修羅場

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    794: 弁当 ◆ivgW6oVAmY 2008/04/02(水) 08:58:03
    一応の決着着きました。 
    嫁携帯に誤爆カキコしました。 
    マルチもあれなので、勘弁してください。 
    後は、嫁と離婚して、国外脱出を企んでます。 
    行き先は、友人のいる、遥か南に成りそうです。

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    448: 弁当 ◆/zT6mjKK3k 2008/02/07(木) 21:51:46
    少し進展があったので報告したい。 
    弁護士から報告があった。間男も弁護士を立てて来たそうだ。 
    弁護士同士の話合いを電話でしたんだと。 
    そしたら間男からの話と余りも違うため、事実確認し再度話し合いをするそうだ。 
    間男の弁護士は爺さん弁護士で、俺の弁士の先生筋だそうだ。 
    その爺さん弁士恐喝の件聴いてなかったそうだ。場合に寄っては降りるかもとのこと。 
    そりゃそうだ負けると解りきった裁判で迂闊に弁護士引き受けたらたまらんだろう。 
    DQN間男は、何処まで行ってもDQNなのか。 

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    60: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/01/28(月) 12:13:51
    やっと一段落ついた。 
    気団の諸兄に感謝、一言お礼を言いたい。有難う。 
    このスレのお陰で優位に事を進められたよ。 
    知恵と勇気を有難う。 
    間男は地獄に落とす事にした。殴って遣りたいが痛みは一時だ。それより真綿で首を絞めた方が恐ろしかろう。 
    汚嫁は実家に謹慎中、再構築は今のところ考えてない。後は親権取って、早く子供と新居で暮らしたい。 

    706 :鬼女日記 2014/01/31(金) 13:51:14 ID:QGHd5KJF.net
    流れを読まずに書き捨て。

    数年前に、子連れママに家盗られかけました。
    留守の間に居座られたとかじゃなく、いわゆる家と土地の権利書を盗んで転売されました。

    手口としては、近くの公園で遊んでいる子供(幼稚園児)と自分の子供を遊ばせ、
    子供同士が仲良くなり、自然に知り合いになって、ごく自然に家に上がるようになり、
    そのうちに盗みを働くというもの。
    その間約三カ月。
    それまでは、基本的に不自然なことはなく、話し中にお手洗いに立つようなことも
    なかったので(一度くらいはあったかもしれません)何時の間に…という疑問はあります。
    警察によると、たぶん合鍵等を盗られて複製されてたんだろうということでした。


    2カ月の間毎日のように公園に遊びに来てた泥ママが、ある時から公園に来なくなり、
    何かあったのかもしれないから様子を見に行きましょうと、みんなでその人がどこの
    だれかというのを確認し合ったところ、誰も直接行ったことはないけど、聞いた話が
    皆バラバラだった。
    私は2丁目のどこそこの人と聞いてたけど、Aさんは4丁目の人と教えられ、Bさんは
    1丁目の○○さんの親戚で、わけあってしばらく居候してるとか、そんな感じ。
    何かおかしいとなりましたが、わからないのでそのまま放置せざるを得ませんでした。

    37 :鬼女日記 2012/08/08(水) 10:25:32 0
    両親がダブル不倫していた。
    ある日、大学の講義も終わって家に帰ると母と知らない男の人。
    しかも衣服がはだけている…この時点で自分は母に対して信用度がゼロに。
    しかも「待って、これには事情が…」とわけわかめ。
    物凄い衝撃的シーンだった。
    でも何故かその時父に言ってしまおうとかは思わなかったんだよね。
    そんで、母とギクシャクしたまま半年経過。
    友人と少し遠くへ遊びに行ったとき、父が知らないオバサンと腕を組んでイチャイチャしていた。
    そして人目もはばからずキス。
    もう頭が真っ白。友人は気を利かせてくれてそのまま友人宅へ車で直行。
    決定的だったのは父の不倫相手が家に乗り込んできたとき。
    「○○さん!いつ離婚するの!?」と怒鳴り込んできた。
    父はアタフタ。母唖然。父の不倫相手は何故かドヤ顔。私はもう呆れる。
    母が急にキレて父に暴言。だけど父も母の浮気に気付いてたらしく
    「お前もだろうが!」とブチギレ。
    母が父の不倫相手に飛びつきそれを止める父。私はもう呆れて二階へ退散。
    あの時は「勝手にしてください」って感じだった。
    その後両親が離婚することになり、父の不倫相手にも母にも子供が出来ていてどうしようもなく本当に呆れた。

    893 :鬼女日記 2014/12/14(日) 08:52:22 ID:???
    まだストーカーって言葉が無かった頃のお話です。

    小学生の頃、近所に引っ越してきた家族がいて、そこに10歳上の男性(以下A)がいた。
    今思えばAは無職のパラサイト。
    小太りで無害そうだったためか、たまに近所の子供達の遊び相手になってた。
    そのA、私が中学生になるとストーキングをするようになった。
    登下校時についてくる(下校時は門の近くの文房具屋で待ち伏せ)、家のそばをウロウロする、
    土日に出かけると追いかけてくる(もちろん撒く)、手紙や飴玉を渡してくる
    飴玉は捨てて、手紙は最初だけ読んで2回め以降は読まずに捨てた。
    手紙の内容は支離滅裂で意味不明、長文で告白ですらなかった気がする。宇宙とか過去と未来とかなんとか。
    告白だったのかも知れないが、それはそれでアウトだった。
    うちの両親がAの両親にクレームをするも、Aの両親は「まあ子供のすることですから」と話にならない。
    20代なかばは子供じゃないだろっと両親は呆れたが、A両親はどうも「嫁を貰えばAはしっかりする」
    と考えていたらしい。
    ある時庭にAが侵入してて母が警察を呼んだ。
    しかしAは「投げたボールが庭に入って取りに来た」と言い訳をし、警察もなあなあで済ませた。
    うちは祖父の代から住んでる土地で引っ越すのも納得がいかないし、私も転校は嫌だったから、
    自衛するしかなかった。
    洗濯物を干す時も庭は避け、家や学校の出入りも裏口や裏門を駆使し、
    暗くなってからは一人で出歩かないようにしたりした。
    それでも危険を感じた私は、自宅よりも学校にほど近い叔母(独身一人暮らし)宅に住まわせて貰って
    学校に通うようになった。
    叔母宅は新興住宅地で新しい家だし、自宅に比べて周りに住んでる人の目も多いので多少安心だった。
    そうして不安な日々を過ごしているある日、Aがタヒんだ。
    なんと私が叔母宅にいることを知り、叔母宅の裏の山から侵入を試みて滑落タヒしたらしい。
    新興住宅地は山を切り開いて造成されていて、裏の山の半分をほとんど垂直に削って崖状になっていた。
    Aは何を考えたのか、深夜その崖を降りて私のいる叔母宅に侵入しようとしたらしい。
    人に見られる可能性があるとはいえ、叔母宅は要塞でもなんでもなく、侵入自体は正面からでもなんなく出来る。
    防犯カメラとかいった気の利いたアイテムも無い時代、おそらく人目を避けるためだけに20mはありそうな
    崖を落ちていったAの存在が衝撃だった。

    968 :鬼女日記 2015/04/30(木) 22:58:23 ID:Ard
    色々とつもり重なった結果、マジキチ引きこもりニート化したという修羅場。

    (祖父母=私から見て祖父母の立場。母が成人のときに離婚するも祖父母間で交流あり)

    毒祖母から逃げるために母デキ婚。
    うまくいかず父が浮気して離婚、親権は母(子供嫌い)に。
    私を連れて毒祖母の居る実家に帰る。

    家に住まわせる代金として、夜は毒祖母のスナックで無給で働き、昼は事務員、給料は全額祖母に搾取される生活。

    そんな生活に疲れた母、乳児の私を毒祖母実家に置いて、行き先を告げずにスナックで知り合った無職の恋人の実家(数県離れた地)へ家出。

    祖母、興信所を使って母の居場所を割り出し、私を母のいる無職恋人実家に置いて帰る。
    数ヶ月暮らし、母が無職恋人に嫌気がさしたので、無職恋人実家から離脱。
    (祖母は私と母が気になってたまに様子見に行ってた)

    実家に戻るも、またも上記と同じ搾取生活に疲れ、私が小学生に上がる頃に新しい男と結婚。
    反対されたので今度は私も連れて駆け落ち状態で家出。

    その男が×1子持ち酒乱DV男。
    DV男息子も憂さ晴らしに私に暴力、DV男のママも私を遊びと称してつねったり、私だけシカトしたりなどイビル。

    DV男からは低学年の頃は暴力、体が育つと暴力に合わせて軽度の性的虐待 (体を触られたり、向かい合って膝に座らされてディープキスされたり。正直暴力よりも、こっちの方が精神にきた)

    数年間そうやって暮らしていたが、口論が激化してDV父が私の前で母を杀殳そうとして、母が入院&警察沙汰になり祖母実家に離脱、離婚。

    流石に男に懲りた母はその情熱を仕事に向けた結果、営業職で大成功。
    高収入になり、祖母に高額の生活費を渡す事で母は容認される。

    母を諦めた毒祖母の執着(祖母の離婚+母がキチガイ化した根本原因)が私に向く。

    ちょうど中学生になり、自我が出始めた頃に祖母と母から人格否定や、私物を捨てられる、言うこと聞かない(朝ちゃんと起きないなど)と蹴られたりする生活。

    (中学生~高校生まで続きメンタルの病みが悪化したので修羅場、何度か真剣に精神科にかかりたいとお願いするも「甘えるな」と断られた)

    結果、高校卒業後はマジキチ半引きこもりニート化。体重115キロの巨漢に。

    深夜に奇声をあげたり、暗いところにお化けが見えたり、幻覚の人間と会話したりして過ごす。

    きちんと人並みに過ごしたい、ツラい、なぜまともに出来ない、まともにな

    641 :鬼女日記 2014/02/18(火) 20:06:34 ID:sL+DbK3h
    正直、修羅場が多過ぎて感覚麻痺してきたから適当に並べてみる

    ・実父からの身体的虐待
    (髪が生えている所だけ拳で殴る)
    ・物心付いた時から、実母とその母(祖母)の諍いの取り成しをし続ける
    (嫁姑クラスに仲が悪い。本当の姑とは割と上手くやってた)
    ・小学校中学校といじめに遭う
    (暴力も振るわれたが、実父のより余程マシだから喜んで学校行ってた)
    ・実母に「あの人と別れてください」と土下座するも、「私にも実家が無いから」と断られる
    (この頃はまだ、実母はマトモだと信じてた。自分の馬鹿さ加減に笑うしかない)
    ・10歳未満の頃から、通う大学まで決められてた
    (受験前から卒業式に着る袴まで買ってあった。受かったからいいけど)
    ・大学一年の時、実父が「もう人の下で使われるのは嫌だ」とニートを志す
    (そしてネトゲ三昧。授業料は免除で乗り切った)
    ・実母の「絶対全額(自分たちが)返すから」という言葉を信じて、毎月の奨学金を渡してしまう
    (計240万。自分が必要な物は、バイト代で賄ってた)
    ・就職し、奨学金の返済書類を持って行ったら、実母「は?アンタが返すんじゃなかったん?」
    (ついでに「私(実母)が一度でも殴られてたら、即離婚してた」発言というオマケ付き)
    ・友人宅で一晩泣き明かし、帰宅(既に別居してた)。出勤中に事故る。
    (台風の日に徹夜して、フルスロットルで走ってからある意味当然)
    ・事の顛末を聞いた実父が、奨学金の返済を引き受けてくれる
    (よく考えれば当然。ここで「再構築できるかも」と思ってしまったのは、我が人生最大の汚点)
    ・手術の日の夜、枕元で保険金の話をされる。
    実母「しっ、聞こえたらどうするの!」
    実父「どうせ、麻酔で朦朧としてるしわからんだろ」
    ・他県に移住し、自分なりの幸せを築き始めた矢先、遺伝病と診断される。
    (常染色体劣性遺伝だから、両親は健康体。しかも特定疾患)

    なんで生まれてきたんだろうな自分・・・。
    「親の存在なんて忘れよう」と思ってきたのに、こんな形で思い知らされるとかねーわ・・・。

    500 :名無しさん@おーぷん 2013/10/24(木) 16:29:21 ID:7Nz22EXx
    数年前の修羅場。多少のフェイクあり。

    当時私の家族は母、兄、私、弟の実家暮らし。
    兄弟三人は既に就職しており、母もパートで日中は家に誰もいない状態。

    ある日兄が一人の女性を婚約者だと言って連れてきました。
    兄より5歳年上のAと名乗る女性は、なぜかその日からうちに住み始めました。
    母はおおらかな性格で父も既に他界。
    私も弟も疑問に思いましたが、兄がいずれ結婚する人だからとモヤモヤながらに納得させAとの同居生活は続きました。

    同居開始早々はAも早起きをして朝食を作ったり弁当を作ったり、兄と一緒に仕事に行ったりしていました。
    ですが同居2カ月もたたない頃に、妊娠したからと仕事を辞め家に入り浸るようになりました。

    一日中家でゴロゴロと漫画を読んだりゲームをしたり。
    家事は一切せずに食事の準備ができた後に2階の兄の部屋から出てくる始末。
    12月の光熱費が2万円を超えた時に、さすがの母もAに注意をしました。
    Aは「つわりがひどくて動けない」「(兄)さんが働かなくてもいいと言った」と言って、結局うやむやのままになりましたが。

    私は結婚後も実家で暮らす予定だと兄より聞いていたため、妊娠が発覚した1カ月後に一人暮らしを始めました。
    妊娠5カ月たっても籍を入れようとせず、私も仕事の忙しさでAのことなど忘れかけてた時にAからメールがきました。

    久々に会ったAと一緒に近場のレストランで食事に行き、私たち家族にお礼がしたいからと趣味や特技、誕生日等を聞かれました。

    99 :名無しさん@おーぷん
    フェイクあり

    うちは小規模な同族経営の会社(一応)だったんだけど、子供の頃に叔父(母の弟)に性的なイタズラをされた
    叔父はほっそりとしたイケメンで、身内でもあったこともあってあまり嫌な気はせず
    中学に入ってから体の関係になってしまった
    でも、会社と自宅が同じ建物で、いろんな話が漏れ聞こえてきて、叔父が社員や顧客の女性にも手を出してる屑だとわかった
    まあそっち手を出してなくても、中学生の姪に手を出した時点で屑なんだけれども
    そんときは分からなかった
    でも中学生らしく、他の女性に手を出したのが分かった時点で叔父が薄汚く見えてきた
    そう思うと我慢出来なくて、叔父を拒絶するように
    そしたら叔父の方が私に本気になってしまい、執拗に粘着してくるようになった
    手紙も何通も来て、僕(叔父は一人称が僕だった)から離れるなら、全部ばらしてやるって脅迫までしてくるように
    どうしよう、叔父とのことがお父さんやお母さんにばれたら大変なことになる…叔父が
    お父さんは会社になる前の仕事内容に肉体労働が多かったせいで、今でも筋骨隆々のマッチョ
    当時はもう機械が代わりにやってくれてて、お母さんの頼みで叔父を雇っていた
    叔父は資格持ちで事務仕事も器用にこなしてて、少々女癖が悪くても多目に見られていた
    といってもお父さんのことは怖いらしく、バレる前にうまく清算してた
    だから関係をもってた時も、両親にバレないように気を使っていた
    いやそんな背景がなくても、中学生の姪に手を出してるんだからバレないようにはするのは当たり前だけれども

    458 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/10/30(日) 06:30:14.91 ID:ZfAVJRaH.net
    すれちなのか分かんないけど、自分的には夫と出会ってから現在までの二年半が修羅場なので書き捨てます。
    なんか省いても省いても長くなる。。読みづらくてすみません。

    夫 当時32
    私子 当時22

    当時の私はキャバ嬢&A●女優で、どちらもうまくいってしまってだいぶ稼いでた。最初のうちは羽振りよく使いながらも貯金が出来ていた。
    だがそのときの元彼がDVで殴るなどの他に、金を巻き上げる。最終的にはお金はほとんど私の手元には残らなくなっていた。

    一方夫は努力家で若くして起こした会社も起動にのり、かなり稼ぐ人だった。なにより人脈や経験、頭の回転が半端ない。

    夫(当時はまだ結婚していないが紛らわしいので夫と表記)と出会ったときの私は、ただの一キャバ嬢。接待なんかでうちの店を使ってくれるようになった。
    何度か食事に連れ出してくれた。


    長くなるので次へ

    472 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/05/23(金) 12:17:32.53 ID:IumXUO8Q.net
    昨年生まれた息子にちょっと日本人離れした特徴があった
    私も夫も日本人なので珍しいなと思ってたら、母の様子がおかしくなった
    私、父の子じゃなかった
    昔母が一年ほど不倫して、その時にできた子らしかった
    両親は離婚、母は出て行って音信不通
    父にはお前とは親子の縁を切る、二度と顔を見せるなといわれた
    実家の鍵も電話も携帯も変えられた
    父にとって私は裏切りの象徴でしかないらしい
    30年近く父子として過ごしてきた年月は、父にとってなんの重みもなかったのかな
    両親双方に裏切られた思いで茫然としてる

    103 :名無しさん@おーぷん
    実の妹と縁を切った時の心の修羅場。
    妹は結婚と同時にかなり遠方に行ってしまって帰省は2年に1回。
    生活はあまり楽ではないみたいで、帰省費用が大きな負担らしかったのでそれも仕方ない。

    母が事故で急タヒし、ひとりになった父がみるみる元気が無くなり
    旦那の理解もあって同居を開始した。
    マンション暮らしだったけど客間を父の為に空けてくれて。
    実家は元々が小さな建売だったし古いし田舎だし二束三文みたいなもんだったけど処分した。
    処分する前に妹に報告した時、実はちょっと引っかかる言葉があったんだ。
    「売ったお金は何に使うの?お姉ちゃんが使うわけじゃないよね」って。
    売ったお金は当然父のものだって話はしたけど、嫌な言い方するなーって思った。

    それから5年後に父が倒れて、更に2年後に亡くなったわけだけど
    その間も妹は2年に1度1時間程度顔を出すだけだった。
    もう実家が無くなってるのでそれは仕方ないとは思うけど、たまに父の様子を電話で知らせると
    お金を出せなんてこれっぽっちも思ってないし言ったこともないのに
    「金がない金がない生活苦しい生活苦しい」と言われて、暗に牽制されてるような気がして嫌だった。
    そんなふうだったにも関わらず、父がタヒんで相続の話し合いの時に
    300万ぐらいの貯金しか残って無いのに、それの半分を要求されたときは
    なんとなく予感はあったとはいえやっぱりショックだった。
    おまけに全く関係のない妹の旦那が「そんだけしかないのかーわざわざ来ることも無かったな」とか言い出して
    それを聞いた妹が「本当にこれだけなの?」って私に聞いてきた。
    「そうだけど、相続折半するなら葬式代も半分出してね」って言ったら「そんなお金ない」だと。
    「じゃあ葬式代半分差し引いて振り込んであげるわ」って言ってやったら妹の旦那が怒って帰っちゃった。
    「あの人怒らせてどうしてくれるのよ!」って言われたけど知らないよ。そっちでやってよ。
    なんかもう、旦那の前でこんな妹を見せることが情けなくて恥ずかしくて堪らなかった。



    87:1/2 2014/04/14(月)17:54:09 ID:???
    幼稚園児の頃
    家の近所には子供が少くて一人で遊ぶことが多かった。
    当時は野良猫放し飼いの犬が多かった。
    そんな頃に起きた2つの動物関連の出来事を書かせて頂きます。

    1.ある日外で遊んでいると猫が現れた。人懐こい猫だったので何処かの飼い猫だろう。
    一人で遊んでいた自分はその猫の散歩に付いて行く事にした。

    暫く歩くと猫が跳ねながら電柱へ向かった。
    粗相かな?っと思いながら近付くと何かを食べていた。
    地面には白い団子の様な物が落ちていてそれを猫は食べていた。
    次第に猫の様子がおかしくなった。

    615 :名無しさん@おーぷん
    もう10数年前になるけど、今でも鮮明に覚えてること

    義父は私と夫が結婚するずいぶん前にタヒ去していたはずなのにいきなり本人がひょっこり現れて
    「ただいま」なんて言うもんだから、義母がびっくりして卒倒した
    ショックで人間が白目剥いて失神するところ初めて見た
    支えようとして下敷きになって足首ひねって痛かった記憶w

    義父はその20年くらい前に行方不明になって、ぼろぼろになった服だけが近くの山で見つかってた
    認定タヒ亡が使えなくて、7年待ってから失踪宣告という流れだったそうだ
    いつの間にか別の土地にいってどうにかこうにかして暮らしていて、最近になってふともともと暮らしていた
    住所の近所に来てしまい、懐かしさのあまり家を訪ねてみたらまだ家族が住んでるっぽい→ただいま!という
    感じだそうで、息子大きくなったなぁ嫁(夫の母)も相変わらず綺麗だなぁとか、ぽろぽろ泣いてた
    どうやって暮らしているか言わなかったけど、小奇麗な見た目だったのでそれなりに食べていけてるんだなと思った

    義父が失踪した理由はギャンブルで作った借金で首が回らなくなってのことだったらしくて
    本人がいないし遺体も見つからないから何もできなくて、たちの悪い借金取りが何年も家に来てたそうだ
    それで夫と義母はとても苦労してたって聞かされてた
    その苦労の元凶がのこのこ現れたもんだから、最初は生きてた喜びがあったみたいだけど、そのうち反省してない
    義父を見ているうちにふつふつと怒りがわいてきて、怒鳴り合いの喧嘩みたいになってしまった
    義母は数年前に良縁があって再婚してたんだけど、それも義父は気に入らないみたいで怒ってて
    でも義母にしてみれば唐突に借金残して蒸発した夫をようやく忘れて、子供を育て上げてやっと自分の幸せを
    つかみなおしたところだったので、元凶本人から浮気だ不倫だと責められてぶちきれてた

    結局、義母夫が義父を叩き出して、以降その話題には触れないようにという空気になってしまった
    多分ちゃんと失踪宣告の取り消しとかしなきゃいけないと思うんだけど、誰も何もしないまま10数年経過
    生きてれば70歳近いけど、どこでどう暮らしているやら

    690 :名無しさん@HOME 2014/10/08(水) 14:24:06.87 0.net
    先週の土曜日がうちの子義兄子の通う小学校の運動会でそこから引っ張ってまだ義兄嫁がもめている・・・

    土曜日が台風が来るかもってんで日曜に順延の可能性があったんだけど、ふた開けてみたら薄曇り程度で土曜日に無事に開催された。
    義兄嫁は土曜午後はパートだそうで、順延を願っていたらしい(なら休めばいいのに)が、予定通りだったので午後は義兄に任せて出勤したそう。
    (うちは学年違うから会ってなかった)
    午後になって義兄が急に気分が悪くなって家に帰って寝てたらしい。

    その間の義兄子の競技の写真やビデオが一切ないからと、義兄嫁がうちに「分けて」と言いに来たがうちは学年違うし撮ってない。
    競技に出たたのは見てたし応援もしたけど、自分の子の番以外は列の後ろに行くのが暗黙の了解だし。
    そう言ったら、見てたのに撮らないなんて気が利かない、と怒られた。
    怒られたって無いもんはないから仕方ない。
    というか、同じクラスの出席番号が近い子の親に頼めばいいのにと思ったが面倒だから言ってない。

    それともう一つが、義兄が不調で寝てたせいなんだけど
    神戸の怖い事件のせいで、今年は運動会あとの解散方法が違ったのね。
    今までは登校班ごとに集まって列になって各班の集合場所まで帰ってた。
    親は登校班と一緒に歩いたり集合場所で待ったり、自宅で待ってたりいろいろだったんだけど
    今年は保護者が担任に名前言って子供を受け取って各自で下校になった。

    義兄子の保護者が来ないから、連絡先その1で義兄嫁の携帯が鳴ったそうで
    その時義兄は迎に走ってたようで行き違いで家電も誰も出ない、私の自宅も出ない、私携帯も出ないのでパニックになってた。
    うちは自分ちの子の迎えで大騒ぎの中だから携帯の着メロなんか拾えない。
    義兄嫁職場をブッチして運動会会場に来たら誰もいなかったらしい・・・

    義兄嫁が自宅に帰ったら旦那と子供がいたのでヒステリー大爆発。
    何故か私まで「悪い」と認定されて、電話に出なかったことと写真のことと込で暴れこんできた。
    パート?も首らしいし誰も必要だと思わないからタヒねばいいと思うよ。

    288 :名無しさん@おーぷん
    俺はマンションで独り暮らしをしているんだけど、3年ほど前によく変なチラシが入ったんだよね。

    そのチラシはどこかの劇団からのものだった。
    しかし「入団しませんか」とか「演劇を見に来ませんか」とか、そういう類いのチラシじゃなかった。
    そのチラシには「夫婦喧嘩のエピソードを以下の宛先に送ってください」と書かれていた。
    俺は独身だったし、仮に結婚していたとしても送ることはなかったと思う。
    一体誰が送るんだろう…と、物凄く不信感を抱いたのを覚えているわ。

    そして夫婦喧嘩の内容を送ってどうなるかも書かれていた。
    「夫婦喧嘩のエピソードをもとに我々が演じさせていただきます。
    そしてそのDVDをお送りします。そのDVDを夫婦でご覧になって笑ってください」などと。
    「無料!!」とバカでかく書かれてもいたけれど、それが余計怪しかったわ。

    そのチラシが月に1回くらいのペースで入るようになったんだよね。
    それが半年くらい続いた。
    俺以外のマンション住民のポストにも入っていたようで、
    マンションの総会の時にもそのチラシのことが話題になった。
    皆「何なんだろうね、あのチラシ」と言っていたんだけど、
    俺と同じ階のAさん(既婚男性)が「やっぱり怪しいんだ…」と絶望的な顔で言った。
    (因みに、その総会にAさんの奥さんは来ていなかった。)

    Aさんが言うには、Aさんの奥さんが「面白そうだから」という理由で申し込んでしまった…ということだった。
    Aさんがそのことを奥さんから聞かされたのは、奥さんが申し込んだ後だったようだ。
    Aさんは「妻が申し込んだのは2か月くらい前なんだけど、まだDVDは来ない。
    来てほしくないけど、来ないのは余計恐ろしい」と言った。
    夫婦喧嘩の内容がどこかで何かに利用されたらどうしよう…と思っていたようだ。

    そしてそのマンションの総会の日の夜、
    Aさん宅から今までになくすごい夫婦喧嘩が聞こえてきた。
    Aさんが奥さんに「やっぱりあの劇団のチラシ怪しいってさ!」とキレたようだ。

    その劇団のチラシの件はほんのきっかけにすぎなくて、
    元から夫婦仲に亀裂が入っていたのかもしれないが…
    結局Aさん夫婦はそれから約2か月後に離婚してしまったので驚いたわ。
    結局マンションにはAさんが残り、奥さんが出ていく形となった。

    Aさんはそれからしばらくして「未だにDVD来ないけど、今来たら逆に笑って見れそうですよ」と言っていた。

    劇団の本来の意図は分からないが…
    夫婦で笑うことを目的としたDVDのはずが、
    夫婦を離婚に発展させる一因となったことには衝撃を受けたよ。

    992 :名無しさん@おーぷん
    傷害で被害届を出されたこと。
    男性側の不妊で不妊治療を6年ほどしてた。
    旦那の実家がどうしても後継ぎがほしいとのことで、
    私としては容姿でもいいかなと思ってたが、
    どうしても旦那の血筋でないとということで、
    ぶっちゃけいやいや治療してた。旦那のことが好きだったということもあったし、
    結婚するときに仕事をやめて専業になったこともあって
    せざる負えないと自分を追い込んでたのもある。
    最後の2年は体外受精でずっと太ももに筋肉注射を自分で打ってた。
    人によるのかもしれないが、わたしはこの注射の痛みになれることがなく本当に苦痛だった。
    それなのに旦那が浮気してた。
    なんか旦那の浮気を知った瞬間、頭の中がカーッと赤くなって
    この注射を旦那のお尻に突き刺してしまった。
    どれだけ私が毎日苦しんでんのかわかってるのかと。
    よっぽど痛かったか恐怖を感じたのかどうかはわからないが、
    旦那が警察に飛び込んで私は捕まった。
    まあ注射を打つんだからかなりやばいよねwww.
    そこからもめにもめて結局財産分与のみで離婚することで被害届の取り下げで終わった。
    財産分与なんてほんとにスズメの涙で、ほんとに悔しい。
    最近になって元旦那家から再婚の打診があった。
    離婚する際警察沙汰になって私がどうしてあんな事件を起こしたのかが
    ばれてしまい、元旦那家含め旦那がひどいと噂が立ってしまい、
    取引先から敬遠されてるらしい。
    元々私と元旦那は社内恋愛で私も旦那もコネ入社だったんだからさ。
    当たり前だとおもう。

    43 :名無しさん@おーぷん
    大学の時、研究室の空気が合わずパワハラまがいの圧力に嫌気がさし逃げた。
    親にも誰にも言わず一切ツテがない県へ逃亡した。
    金はすぐ底を尽き、簡易宿泊所で日雇いの仕事を紹介された。いわゆるドカタだった。
    最初の一ヶ月はキツくて、大学に帰って謝ろうかどうしようかと悶々と悩んだが
    他人の小便臭い布団に寝るのもじきに慣れ、ずるずると日雇いで働き続けた。
    四ヶ月目、同じ宿泊所の男五人で酒盛りになった。
    深夜近くになりかなり酔ってきた頃、そのうちの一人Aが便所に行き
    戻ってきたら「俺の娘」と5、6歳くらいの女の子を連れていた。
    でも別に誰もその子をかまったりあやしたりはしなかった。
    Aがそのうち娘に「芸をしろ」と言い出した。
    女の子はフーンという冷めた顔で服を脱いでパンツ一枚になり、クネクネ踊りだした。
    何の踊りかは知らない。ただ無表情に裸でクネクネしてるだけ。
    俺達もフーンという顔で、ただ飲んでいた。
    小一時間してAが娘を連れて自分の部屋に戻った。
    誰かが「Aって娘いたんだな」と言い、別の誰かが「いやあ、あれAの娘じゃねえさ」と答えた。
    なんでかその瞬間、あ、ここはヤバイ場所だ!と思った。
    このままここにいたらヤバイ、引き返せなくなると思い
    俺は次の日特急に乗って実家に帰った。
    結局大学はやめ、親に頭を下げて地元の大学に入り直した。
    今でもAの娘が本当に娘だったかそうでないかわからないが
    あの時帰って本当に良かったと思ってる。

    708 :名無しさん@おーぷん
    長いので読みとばしてください。つまらない半生記だ。

    俺は現在40代だが、反抗期という時期がないままに成長した。
    父は暴力こそふるわないが非常に口うるさい人で、亭主関白というよりは家庭内暴君だった。
    母は無気力(のちに鬱病と診断された)。俺はひとりっ子。
    朝晩の食卓は父の説教&演説オンステージを、母と俺で黙って聞きながらもそもそとメシを食うという儀式だった。
    俺は父に逆らったことがなかった。逆らおうとも思わなかった。
    黙ってはいはい聞いてる方が楽だったからだ。
    父をうるさいとか嫌いだと思ったことすらなかった。
    父は父でしかなく、「この人の言うことさえ聞いてりゃいいんだ」という対象だった。
    父の言うがままに勉強し、父の命ずる高校に入り、地元の大学に進んだ。
    いま思えば趣味すらなかった。
    父は釣り好きだったのでたまに連れて行かれたが、べつに釣れても嬉しいという感情はなく
    釣れたら父に叱られないのでほっとする、という程度のことだった。

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