼り付けて目を閉じた。
    結果
    駅の手前で声をかけてくれた :4件
    駅に到着して声をかけてくれた:2件
    駅を過ぎて声をかけてくれた :3件
    終点までスルー       :7件

    みんなそこそこ優しい。


    524 :鬼女日記 2016/01/09(土) 15:48:24 ID:XuN
    一週間くらい前に何か旦那宛にDVDが届いてた。
    大人のビデオかな?って少し気になったけど、気が付かなかったふりして放置してた。
    そしたらおとといの夜中にリビングで物音がしたから、見てるな!ってびーんと来て、脅かしてやろうと思ってリビングに行くと、
    「家事に疲れた女性のためのマッサージ」
    みたいな、肩こりとかのマッサージのための解説DVDでした…
    何だかすごく申し訳なかった…
    あと昨日マッサージはしてもらいましたが、すごく気持ちよかったです…



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