自分語り

    679 :鬼女日記 2018/06/27(水) 16:29:30 ID:kUK8aD8/.net
    かなり前の自分の話。冷蔵庫が突然壊れて冷凍食品やらなんやらが駄目になるって焦った時。
    思わずというか冷蔵庫壊れたことからショックでスーパーに駆け込んで生鮮売り場の店員さんに大量の氷と魚が入ってたであろう発泡スチロールをもらって帰ってきた。
    めちゃくちゃ謝り倒しながらついでにコーラと唐揚げを買っていったのを覚えているけど今考えたらそもそも氷なら高くても売ってるもん買うべきだったなあ、普通に図々しかったなあって反省。
    普通に快く氷くれた上に発泡スチロール返さなくても大丈夫だよって言ってくれた店員さんに感謝。ありがとうございます。

    748 :鬼女日記 2018/03/07(水) 11:20:51 ID:GBZqHXXT.net
    自分の周りの全てが嫌になった 身辺整理をした 仕事も辞めた 以前同意の上で書いていた離婚届けを提出 全て家族に秘密で進めた 携帯を解約 事件事故ではない自分の意思である書き置きを残した そして 失踪 あれから6年 まさに その神経がわからん出来事

    452 :鬼女日記 2014/01/10(金) 09:23:00 0
    9歳くらい以前の記憶がない。
    気付いたら施設。戸籍がなかった。
    だから今も正確な生年月日は不明。
    親も不明。名前は自分で名乗ったらしいからそれらしいのはいたんだろうけど。
    施設に入って小学校に入れられたけど、一桁の足し算どころか
    自分の名前をひらがなで書くことすらできない。
    協調性.もあったもんじゃないから学校でも施設でもいじめられた。
    施設飛び出して数日で捕まるの繰り返し。
    食事とか基本的に窃盗してたけど、12歳くらいのときに
    自分の体が金になることを知ってそれからはずっと賣春。
    端折るけど18のときに、知り合いのクズ男の紹介で風イ谷店に勤めた。
    しばらく稼いだらオーナーに勧められて経営の方に。
    ちょっとしたきっかけがあってオーナーに店を買い取ってもらって20代で隠居。
    大学卒業して今はニートしてる。

    修羅場しかない人生だけど、一番の修羅場は昔窃盗した店に十数年ぶりに謝罪行脚したこと。
    自分でやったこととは言え、本当にすごい脇汗かきながら謝罪した。

    12 :鬼女日記 2018/10/29(月) 08:40:31 ID:kx1
    部屋の掃除をしてゴミを捨てた
    その時にボロボロだった布団やカーペットも捨てたんだがそのあと新しいものを購入する気になれない
    もう2カ月布団被らずに床に転がって寝てる、おかげで暖房つけてたけど風邪も引いた
    それでも購入する気になれない
    なんかもう「どれにしようか」と選ぶことそのものが面倒くさすぎてやる気起きない
    髪を切るのも面倒で四カ月くらい切ってないし、服買うのも面倒でコートすら買ってない
    どうしたらやる気が起きるんだろう疲れた

    418 :鬼女日記 2011/02/07(月) 13:14:44 ID:FDq/8yBT0
    山崎パンで思い出したけど、親戚が田舎でお菓子屋さんをやっているのだが、パンも置いて有る。
    そこのお婆ちゃんに、あの白いお皿、同じ物を6枚こっそり貰ったことがある。
    シールは集めてませんでした。

    112 :鬼女日記 2015/10/15(木) 12:28:05 ID:Ur4
    食欲が止まらない
    朝から2時間おきくらいでだらだら食べてるよ
    メロンパン小、ネオバターロール3つ、炊き込み御飯お茶碗一杯、お味噌汁、アスパラガス(お菓子の方)、ラスク、梨3分の1…以上起きてから食べたもの
    産後のボーナスタイムとはいえ、これが続くとやばいだろうな
    でも食べるのやめられない~

    13 :鬼女日記 2016/05/28(土) 05:03:09 0.net
    昨日の夜会社から帰ったら家の鍵が回らない。
    おかしいなと思ってインターフォン鳴らしたら夫が出て
    「ここはお前の帰る場所じゃない○○(既婚彼氏)の所でも行け」
    「向こうも大変だろうけど」
    って言われて追い出された。
    実家が遠いんで初めてネカフェに泊まったけど全然寝れない。
    子供が心配だし自分の事も不安。
    バレないようにメールやラインや自分のスマフォでは絶対連絡とらないで会う時もお互いが出張の時だけにしてたのに。

    807 :鬼女日記 2016/02/05(金) 02:42:08 ID:e1Y
    修羅場かどうかわからんけど、この時期になると思い出す話

    さらっと昔話すると、僕の家族はみーんな16~17のころにタヒんじゃった。
    16の時に親父で、17の時母・弟・妹ってな具合。他の親戚はとうの昔にタヒんでた。
    役所いっても「プッ働けばw」みたいな事言われたから、高校辞めて働くことにした。
    2年までは進級してたから、一回辞めてお金貯めるか奨学金通ったら夜間に通おうと思ってた。
    唯一生きてる父方の祖母に保証人になってもらったり協力はしてくれたけど、
    かなり高齢だし自営で年金も大してなかったから、金銭的な援助は無理だった。
    家借りれる金が出来るまで、知り合いのガレージを間借りしてたりもした。

    そのころの生活は辛いのなんの。
    狭い部屋で暖房もなくて、家にいるときはずっと布団にくるまってた。
    畳でよかった。フローリングならタヒんでた。
    食べる物もろくに買えなくて、安い小麦粉買ってきて塩と水で練ったものを茹でたのが主食だった。
    もったいないから水で薄めた醤油に付けて食べて、時々安売りの野菜と卵買ってきて、
    お好み焼きみたいなの作るのが贅沢だった。ソースは高いから醤油オンリーだけど。

    18になって夜勤ができるようになって、スーパーに卸す食品工場で働いた。
    この時期は、関西ってのもあって恵方巻作りのシフトは夜通し働いた。
    節分なんてあんまりやらない家だったから、初めてまじまじと見たけど「ただの太巻きやんけ…」と思った。
    世の中の家族はこんな良いもん食ってんだな~なんて思って羨ましかった。

    でもその恵方巻は沢山廃棄されてた。それだけじゃなくてお惣菜とかも。
    工場で破棄する分もあって返ってきてたから、あまりの量にびっくりした。
    店舗廃棄も含めるともっと多いんだろうね。
    言うほど売れないもんだし、どこでも売ってるからな…。

    その時なんの意識もしてなかったけど涙が出てきた。
    なんでこんなに僕は腹空かして我慢してるのに、頑張って作ったのに、食べれるのに捨てちゃうんだろ。って。
    でも誰も顔色一つ変えずにポイポイ捨ててた。
    工場やスーパーからしたら、見切り品で食中毒なんてシャレにならんし、捨てるのが一番らしい。

    その日僕は人生で初めてゴミを漁った。ゴミ袋を回収に来る前に、廃棄された惣菜をこっそり持って帰った。
    とても悔しかった。なんでこんなことしなきゃいけないんだろうって事ばかり考えてた。
    それでもゴミの中から漁った久々の米はおいしかった。
    寒い時期で常温でも冷蔵庫みたいなもんだから、お腹一杯食べれた。

    241 :鬼女日記 2004/02/28(土) 18:10:00 ID:hyduMO8m
    私は小さい頃8歳年下の妹を苛めていた。
    殴る蹴るの暴行をしたり、妹に辛い仕打ちをしていた。いつも頼ってくる妹が大嫌いだった。

    ある日喉が乾いたので小1の妹に「おい、何か飲み物買ってこいや!」と命令した。
    妹は出かけたが待ってもなかなか帰ってこない。
    どうせどこかで道草食ってんだろう、買ってきたらしばきまわしてやる!と思っていた。

    とうとう夜になるまで帰ってこず、やっと7時に帰ってきた
    ドアを開けるとびしょぬれで両膝にすりむいた跡のある妹が立っていた。どうしたか聞くと
    「おかね、、おとした、おかね、、、おとした、、こけて、、お金おとした、、、探したけど、、
    みつからんかってん、、ごめんなさい、、ごめんなさい、、、」
    ひっくひっくとびしょぬれの体で泣く妹がそこにはいた。
    外は夕方から酷い嵐でその大雨と台風の中、妹はずっとこけてドブに落とした100円玉を探していたという。
    「なんで、お金なんかどうでもええやん、なんでこんな時間まで・・」
    と言うと「おこられる、、お金、おかねおとしたらおこられる・・ごめんなさい、、ごめんなさい」
    とぶるぶると震えていた。
    私は今までどれだけ妹に酷いことをしてきたか気づいた。
    妹にとって私はそれだけ怖い存在だったんだと気づいて自分で自分が嫌になった。

    ぎゅーっと抱きしめたら冷たかった。それから二度と妹に対して手を挙げることはなくなった。

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