すごい話

    5 :鬼女日記 2011/09/03(土) 11:39:13 ID:GDFr9r7M
    これ思い出した

    811 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2005/08/17(水) 12:28:07 ID:mdv46BMm0
     中学の頃にTVで「秘密戦隊ゴレンジャー」というのが流行してて
    いつもグループを組んでた友達とどのキャラが好きか、そして
    「これから、グループの中ではそのキャラで呼び合おう」なんて
    いかにも子供らしい発想で遊んでいました。
     男の子たちは、アカレンジャー、アオレンジャーと決まっていったのですが
    グループの女子は私と由香子の2人だけ。当然モモレンジャー狙いです。
    由香子「あ、今日私ピンクのブラなんでモモレンジャー決まりね。
          トモ(私です)は靴下黄色いし、キレンジャーでいいやん?w」
    私「え、なんで?わ、私もブラはピンクよ。私がモモするー。」
    由香子「えー?ほんまにー?じゃ見せなさいよぉ見せれられへんくせにーw」
     なぜか私はへんな対抗意識で、ついシャツをめくってピンクのブラを
    事もあろうか男子にまで見せていました。
    私「ね!ピンクでしょ?私が先に見せたんだから、私がモモ!」
    由香子「くっ、そ、そんな!・・・あ、私パンツもピンクや!ほら!」
     そう言いながら由香子は惜しげもなくスカートをめくり、ピンクのショーツを見せたのです。
    もう、男の子たちは目を丸くして黙って成り行きを見つめています。
    私「ふん!私だってピンクのパンツよ!」  当然のようにスカートを捲くる私。
    由香子「なによ!私は!うちは!乳首もピンクやー!」
     ブラをずらすとそこには    確かにピンクの乳首が・・・
    男子生徒はもうなにも言わず正座で見つめています
    由香子「ほら、これできまりや!うちがモモレンンジャーやー!www」
     勝ち誇る、由香子、激しく首を縦に振り続ける男子生徒・・・
    私「ま!まだあるわ!私にはもっとピンクなところが!」
    由香子「え!  ま、まさか!」
    男子生徒達「え!(はーと」
    私「そうよ!よーくみなさい!!」
     わたしはショーツを脱いで皆にモモレンジャーにもっとも相応しいのがダレなのかを確定させました。

    でも、なぜかその後私についたニックネームは「チャレンジャー」ですた。

    135 :鬼女日記 2004/02/04(水) 15:27:00 ID:UzxQzctX
    コンビニ経営者、強盗を撃退=おでん調理器ぶつける-東京 (時事通信)
    3日午後8時ごろ、東京都調布市深大寺北町、「セブン-イレブン深大寺店」で、
    男が持っていた包丁でレジにいた男性.店員(21)に「金を出せ」と脅した。
    店の奥に居た男性.経営者(46)がおでん調理器など、店内の品物を手当たり次第
    ぶつけ抵抗。通報で駆け付けた調布署員が男を店内で取り押さえ、強盗傷害の
    現行犯で逮捕した。
    ---
    店長が「バカッ!ばかばかーあ!」と、エイエイ必タヒに投げてる図を想像して
    なごんだ。いや、状況的には緊迫してるし、なごむもなにもないけどさ…。

    160 :鬼女日記 2012/03/07(水) 21:39:37 ID:IQMhKUzJ
    去年の話。
    うちの近所に引っ越してきた人で、子持ち家庭みたいなんだけど、
    旦那さんがいつもいなくて、奥さんと幼児2人だけで住んでる家があった。

    奥さんは肝っ玉母ちゃんみたいな、近所の子まとめて面倒みちゃう人で、
    放置親がそれをいいことに次々と放置子を放り込んでいってた。
    3歳児が2日間くらいそこの家に放り込まれたまま、
    親も連絡も知らない状態で放置だったと聞いた時は、さすがに引いた。

    奥さんはいつも笑ってて、奥さんの子もママ大好きだし信頼してる感じ。
    放置子達も、奥さんの子をディスったりして注意を引かなくても、
    奥さんがみんなを底抜けにかわいがってくれることを知ってる感じだった。
    でもやっぱり放置親に利用されてることには変わりないし、
    でも放置子たちは本来の子供の姿を取り戻した感じだし・・・なんて近所の私達が
    でもでもだってで何も言えずにいたら、ずっと不在だった旦那さんが帰ってきた。

    89 :鬼女日記 2016/07/09(土) 21:09:16 ID:???
    知人の息子さんが車買うので、うちの旦那(整備士)に一度見て貰えないか?って言われた
    はあ?とは思ったけど旦那には一応打診してみた
    いくらで買うのか?車種と年式は?など聞いてみろって言うので聞いた
    98年式ワゴンR30,000円
    三万?で車買えるの?ってビビった

    旦那いわく
    ・自分で状態が判断できない人が乗る車ではない
    ・サーキットで耐久レースでもするんなら問題はない
    ・公道を走れる状態ならそんな値段では販売しない
    ・車が三万!安い!!と思うか、杀殳人又は自杀殳マシーンになりうる鉄屑を三万で買うメリットはないと思うかの問題
    ・売るって言ってる業者を通報したいから連絡先教えろ
    って言われたのでまるっとお伝えした

    購入摩るなら免許鋏でぶったぎる!!って言って辞めさせたらしいけど、唐の原musukoha未練たらたららしい
    金額は学生には魅力的なんだろうね

    339 :鬼女日記 2018/12/22(土) 18:08:09 ID:2KkRPWbb0.net
    デブス嫁「好きです」
    俺「(ないわーw絶対ないわー)」
    どう考えてもあり得なかったから、
    スタイル抜群で
    頭が良くて
    収入も多くて
    家事が完璧で
    美人
    な女じゃないと無理!wと言ったら、
    嫁「わかりました…」
    俺「ホッ」


    忘れた頃に、すごい美人が告白してきた。
    嫁だった。血の滲むような努力をして、俺の出したかぐや姫も真っ青の条件をクリアしたのだ。

    659 :鬼女日記 2015/08/31(月) 12:37:02 ID:8s0
    夫から聞いた話ですが。
    里帰り出産の義妹が現在夫実家にいる。先日、義妹夫が来たときに義妹が授乳をしようと服を捲った。そしたら義父が突然窓ガラスに突っ込んで怪我をしたらしい。
    最初はボケたか!?と思ったが、理由を聞いたらただのうっかりだった。
    私が子を産んだ時に義父は義母から「相手の許可無く授乳を見ようとするなよ!」とキツく言われており、娘である義妹が服を捲ったのを見て「勝手に見ちゃいかん、部屋を出ねば!」と思い部屋を出ようとした。が、うっかり方向を間違えて庭の方に突進してしまったんだと。
    結果的に軽い怪我で済んだので笑い話になっていますが、万が一のことがあったら洒落になっていなかった。

    156 :鬼女日記 2012/11/22(木) 13:27:43 0
    弟嫁に援助頼まれて、
    借用書と返済計画書(一応無利子)、滞納の際の延滞料を書面にして渡したら
    目の前でびりびりに破かれた私が通りますよっと。

    人でなし!守銭奴!と罵られましたが、
    じゃあお前の実家に頼めよ、あ、自己破産して公営住宅に住んでる貧乏人には無理かwww
    とpgrしてやらなかったのが、ただ一つの後悔です。
    結果土下座して頼んできたので貸しましたが
    返済は必ず手渡しで頭を下げさせてる、人でなしの守銭奴ですw

    828:おさかなくわえた名無しさん[sage]2007/01/21(日) 15:45:49 ID:aozgNSmV
    メガマック、ガリガリの女性.が3個買っていてびびった。
    そのほかにポテト、ハンバーガー等を山盛り…
    テイクアウト?と思ったら店内お召し上がり。ひとりで食べていた…。

    スカートからのぞく脚の骨ばった感じと、その食欲のギャップが…衝撃でした。

    111 :鬼女日記 2012/04/29(日) 23:49:26 ID:zS4r2u0z0
    十代の頃、処/女で男女交際0と嘘を付いて当時付き合っていた彼氏と似非処/女とDT卒業しよう!という流れになったものの
    彼氏のモノが立っても三才児並で、本当にポークピッツの人って居るんだ…!とびっくりして逆に怖くなった事。

    その時は、生殖機能に問題なければ大丈夫らしいよ!としか言えなかったけど、正直色んな意味で彼のモノと、彼のナイーブな悩みをどうしていいか分からず数ヵ月後に別れてしまった。

    最近、9cmが話題になってるんでもしかしたら在日だったのかな?と…

    93 :鬼女日記 2013/11/29(金) 17:48:20 ID:0udJAx2s
    スレチだったら許して。
    夫の実家はいわゆる「代々続く大きな家」。
    そんな家の、私から見た義祖父のこと。夫の父親の父親。
    1945年の原爆のせいで義祖父の行方が不明に。間も無く終戦を迎え、義祖父の職場から懐中時計や写真立て、帳面なんかが義祖母(夫の父親の母親)の元へ届いた。義祖父は遺体不明のタヒ亡扱いで故人に。
    いわゆる大きな家の次代がタヒんでしまった。しかも、戦争の中子供が生まれても幸せにはなれないと時の当代だった義高祖父(夫の父親の父親の父親)が言ったため跡取りなし。家中が悲しみに包まれた。
    その後しばらくして、四十九日の法事を義祖母らが執り行った。その最中のこと。
    戸を開ける音と「タヒ人が戻ったぞぉ!」の声。義祖父はタヒんでいなかった。
    要約すると、あの瞬間何が起こったのか大凡分かった義祖父は近くの家に飛び込んで壕を掘り、時間が経ってからひたすら西へ西へと移動を続けていた。
    義祖父の理論では「偏西風で線量が減った頃」を計らって帰宅したとのこと。
    義祖父が生きていたことに一族大喜び。話は義祖父の戸籍の回復に変わった。でも義祖父は回復しないことを選んだ。
    義祖父「一族の中にいる人材さえあれば戸籍などなくて構わない。」と。皆が説得しても「今後こんな奴は現れないだろうから、いい例だと思ってくれ」と。
    結局そのままで、義祖父は文字通りの生霊として過ごすことに。
    1949年、義父が誕生。岐阜の戸籍の父親欄は空白。義父が義母と結婚する時もこの話になったんだとか。
    戦争で生霊になったけど、宣言通り一族の人たちに支えられながら生き続けてる義祖父。この話を聞いた時ぶっ飛びそうになった。
    そんな義祖父は先日104歳に。灯油のポリタンクを2つ持って歩きでスタンドへ買いに行く。
    信じてもらえないかもしれないけど、本当の話。

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