鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

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    両親


    133 :鬼女日記 2017/11/04(土) 23:18:45 ID:rFaWcjxJ.net
    私の実の両親は、運命的な出会いから大恋愛の末、
    数多の困難を乗り越えて結ばれたといいます。

    資産家の一人娘であった母と対照的に、父の家庭環境は恵まれたものではありませんでした。
    そのような2人の結婚に周囲は猛反対しましたが、
    勤勉誠実な父の人柄と、母の愛ゆえの覚悟が理解されると、親族知人の全てが2人を祝福したといいます。

    その後、私が産まれました。大変な難産だったといいます。
    私の誕生は、両親にとって生涯で最も幸せな瞬間だったといいます。

    そんな幸せの絶頂は、皮肉にも、父の人生最大の哀しみに繫がります。

    母は私を産んだ翌日、父を残して天に召されました。
    その時の父は、悲壮のあまり、母の後を追うことさえ頭を過ぎったといいます。
    しかし、そうはしませんでした。

    哀しみの最中、母の残してくれた、大いなる遺産を相続したことに気付いたのです。このことは、私が成人した日、母の墓前で父が申し訳なさそうに告白してくれました。

    資産家の令嬢でもあった母の遺産には、莫大な金額に相当する不動産や金融資産がありました。
    しかし、それらは全て、母の遺産の付属品にすぎないのだと、父は語りました。

    母の全ては父に受け継がれました。
    父の全ては母であり、それは母の残した私という遺産なのだといいます。

    ー省略ー

    いま、私の手の中にある銀のナイフは、亡き母の輝きです。
    そしてそれは、闇に捕らわれかけた父の魂を照らし救う、唯一なる祝福の光です。


    124 :鬼女日記 2016/03/30(水) 18:02:28 ID:kA4
    昔から2歳上の姉が大嫌いだった。
    私や弟は両親によく似てたけど、姉は全く似てない。
    鼻がペチャっと丸くて耳が変で猫背で、いつもちょこまか動いたり変な事喋ったりして
    落ち着きもなくて勉強もさっぱりで、弟や妹の面倒も見ないし、まるで好きになれなかった。
    両親とも姉を疎んじてたし、私もそれに乗っかって疎んでた。

    大人になってから、両親が出来婚で、それを許さなかった両家祖父母が両親を責め立て、精神をやられた母が
    姉を産むまで、産んだ後もしばらく酒浸りだったことを母の口から聞いた。

    自分が妊娠してから色んな育児の本を読んで、胎児性アルコール障害のことを知った。

    色々後悔してるけど、もう何も出来ない。
    姉は若いうちに他界してる。母ももう軽い痴呆が始まってる。

    お酒は怖いんだよね。妊娠前の飲酒歴だって胎児に無縁ではないんだよ。
    父親の飲酒歴だって胎児に無縁ではないんだよ。
    飲み会やろう、飲み会あるから来いよ、って気軽に言う人達は一応知ってほしい。

    昔の自分をタコ殴りにしたい。
    姉に謝りたい。でもタイムマシンはない。


    411 :鬼女日記 2018/03/23(金) 17:13:56 ID:EMe
    父がスレタイ。
    私が幼い頃に両親は離婚した。
    それからずっと母に育てられて、父とはたまにご飯食べに行くくらいの仲だった。

    この間、父と2人で飲みに行ったら父が酔っ払って過去の話をし始めた。
    離婚理由はなんとなく父の不倫だろうなって思ってたけど、
    ハッキリ聞いたことはなくて今回初めて聞くことになった。

    当時、私がまだ1歳くらいの頃父はある小さな会社で営業マンとして働いてた。
    景気も良くて頻繁にスナックだのキャバク●だのって飲み歩いてたらしい。
    ある時会社の社長と2人で飲んでいると、賭けをしようってなった。
    それが「どっちが先にスナックの女を1人落として持ち帰れるか」って内容だった。
    そうなると、なんとなく妻子が邪魔に感じたらしく
    勝負の日は社長と父の妻子で泊まりの旅行に行かせることした。

    結果、どっちが勝ったかは忘れたけど無事お持ち帰りして、
    ズルズル不倫。不倫相手が妊娠して離婚。
    これが父から聞いた話だった。
    私の顔が相当引きつってたのに気付いたのか、
    「昔は営業マンは女を落とせなきゃ笑われたんだよ、良くある話。
    それに、母さんは子ども達にばっか構って一緒に寝てくれないし…」
    とか言い訳し始めて本当に無理になった。
    ていうか娘にそんな話して笑い話にでもなると思ったんだろうか。
    血縁者であることが恥ずかしい。


    688 :鬼女日記 2017/02/26(日) 14:54:30 ID:???
    小学校の卒業控えて幼稚園時代のママ友たちとランチしてきたんだけど衝撃だった

    何年か前に学校の先生からのいじめ?(←まずここが意味わからん)で登校拒否になった子がいたらしいんだけど
    その子のママの価値観がびっくり
    学校行かなくなってから日曜日になると子供が憂鬱になるからって理由でキャンプとか車中泊とかで遊びに連れ出してたんだって
    月曜に学校に行けない場所にいると落ち着くだろうからとか
    しかも子供がなんか言い出す前に「お母さん山に行きたい!温泉」「夕飯バーベキューの気分になった」とか両親で率先して連れて行っちゃうらしい

    旦那と二人山が山がってハイジの小芝居がうまくなったよーってセリフに他のママ友は笑ってたけど
    学校に行けないのを許すのはともかく、わざわざ月曜に絡むように遊びに連れて行ったり親がそそのかして休ませるってありなのか…

    その子、その後全く登校出来ないで中学は登校拒否の子向けの学校に進学するらしい
    タヒんでも学校に行けとは思わないけど親が促してあげなかったら復帰出来ないのも仕方ないだろうし、
    行かなくて遊んでいいんだって思うよね
    特殊な学校行くと進路も大変だろうに、なんだかすごくモヤモヤしてしまった


    902 :鬼女日記 2015/07/07(火) 17:34:21 ID:Ac6
    私は父子家庭で育った。私が幼少期から聞かされた母の情報は、不倫・パチンカス・理不尽なヒステリー・育児放棄という最低な人間だった。
    私が1歳のときに離婚し、2歳のときに飲酒運転でしんだらしい。私は高校三年生になるまでまるまるそれを信じて疑わなかった。むしろ父の「母ちゃんのようになるなよ。俺がお前を幸せにしてやる」と言われて父に絶大な信頼を寄せてた。
    それが私が高校三年生になったときの担任が、他所から赴任してきた女性の先生で、なんと母の友人だった。
    私の苗字と名前、父の名前ですぐにわかったんだって。父はクレーマーのように担任交代を学校側に要求し、学校側は困惑。父のあまりのマジキチっぷりに友人に避けられる始末。
    そしてクラスメイトから嫌がらせが始まり、私は病みに病んで登校拒否になった。
    父の担任交代要求は通らず、1年間担任が変えられる事は無かった。そりゃあ特に理由も無く騒いでただけだったし。
    担任は私が登校拒否をしているあいだ、何度も私宅に訪れては親身に話を聞いてくれ、クラスメイトにも私自身は悪くないと訴えてくれた。
    そのおかげで登校拒否→保健室登校を経てクラスに復帰。出席日数ギリギリで卒業出来た。



    612: 名無しさん@HOME 2013/10/27(日) 18:15:45.51 0
    ◆現在の状況
    義実家本家から絶縁・借金の返済を要求されている 
    ◆最終的にどうしたいか、どうなりたいか
    何とか許してほしい 

    ◆相談者の家族構成・年齢・職業、必要なら収入・借金額も
    夫・30歳年収280万営業職、
    私・30歳年収100万パート、
    年長と年少の娘二人、借金は後述 



    191 :鬼女日記 2014/11/22(土) 20:11:06 ID:NZlX0YMh.net
    父親が事故にあったと連絡受けて病院に行った時からが修羅場
    結果父親は解雇され、父親の有責で両親離婚。
    父方の祖父母には散々嫌味言われたが、俺と妹は母親実家に引っ越した
    解決するまで2年ほどかかって、俺まで部分ハゲができた


    57 :鬼女日記 2014/12/24(水) 10:33:48 ID:PVy
    私の父だった人はキングオブ屑だと思う。
    私の父方祖母は要介護で、母が隅から隅まできっちり介護してた。
    私や弟の前では言わないが、祖母は母にちくちく文句ばかり言って相当困らせていたと思う。
    父は母に介護を丸投げで、その日に祖母が何を食べたかすら知らない。
    私は当時小学生ながら、父は仕事が忙しく帰りが遅いから仕方がないのかなと思ってたし弟もそう思ってた。
    私や弟が母を手伝おうとすると祖母が子供にやらせるんじゃない!と怒鳴ってた。
    母は痩せ、笑わなくなり、私や弟が学校で何か賞を取っても笑顔を見せなくなった。
    私が中学生になったころに祖母はタヒんだ。
    介護の手間がなくなりほっとした頃に、父が記入済みの離婚届を渡してきた。私や弟がいる前で。
    まさに青天の霹靂で母は呆然。なんで?どうして?を繰り返してたのを覚えている。
    飯もまともに作らないし掃除も介護前よりレベルが下がったし、何よりもレス。
    俺が求めてもお前は疲れたと言って拒否。だから離婚したいんだと。

    138: おさかなくわえた名無しさん 2016/06/27(月) 21:12:42.69 ID:FuX17Xo8
    妻が我儘で困っています 
    共働きの結婚3年目の子供なし夫婦です 
    妻の地元は九州、私の地元は関西で現在は関東在住で出会いも関東です 
    夏に私の両親がこちらに毎年泊まりに来るので
    今年も去年同様夫婦で
    両親をこちらの観光名所や旅館等連れていく予定でした 

    「両親が今年も8月○日から1ヵ月間来るらしい」
    と伝えるとその次の日に
    「ご両親が来る前日のチケットを取ったから
    有給やお盆休み、九州での出張もあるし
    1ヵ月実家に帰るから家を空ける」
    と言われました 
    相談も無しだったので
    「勝手な事をするな、なぜ相談しない?」と言うと
    「相談したら何か変わった?」と返されました



    52 :鬼女日記 2017/10/12(木) 02:33:18 ID:TUf
    なんか盛り上がってるけど…書く。

    父親は、俺が小さい頃から何が理由でキレて暴力振るうか分からない人で、毎日のように殴られて育った。
    殴る理由は「勉強して良い子ちゃん振ってるのが気に入らない」とかの言いがかりだったり、
    「会社に入ってきた若手社員が気に入らない」とか俺が気をつけようがないものがほとんど。
    母親も同じように父親にキレられて殴られることが多かったが、母親も母親でよくキレる人だったので、
    その後は大抵、「あんたがしっかりしないから私が殴られるんだ」と母親から殴られた。
    ほかに7歳上の姉もいるが、姉は父親にキレられることすらまず滅多になく、
    あれが欲しいこれがしたいと言えば父親はホイホイ言うことを聞いていて、自分に対する扱いとは真逆だった。
    当然父親は小さい頃から大嫌いだったが、小3くらいの時に母親に「何で毎日父親に殴られなきゃいけないのか、離婚して父親から離れて欲しい」と言ったところ、
    「姉しか居なければとっくに離婚してる、あんたがいるから離婚できない」と言われ、それから母親も大嫌いになった(離婚して子供を二人も養えない、という意味だと今では思うが)。
    ついでに姉も、しょっちゅう俺が父親や母親に殴られて抵抗しなかったのを見ていたからか、俺を見下してストレス解消のサンドバッグにするようになっていたので大嫌いだった。

    中2くらいには物理的な暴力はなくなったが、「働きもしないお前を養うのに年間いくらかかってるのか知っているのか」とか
    「誰の金で飯食ってると思ってるんだ」とか、以前からあった言葉の暴力が一層ひどくなった。
    両親は姉を私立中→私立高→私立大とエスカレーターで進学させて、海外留学までさせた。
    自分は公立中→公立高で、姉と比較すれば金がかかってないのに、
    それでも「お前なんかに何でこんなに金を使わなきゃいけないのかと思うと泣けてくる」など散々嫌味を言われた。
    その後、奨学金借りて他県の国立大に進学して家を出て、そのまま他県で就職。
    それから5年間実家にはほぼ帰っていなかったが、2年前に両親が揃って倒れ、
    当時海外で仕事をしていた姉から「私は仕事を辞めたくないからお前が辞めて親の面倒を見ろ」と言われ、
    さすがに親戚とかに親の面倒を見てもらう訳にもいかず、仕方なく転職して実家に戻った。

    両親はそれぞれ一回倒れて毒気が抜けたんだか知らないが、昔の性格が嘘だったかのように今は穏やかな性格で、
    近隣住民に通報されるレベルの夫婦喧嘩をしょっちゅうしていたとは思えないくらいの仲良しな夫婦になり、二人で旅行に行くこともある。
    俺に対しての態度も両親共に信じられないくらい優しくなり、例えば昔は風邪ひいても「男が風邪ひくなんて情けない、
    勝手に自力で治せ」だったのが今では「仕事が大変なのか」などと心配される。
    そんな両親を見ていると、「穏やかになってくれてよかった」ではなく、
    「これだけ穏やかになれるんだったら何で昔からそうでいてくれなかったのか」という気持ちしか湧いてこない。
    置かれた環境の割には頑張ってきた方だと思うが、家が穏やかであれば無駄な苦労もなく、
    もしかしたらもっと良い大学に行けてたんじゃないか、違う未来があったんじゃないか、
    そもそも毎日暴力に怯えて精神的にやられていた過去の自分は何だったのか、という考えが止まらない。
    両親には悪人でいて欲しかった。
    親にも姉にも誰にも何も言わずにふっと遠くに消えたい、という気持ちがずっと消えない。

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