泣いた…。

    311 :鬼女日記 2016/01/13(水) 13:08:23 ID:J0m
    はるか昔、私が幼稚園児だった頃、母に「バス乗って街に行こう」と言われた。
    私の住んでいる所は何もない海辺の町で、街に行けるのは滅多にないことだった。
    バスの中でお菓子と「この言葉を覚えれ」と紙を渡された。
    バスには近所のおじいちゃん達とおばちゃん達も乗っていた。

    着いたのは料亭みたいな場所。部屋に通されると、知らない人達がいた。
    スーツ姿の男性や、きれいな服を着た女性。その向かいに病気っぽい(と当時は見えた)女性がいた。
    病気っぽい女性の側に座り、私はバスの中で覚えた台詞を言った。
    そのうち漁に出てたおじさん達もやって来て、部屋の人数はどんどん増えていった。
    スーツの男の人たちは最初偉そうだったのに、最後はうつむいていた。
    病気っぽい女性が泣きはじめ、おばちゃん達がなぐさめていた。
    女性は私達と一緒にバスに乗って帰った。

    550 :鬼女日記 2017/01/24(火) 01:40:25 0.net
    25歳の頃、繁華顔を普通に歩いていて転んだ
    「アイタタ」と思って目を開けたら病院のベッドで寝ていた
    気づいたら身体が動かないし声も出ない
    私はパニクってしまったが、どこかで「転んで気絶して病院」と思ってはいた
    看護師がきて「あ!」と一言だけ言って部屋を駆け足で去っていった
    5分もしないうちに医者や他の看護師も3人ほど駆けつけてきた
    医者の話だと私は2年意識がなく遷延性意識障害と診断され
    この病院に移されたそうです。そこは私が住むところから車で5時間かかるところでした

    私は転んで後頭部を打ち気絶
    脳内出血で手術をしたが意識戻らず
    3ヶ月目で遷延性意識障害と診断され親戚(両親は鬼籍)に延命処置か安楽タヒか選択したら
    みんなが諦めて安楽タヒを選択したら妹だけが猛反対し延命処置になった
    これを聞いた時が自分の中の修羅場だった

    そして2年間妹が婚約者との縁談を断り私の介護をし続けていた
    妹は会社を辞めこの病院の食堂と清掃婦として働いていた
    慰謝からはなしを聞いて妹が駆けつけてきて手を握って「よかった!よかった!」と
    何度も囁いていた
    それからリハビリ受けて半年で退院
    生活に多少師匠はあるが一人で生活できるレベルにはなっていた
    私は妹の元婚約者のところに謝罪しに行った
    元婚約者は「元気になって良かったです」と言うと
    そのあと信じられない事を言った
    「もう一度妹さんにプロポーズします。妹さんを僕に下さい」と
    婚約者はずっと妹を待っていた。影でも妹にわからないように助けていた

    私は即答で「もちろんだ!妹をよろしくお願いします」と返した
    気づいたら号泣していた

    そして先月妹が式を挙げた
    妹は世界一綺麗な花嫁になった

    720 :鬼女日記 2013/08/04(日) 10:05:34 ID:DHGQCzDV
    近所に長い間病気で寝たきりだったおじいさんがいたんだけど4年前に亡くなった。
    当初つきっきりで看病をしていたおばあさんはショックで寝込んだり入院したりで、いつ後を追ってもおかしくない
    位に気落ちしていたんだけど、半年経った位から次第に明るくなり白髪だらけでボサボサだった頭も綺麗に染め
    てパーマをかけ、すっぴんだった顔もバッチリ化粧をし、地味な色合いだった服装もこじゃれた華やかな色合い
    になってすっかり別人のようになり「彼氏でもできたんじゃないか」と近所で噂になっていた。
    ある日、私と母が犬の散歩をしていると道端でおばあさんに会い「お茶でも飲んでって」と家に呼ばれた。
    その時に母が「最近明るくなったよね」と言うとおばあさんは「そうなの!これ見て!」と旦那さんの遺影が飾られ
    ている仏壇から手紙を取り出して見せてくれた。
    それは遺品整理の時に見つけたと言う旦那さんからの最後の手紙との事で非常に丁寧で柔らかい筆跡で
    「僕はあなたより先に行きます。あなたには本当に迷惑をかけた。僕はあなたの明るく溌剌とした笑顔に惹かれ
    結婚を申し込みました。どうか僕がタヒんだらあの時のようにいつも明るく元気でいて下さい。存分にお洒落をして
    沢山遊んで笑って下さい。僕はあの世からあなたの笑顔を見ています」←だいたいこんな内容

    885 :鬼女日記 2016/12/21(水) 11:54:50 0.net
    涙が止まらない。聞いて下さい。
    たった今、幼馴染から絶縁宣言メールが届きました。
    幼馴染は私の1才上で父の会社の従業員さんの子供で、小さい時からいつも一緒でした。
    私は年の離れた兄しかいなかったので、この幼馴染を実の姉の様に慕っていました。
    でも、幼馴染は私のことずっと嫌いだったのかな。
    日曜日にお互い子連れで会いました。
    幼馴染はケアマネとして働いていてなんの特技もない私は専業主婦でもいっぱいいっぱいなのですごく尊敬してました。
    だから、会った時に幼馴染ちゃんはすごいよ!私は無能だからなんもできん。専業で子供2人もいるし生活も余裕ないし。幼馴染ちゃんが羨ましい!と言ってしまいました。
    その発言がきっかけとなり私とはもう付き合いたくないそうです。そんなにダメな発言でしたか。
    あと、幼馴染の娘ちゃんとうちの娘でお揃いのワンピもプレゼントしました。喜んでくれていたのに、それも嫌だったそうです。いつもお世話になっているからお礼がしたかっただけなのに。

    134 :名無しさん@おーぷん
    先週母親が他界した。
    タヒぬ前日に電話したばかりで、訃報を何かのギャグだと思ったけど本当だった。
    60代でピンピンしてて、朝スポーツジム行って、昼ごはん食べた後「頭が痛いから寝る」
    と父に言って、そのまま布団でタヒんだ。
    新幹線で実家に戻ってお葬式も出たけど、ちょっと泣いたりもしたけど、でも何だかピンと来なかった。
    本当に母はタヒんだんだろうか、と遺体を見ても訳がわからなかった。

    実家から帰り、また元の生活に戻った。
    冷蔵庫が空っぽで、歩いてスーパーに行った。
    スーパーの近くにある児童館で子供向けの夏祭りがやってて「お化けやしき」のポスターがあった。

    そういや幼児の頃、こんなお化けやしきに入ったよなと思い出した。
    私が入りたいと母にねだり、入ったらお化け役のメイクが本当に怖くて泣いた。
    母は「大丈夫よ、怖くないわよ、お母ちゃんが一緒にいるんだから」と笑って私の手を引いてた。
    カサカサした温かい大きな手だった。

    でももう私のお母ちゃんはいないんだと思ったら、生きるのがとても怖くなって悲しくなって、
    児童館の陰でしばらく泣いた。

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