修羅場

    912 :名無し
    文章力皆無だけど投下。読み辛くてすいません。
    私は純日本人にも関わらずものすごい顔が濃い。
    整形失敗したの?とか言われて
    散々な思いしてた頃、多分小学生ぐらいの時だと思う。
    母親とショッピングモールで服を買ってたら
    奥の方からものすごいケバいしわしわの女( キチとする)
    とキチをそのまんまちっちゃくしたような(キチjr)女の子が
    ものすごい勢いでこっちに走ってきた。
    どうしたんだろうと思い横目で見ていると、
    「「みつけたぁーーーー!!!」」
    と大声で叫ばれ、こっちへ向かってくるので私も母もその場で固まった。

    338 :名無しさん@おーぷん
    従姉の話をさせてください。後出しがないように書いたら長くなりました。

    まず、我が家は両親と兄と私の四人家族。
    父には双子の兄がいて、その伯父夫婦の一人娘が従姉。
    伯父は本家の長男で、父とは仲が良く、ずっと頻繁に行き来していた。

    従姉は本家の一人娘で、容姿がとても良いので、親戚一同に甘やかされて育った。
    伯父夫婦は「本家といっても昔はともかく今はただの兼業農家だし」というスタンス。
    ただ、従姉がまだ小さい頃、伯母が第二子を流産し、それからしばらく弱ってた時期があり
    その時に祖父母の家(本家を伯父夫婦に譲り、元は別荘だった家に住んでた)に
    預けられる事が多かった従姉は、なかなかわがままに育ってしまった。
    でも意地悪をするわけでもないので、イトコ同士はそれなりに仲が良かった。

    従姉がおかしくなり始めたのは、従姉が高校生の頃。
    その頃から頻繁に東京へ遊びに行くようになり、そのたび芸能事務所等のスカウトを受けた従姉。
    身なりがどんどん垢抜けて、読者モデルとして何度か雑誌に載った事もある。
    その頃から、徐々にイトコ同士の付き合いは薄れて行った。

    ある日、伯母が真っ青な顔で両親に相談があるとやって来た。
    聞きかじった事や後に噂になった事をまとめると、従姉は複数の男性と大人のお付き合いをしてたようだ。
    そして、誰の子供かわからない子を妊娠したとのこと。
    地元ではそこそこ有名だった従姉は、この件で一気に本物の有名人になってしまった。

    ほとぼりを冷ます為、従姉は高校卒業と同時に他県に進学、親戚の家に下宿。
    在学中は、お目付け役がいたせいか、特に問題を起こす事もなく、無事卒業。
    そしてさすがに地元には戻っては来なかったものの、伯父のコネがきく会社に就職した。
    ところが、その会社で今度は不倫騒動を起こし、またも妊娠、相手の家庭を崩壊させ、略奪婚。
    伯父は従姉の尻拭いのため、土地をだいぶ売り払った。信用もだいぶ失ったと思う。

    そのままおとなしくしてくれていれば良かったのに、二年も経たずに離婚。
    従姉は育児以外の家事を放棄、散財、不倫未遂、従姉元旦那はまたもや不倫というどっちもどっちぶり。
    どういう経緯でそうなったかは知らないけど、子供は元旦那のご両親が引き取ったようで
    従姉は身一つで実家に戻って来た。当時の従姉は、顔立ちは整ったままなんだけど
    人相が悪くなったと言うか、いつも皮肉を言っているみたいな、あまり魅力的ではない容姿になっていた。
    実家に戻っても伯父夫婦との関係は悪く、親子なんだけど家庭内別居のような状態だった。

    241 :名無しさん@おーぷん
    せまりくる義実家の修羅場に胃が痛い。
    私は直接関係ないけど、すでに動揺しているので吐き出し。

    義兄(私の夫の実兄)夫婦には婚外子がいる。
    経緯は、義兄嫁が出産後からレスったことから始まる。
    単なるレスじゃなく、カップル的な行為は全部禁止。
    今後は家族としてしか接したくないという義兄嫁に、
    当時まだ20代だった義兄は納得いかず大げんか、
    あげく義兄嫁が「じゃあお外でどうぞ。容認します」。
    文書に血判(!)まで押して、義兄に渡したそうだ。
    そして義兄は本当に外に恋人を作り、妊娠させてしまった。
    義兄は離婚希望、義兄嫁は絶対離婚しない、
    相手の彼女は認知さえしてくれたらそれでいい、と。
    そしてそうなった。

    これらの事情は、もちろん現場を見たわけじゃなく
    ウトメ・夫・私・コトメらそれぞれが本人たちから
    聞いたことを総合して分かったこと。
    私夫婦・コトメ夫婦はその件に関してスルーを貫く。
    ウトメはすごく戸惑って、そんな不自然な、
    離婚した方がいいんじゃないか、って言っていた。

    あちらの養育費は義兄(高給取り)のお小遣いから
    出していて、週に一度はあっちに泊まる。
    義兄嫁は絶対に面白くないはずだけど、
    今の暮らしを変えたくないんだろうな。
    聞きたくもないのに、いつも私やコトメに
    「私たちは開かれた夫婦。旦那は長男みたいなもん。
    あっちの子供のことはまるっきり気にならない!
    こっちが本妻だもん。どっしり構えてりゃ問題なし」
    と高らかに言ってくる。
    ちなみに、子供たちにはもちろん絶対に秘密にしている。

    303 :名無しさん@おーぷん
    母の訃報を大喜びで今か今かと待ちわびていたこと。

    子供の頃、ペット飼いたい、だけどノーリードの犬に噛まれて以来犬が怖かった私に、
    母が犬を買ってきた。しかも大型犬のレトリーバー。
    びっくりする私を、母はあんたが欲しがってたペットでしょ!なんで喜ばないの!と叱りつけた。
    私が欲しかったのは猫か鳥だったんだけどね。
    苦手は苦手なりに、面倒見たり一緒に遊んだりしていれば情が移る。可愛くなってくる。
    子犬だったこともあって恐怖感は徐々に薄れ、数ヶ月もすればすっかり犬好きになっていた。
    そしたらある日の夕食時に、突然あの犬上げることにしたからと告げられた。
    驚愕、後号泣の私に、あんた犬嫌いだったでしょ、あんたのためにもらい手探してきたのに
    なんで泣くの!と母は怒り狂った。

    母のことを思い出す時、一番強烈に思い起こされるのがこの記憶。

    運動音痴で超インドア派だった私が、ピアノか絵画教室に通いたいと頼んだ時も、
    なぜだか体操教室とプールに突っ込まれた。
    泳ぐ方はそこそこできるようになったけど、体操はぜんぜん上達しなかった。
    この時は体が弱くて話し下手な私を、
    体力をつけさせつつ同じ年頃の子達と馴染ませようと思ってくれた親心なんだろうと信じてた。
    実際にはぜんぜん逆で、まったく上達しない私は周りの子に馬鹿にされてからかわれていたけど。
    だけど犬のことがあって、ああ母は私が嫌いなんだなと自覚した。

    家庭内では影の薄かった父が亡くなり、母が独居になり、体調が思わしくないので、
    一緒に暮らそうって催促が来たのを無視したり冷たくあしらったりするのがとても楽しかった。

    391 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/02/20(月) 15:41:21.41 ID:8HUv/YpE.net
    振替休日だから暇つぶしに書く
    先月あった修羅場
    カラオケ店に行って、ヒトカラで歌ってたら警察呼ばれた
    聖飢魔?でシャウトしまくったり、ジャパリパーク熱唱したり、YATTA!を動きつけて歌ってたら、
    律儀にノックしながら、すいませーん警察ですが〜って部屋に入ってこられた
    なんか、薬やってるんじゃないかって通報があったって言われたwwww
    酒もたばこもやってない、薬なんてもっての外な自分にとっては寝耳に水だった
    歌って上がっていたテンションが一気に下がっていった
    仕事のストレスを歌って解消してただけなのにね
    部屋で暴れているわけでもないし、ホント念のため尿検査お願いできる?って超申し訳なさそうに言われたからしましたよ
    当然やってないものは出るわけもなく
    なんかこっちが申し訳なくなるくらいに終始腰が低い警察さんだったのは印象的だった
    解放されたけど、さすがに歌うテンションではなくなったからそのまま帰った
    会計の時に、無料になって割引券大量に渡されたのは、店が通報した負い目からだと思ってる
    まあ、犬にかまれたと思ってはいるが、実際心臓バックンバックンで生きた心地がしなかったという修羅場

    1 :名無しさん@おーぷん
    子供欲しいね、と言ってたのにも関わらず、だ

    一人にしてくれって言ってふらっと出て行ったと思ったら
    いきなり「他の男との子供は育てる気はない」と言い出し電話ガチャ切り

    意味がわからない

    124 :名無しさん@おーぷん
    今妊娠7ヶ月の妊婦で義両親と同居。
    私眠り悪阻(寝ても寝ても眠り足りない、起きてるとひたすら吐く状態)とよだれ悪阻(通常時より唾液の分泌がものすごく増える状態)がある。
    そんな感じだから家事全般はトメさんとウトさんがやってくれてとても感謝してる。
    先日私が昼寝してたらお昼ご飯が出来たみたいで1階から私を呼んでくれたそうなんだけど熟睡してて気付かず。
    内線かけても出ないからもしかして体調悪いのか!?って心配してくれたウトさんが2階にやってきてリビングを覗いたらソファーの上で大股開いて白目むいて床に溢れるほど口から盛大によだれを垂らす私の姿を発見。
    嫁ちゃぁぁぁぁぁぁんんんんん!!!!って叫ばれて驚いて目を覚ましたんだけど、あの時はウトさんに本当に申し訳ないことをしたなぁ…。
    驚かせちゃってごめんね…って謝られたけどむしろこちらこそすみませんでした…。

    34 :愛とタヒの名無しさん 2014/11/07(金) 00:29:22.84 .net
    職場の先輩の新婦が元嫁の妹だった。その結婚式に俺が参列してしまい先輩の結婚式は不幸な出来事になってしまった。
    俺は離婚後に転職して今の職場になったし、再婚して現嫁の苗字になっていたから元嫁妹が準備の段階で気づく訳がなかった。俺も事前に新婦の名前を聞いていたが元嫁妹の名前はよくある名前なので気にもしていなかった。
    式の前に先輩から新婦を紹介され、お互い一瞬固まったが「初めまして」と愛想笑いですませた。元嫁親族は見て見ぬ振りをしてくれた。
    しかし友人のサプライズで行方不明の姉、つまり俺の元嫁がお祝いに駆けつけた為に自体は一転。
    離婚原因はよくある性格の不一致ってやつなのだが、元嫁は離婚時にウン百万の貯金と俺が集めていた腕時計コレクションを持って逃げた。
    元嫁両親は呆れて行方を探さなかった。(謝罪と返金の申し入れがあり貯金額は貰った)
    そんな事を知らない元嫁は式場で俺の姿に気づき発狂。「今更お金なんてないんだからね」などとのたうち回りながら登場5分ほどで退場していった。その後事情を説明し司会者が場を取りなして披露宴は続けた。
    5年たった今でも先輩夫婦には頭が上がらない。

    13 :名無しさん@おーぷん
    数年前から始まった修羅場が終息した

    事の起こりは俺と妻の結婚式から始まる
    両家顔合わせも済まし、式の準備をすすめる上で招待客のことを話し合っていると
    妻が俺側の兄嫁を呼ぶことを固く拒否した
    会ったのは顔合わせの一度きり、そこでは俺と妻は常に一緒にいたから何かあったわけでもない
    だけど俺以上に礼節を重んじる妻が理由もなく言い出すとも思えなくて、話を聞いた
    呼びたくない理由は「あの人不倫するから、そんな他人がアルバムに載るのは絶対いや」だった
    実際にしてる証拠でもあるのか聞いたけど、答えなかった
    だけど兄嫁を呼ぶなら式はしない、あなたが兄嫁の肩を持つなら結婚もしないと言い出した
    俺の両親に話すともちろんの事大激怒
    兄からは「そんな式こっちからお断りだ」と言われた
    両親には結婚を反対されたけど、妻が理由もなく言い出すとは考えられなくて、強行した
    式も行うことになり、兄と兄嫁と子供は形だけ招待状を送ったけど罵詈雑言を書かれて赤字で妻の名前、タヒねと書いてあった
    両親は俺は俺の立場を考えて式には出てくれた
    こんな結婚だったので俺は式のあと実家と疎遠になった
    妻に「謝らない?」と促したけど、妻は謝らなかった

    それから数年、兄の第二子が誕生した
    血液型が兄嫁B、兄Oに対して、子供がAB
    俺の家族、兄以外全員A型で兄嫁は兄だけ違うことをすっかり忘れてたらしい
    第一子がBだから「皆さんの型が半分入った血液型です」と嬉々として説明したそうだ
    当然誰の子?となり調べた結果、第一子も第二子も兄の子ではなかった
    しかも兄と付き合いだした頃、その頃兄嫁は20歳前ですでに結婚しており、兄との交際がすでに不倫だった
    しかも前の離婚理由が兄嫁の育児放棄による離婚
    18のときに子供を産んでたらしい
    ご丁寧に兄嫁は戸籍の書類上のバツも消してたんだって

    お決まりのように両親は妻へ責任転嫁を始めたが、兄がそれを止めた
    妻が指摘したとき思い当たる節があったのに調べない選択をしたのは兄だったと
    しばらく兄は抜け殻だったらしいが、昨日もう大丈夫と連絡があった
    立ち直ったようだ

    87 :名無しさん@お腹いっぱい。 2013/09/25(水) 09:27:32.03 .net
    やったぞー やっと旧嫁と離婚して新嫁と入籍できたー
    結婚式すっぽかされたマヌケな男から、×1だけどかわいい嫁もらった幸せな男になります

    とりあえず誰かにこの幸せを聞いて欲しかったんだ
    チラ裏スマン

    220 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/11/26(水) 15:36:02.40 ID:JyV7B+bF.net
    私が7歳の頃の話。
    父親が単身赴任で私は母親と暮らしていた。
    母親は自分の事は自分で、という教育方針で幼稚園の頃から自分の靴下や下着はお風呂入った時に手洗いするとか
    小学校に入ってからはお米を研いでご飯を炊くというとかお風呂洗ってお湯を溜める位の家事をお手伝いの範囲内でやらされていました。
    電子レンジの使い方も温める、位の事は出来ていました。
    そして住んでいる所が商店街を抜けた所にあったので、一人でおつかいに行くとお店のおじちゃんやおばちゃんが
    「あら◯子ちゃん、おつかい?えらいねー。」とおまけしてくれたりする場所に住んでいました。

    ある日家に帰ると母親がおらず置き手紙がありました。
    その手紙には「おかあさんはおでかけしてきます。」と書かれていて、今日はどこで何を買う、
    明日はどこで何を買う。と指示が書かれていて単純な私はそれに従って買い物をして
    やはり手紙に書いてあった通り、冷凍してあったご飯を食べていました。
    それをしていたのは二日三日だと思うのですが、大人には違和感を感じたんでしょう。
    揚げ物屋のおばちゃんに「○子ちゃん、おかあさんは?」と聞かれ、馬鹿正直におでかけ!お留守番なの!と答えると
    そのままお店に引きとめられて、おばちゃんの呼んだ近くの交番のお巡りさんとおばちゃんで家に帰り、
    手紙を見たお巡りさんがどこかへ電話をして、私は保護されました。
    夜遅くに父親がやって来て、大泣きしながら私を抱きしめてくれたのを覚えてます。
    結果的に母親は失踪。母方の祖父母にも何も言わず今でも行方不明です。
    私はしばらく少し離れた父方の祖父母の家に預けられましたが、その後こちらに戻ってきた父親と住むようになりました。
    母親に会いたいな、さみしいなと思った事もありましたがそれ以上に父親が愛情たっぷりに育ててくれ、今日私は20歳になりました。
    大人になるにしたがっていろいろ考えてしまいたまに内心修羅場になりますが、考えても仕方ない事はあまり考えず生きていこうと思っています。

    864 :名無しさん@おーぷん

    長文ですので何回かに分けます

    家族構成は

    現在 父 50代後半
    母 生きてれば50代前半(30代後半で鬼籍)
    私 30代前半(既女)
    妹 20代後半
    弟 20代前半

    私の一番古い記憶で唯一覚えているのが、私が多分5歳未満の時に私か妹のどちらかが父(以降は糞とする)に足首をもたれ当時住んでいたマンションの箪笥に投げ付けられた事
    投げ付けられた方も母も泣き喚いてたのが印象に残ってる

    それ以降の記憶はなくて、写真で見て「こんな事があったのか〜」位にしか覚えてない

    幼少の記憶はこんな感じで記憶は皆無に等しい

    ただ、唯一感じていたのは「糞は怖いから出来るだけ怒られない様に…」とだけ思ってた

    次の記憶は小学1年生の頃、指しゃぶりが治らず寝る時は必ず親指をしゃぶって寝ていたのを糞に、ガムテープでぐるぐる巻きにされ大泣きしていた
    「うるさい!」と、怒鳴られ殴られ蹴られ、暗い部屋の布団に1人寝かされ泣き疲れで寝たのを覚えている

    次は4年生位の時の誕生日
    嬉しくて楽しいハズの誕生日に、九九を覚えられないからと勉強机に向い泣きながら何度も何度も言わされ間違えたら殴られた
    それを当時流行りで買ったビデオカメラで撮影され、母方の実家に遊びに行った時に親戚一同に見せていた
    恥ずかしくて泣きたくて、集まって見てる部屋から出ていた
    何故か糞の実家では見せていなかった(理由は後述で)

    次は私が生きてきた中で第一の修羅場
    6年の時にそれは起きた
    真夜中、2段ベットの上で寝ていた時に(下は妹)トイレの音がした後に子供部屋に誰かが来た感覚がしたので母かな?と思った
    夜中に布団をかけ直してくれるのが母だったので気にもしなかった
    だけど違った
    糞だった
    糞は思春期真っ只中の私の胸を触ってきた
    ビックリしたのと怖さで目が開けられず、壁側にわざと寝返りし触られない様にしたのに糞の手は追いかけてきた
    耳元で「ハァハァ」言ってたのが気持ち悪かった
    そこから私の中で糞は父親ではなく、ただの気持ち悪い男と思う様になった

    270 :名無しさん@おーぷん
    もう離婚するかもしれん。
    金曜日が私の仕事納めだった。
    土曜日の早朝に義母から旦那に電話がかかってきて、体調が悪いので、
    私と旦那に大掃除を手伝ってほしいとのこと。
    そのことに関しては別に腹が立つってわけじゃなかった。
    でも今日の午前中に突然私たちのマンションにやってきて
    「あら大掃除の準備もまだなの?」って言うから、(義母はよくこういう事をする。
    たとえば、自分が人を呼びつけておいてその時間にする予定だったことが終わっていないと、
    さもだらしないみたいな言い方で嫌味を言う、みたいな感じ。なんかうまく説明できないけど、
    雰囲気でわかってもらいたい。)
    仕事と昨日の大掃除の疲れで起きるのが遅くなって起きたばっかりだったので、
    「すいませんね。昨日やる予定だったもんで、まだこれからなんですよ。」
    と言ってしまった。
    義母がむっとするのはわかったが、こっちもつかれててあまり余裕がなかったもんで、
    ほったらかしてしまったら、旦那に「お前悪気があって言ってるわけじゃなしほんとのこと言われて、
    なんなのあの態度。」って言うから頭に来てしまって、
    「悪気がなくてあれって私なんかよかよっぽど正確悪いよ。」って言ったら、
    ケンカになって実家行ったまま帰ってこない。
    なんかもう帰ってこなくていいわ。
    なんかこれからも同じことされるの耐えれそうにないわ。
    もう帰ってくんな。バカ旦那。

    262 :名無しさん@おーぷん

    ある〜日森の中、クマさんに〜出遭った♪(ガチで)

    何せ四〇男の幼少時のことなので多少記憶に変形があるかもしれん。
    おかしい点があったら見逃してほしい。
    自分は流血はしとらんが、クマさんは晩メシになったので若干のグロはあるかも?

    まず、クマに遭遇するに至った経緯から。

    自分は両親が離婚する際にそろって親権放棄したため、五歳の時から兄とセットで父方の祖父母に育てられた。兄は八歳。
    以降両親の消息は極最近まで知らんかった。
    祖父母が暮らしていたのは田舎というレベルを通り越した森の中の小さな集落だった。八歳の兄が通いはじめた小学校は児童の数が兄を含めて三人という分校で、近隣の集落の子供が通っていた。
    自分が通い始めて四人になったが、一年で最上級生だった子が卒業したためすぐに三人になり、自分の卒業と同時に廃校となった。
    新幹線を通すから立ち退けというお上のお達しで、今では地図から消え去っている。
    集落での生活はほぼ自給自足か、海と山の恵みを頂くことで成り立っていた。
    最寄りのスーパーまで車で二時間かかったと記憶している。
    森の中なのに海?と思われるかもしれんが、
    わかりやすく言えば坂を下れば海で登れば山一帯(森の入り口)だと思ってくれればいい。
    だいたいどこの家も畑を持っていて、小屋で鶏を飼っていた。
    海派の爺さん婆さんが漁の結果を分け、山派の爺さん婆さんが撃ってきた肉を分け合うって感じのことが普通に行われていた。

    うちの祖父母は山派だった。
    五歳で祖父母が暮らす畢竟に移ってきたものの、学齢前で学校もないし友達もいない自分は、だいたいいつもぶーたれながら祖父母の言うままパシリになっていた。

    クマさんに遭遇したのは六歳になって少しした頃。
    山菜か薪(風呂が薪だった)をとりに祖父と山の奥に入った。
    祖父は山の奥に入る時は必ず猟銃を持っていたが、これは用心のためでいつものことだった。
    これはうちの祖父に限ったことではない。
    本格的に撃ちに行くときは複数で行っていた。
    山の奥と言っても六歳の子供を連れていたのでほんのちょい奥。軽トラで一,二分のところ。
    祖父の言いつけ通り子供なりに手伝っていたのだが、そこでばったりクマさんと遭遇☆
    野生のリアル熊。それまで動物園の中や、肉になった姿しか見たことはなく、自分失禁。

    超絶怖くてパニックになったが、祖父が言った「晩メシが向こうから来た」は妙にはっきり聞こえた。

    230 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/06/09(月) 13:48:32.24 ID:XiLrJDHY.net
    元彼が金持ちになっていた

    同業他社の元彼の人生目標は「40迄にまとまった金貯めてセミリタイヤ」だった
    各種投資を勉強し手を出しては損ばっかりだったので説教して辞めさせた

    すれ違いが多くなり話し合いで別れ→数年後良縁あり私結婚→出産→さらに数年後の今年仕事復帰した

    今年4月職場での歓送迎会に元彼がいてお互いびっくりした
    元彼は辞める方でどこか田舎で暮らすとか挨拶していたのでまさかと思い聞いたらお金がたまったと内緒で教えてくれた
    その額1億*\(^o^)/*証拠記念写真も見せて貰った誰にも話せないらしい
    よくわからんないがFX?で何回かの日銀カイ入?とアベノミクスらしい

    ・もし私と結婚したとしたら辞めてたので儲けていない
    ・私には素敵な旦那と可愛い娘がいて幸せ

    なのでお互い良かったねみたいな感じで当然連絡先なども交換せず終了した

    あれから2ヶ月、なんとなく心が落ち着かない
    元彼本人の事は全く考えないのだが、じゃれてる旦那と娘をみながら「これは1億以上の価値がある」とか考えてしまう…
    自分がこんなに欲深いというかあさましい
    とは思わなかった心の修羅場

    159 :名無しさん@おーぷん
    書き捨て
    どこに書いたらいいかわからないし、話せる人もいないので。

    昔から母に愛されていない自覚があった。
    自分もいい年になって親父に真相を聞いてみた。
    否定されたが、しつこく追求した。
    愛してるならどうして俺に一度も笑顔向けたことがないのか。
    どうして俺との会話だけ淡白なのか。
    どうして俺を汚物を見るような目で見るのか。
    結果、やはり俺は愛されていなかった。
    俺は母が好きだから、わかっちゃいたがすげー悲しかった。
    母は俺にだけすげー冷たいけど親父やペットには人が変わったように優しいんだよ。
    別に虐待されてたわけじゃない。
    ただ手をつないだり、抱っこしてもらったり、そういう記憶がない。

    母は「子ども」という存在を嫌悪している。らしい。
    これは精神的な病で、通院もしてたそうだ。
    子どもはいらないという条件で結婚したが父はやはり自分の子が欲しくて頼み込んだ。
    母は妊娠したが、自分の中にウジ虫がたくさんいると発狂、鬱に。
    流産することなく無事に産まれたが、 俺に一切の興味がなかった。
    むしろ気持ち悪いと思っていた。
    俺が泣くたび騒ぐたび、母は俺を嫌悪した。
    最低限の世話はされた。ペットの犬のついでに。
    本当は俺なんかに触りたくもなかったから、出来るだけ触らないようにしていた。
    出かける時はちゃんと連れて行ってくれた。
    手は繋がなかった。でも俺はきちんとついて歩いた。
    きっとはぐれても捜してくれないと思ったから。
    1日騒がずに外出出来たら帰りにおやつを買ってくれた。
    それだけで嬉しかった。
    夏休みの自由研究を手伝ってくれた。母は絵が上手い。
    母は俺とは最低限の話しかしないし触れないけど、母が好きだった。
    わからない宿題は教えてくれた。
    俺は母と会話したくて、わかる問題すら質問を繰り返した。
    母は俺のことを名前で呼ばない。お前とか、子供のヤツ、とか。

    母は2才頃から10年ほど両親からひどい虐待を受けていたらしい。
    母が子どもの頃は同年代の子の家庭を羨ましいと思っていた。
    だけど、大人になるにつれ、羨ましいという感情のほかに、ずるい、憎いがくわわった。
    母は見ず知らずの子ども達を見て、こいつらのほとんどはタヒぬまで一度も殴られる痛みを経験することもないんだ。こいつらは幸せなんだ。ずるいずるい憎い不幸にしてやりたい。ひどい。という思考回路になってしまうらしい。
    たとえそれが自分の子どもでも。

    支離滅裂な文章ですみません。
    ただやっぱり俺は母が好きだなー。悲しいけどね。
    現嫁との結婚報告も興味なさげだったし、孫なんか絶対連れて来んなって言われてるから、まだ孫の顔も見せたことないけど。

    342 :名無しさん@おーぷん
    救急車の適正使用の為にすすめられてる相談ダイヤルが信用できない

    数年前、食事後に犬の鳴き声みたいなおかしな咳が出始めて喉がヒューヒューして息苦しくなり、手足が冷たくなっていく感覚に危険を感じて、
    旦那が消防の相談ダイヤルで当番医を聞いてくれたんだけど(車で受診するつもりだった)
    アナフィラキシーのおそれがあるから、動かさないで救急車今手配しましたからって救急車を呼ばれてしまった。
    運ばれた先で看護婦さんにストレッチャーだと診察室入れないから歩ける?と聞かれたので何とか歩いたら、
    医師から歩けるのに救急車で来たの?意識もしっかりしてるよね?と開口一番呆れたように言われた。
    診察の結果、やっぱり夕飯の食べ物でアナフィラキシー起こしたんだろうってことで点滴や処置を受けて帰ってきたけど、
    相談ダイヤルの時点で意識はしっかりしてるし歩けるとも伝えて救急車じゃなくていいと言ったのになーとモヤモヤした。

    一年ほど前、不整脈が見つかって薬を処方された後、指示通りに薬を飲んだら、道端で倒れた。
    処方されたのが低血圧の人間は使用注意の薬だったので低血圧の自分は心配で血圧計を買ったばかりで、路上で計ったら測定不能か上70程度。
    かかりつけは診療終了しているし、自力で体も起こせないので旦那が7119に電話。
    救急車の必要なしといわれて何軒かの病院の電話番号を伝えられてタクシーで行けといわれたとかで受け入れ交渉。
    その間ずっと冷たい路上に大の字。
    結局、受け入れ断られて朝一番でかかりつけ医に行けと言われたのでモノを運ぶようにタクシーまで引きずってもらい運転手さんにも手伝って貰って帰宅、翌朝受診。
    そしたら、なんで救急車呼ばなかったと叱られた。
    薬の副作用で血圧下がり過ぎてショック状態だったみたい。
    発作の可能性もあるから次回は必ず呼べと言われたけど、相談ダイヤルで救急車出せない&受診されても困るって言われたんだよ…

    いまだに、どちらの例も、どう対応するのが最善だったのかわからない。

    147 :名無しさん@おーぷん
    中学校の頃本当にひどいいじめを受けていた。
    高校進学でいじめっ子と離れられたと思ったらいじめっ子のいとこが同じ高校に進学していて
    学校の帰りにいじめっ子たちといとこのコンボで、殴られたり、お金とられたり、
    ネ果の写真撮られて出身中学の裏サイトみたいなところに貼られたり、
    とにかくいろいろやられた。
    自分でもよくわからないけど、とにかく学校を休むことは考えてなくて
    いじめられるために学校に行くみたいになってた。
    高1の2学期の初めに校内で自さつ未遂をしていじめが表面化した。
    教科書から通学カバンから制服からボロボロで、私以外にもいじめられてる人がいて
    その子が裏サイトに貼られた画像とか、いろいろ出してくれて
    いじめっ子たちとそのいとこが犯人だとばれた。
    その後いじめっ子たちが両親に連れられて私の家に謝罪に来たけど、
    うちの親はもともと毒だったこともあり、まあ子供の頃は色々ありますよなんて笑ってた。
    でもいじめっ子の親のうちの一人が、私に「どんなことでもする覚悟だ。どうしたら許してもらえるだろうか。」
    って言って本当に真剣に謝罪をしてきた。私みたいな小娘に土下座で頭を下げるのは、
    今考えればとんでもないことなんだろうと思う。
    でも私はとても許せる心境じゃなかったのかどうかよくわからないけど、
    その人に、「こんなゴミ屑みたいな人間をここまで育てたんだから処分するのも、仕事なんじゃないですか。」
    みたいなことをへらへら笑いながら言った。
    その人は多分いい人だったんだと思う。本当に私に何度も何度も謝っていた。
    土下座するその人の後ろで、ものすごい目でいじめっ子が睨んでた。
    私は笑いながら、あなたの子供は全然反省してないみたいですよ。って言って
    自分の手の届く範囲にあるものをそいつらに手当たり次第に投げつけて
    両親から殴られて羽交い絞めにされて部屋から出された。
    その日を境に私は学校に行かなくなって、母方の祖父母の家で暮らすことになった。
    祖父母は優しかったし、事情が事情だったので祖父母の家の近くの高校に編入できた。
    その後両親と会うことはなかった。祖父母に言わせると、母はおとなしくて優しい人だったけど、
    父と結婚してすっかり変わってしまっておかしくなってしまったので、
    長いこと行き来がなかったといっていた。私の七五三の時にお祝いに来たのが最後で、
    父と少しもめてから一切連絡が取れなくなって、私のことも今回のことがあるまで、
    連絡などなかったと聞いた。本当かウソかはわからないけど、
    両親は私が嫌がることは何度も何度もやってきたし、私が好きなことや喜ぶことは
    させてくれなかった。例を挙げれば、友達から誕生会に誘われるとその日までは言っていいというのに、
    当日になるとせっかく用意したプレゼントを捨てて家に閉じ込められたりした。
    一事が万事こんな感じで、母親もだんだん父親に影響されていったことは考えられた。
    祖父母からは、そろそろ自分たちの家を出て独り立ちをして自分たちと縁を切ったほうがいいといわれています。
    祖父母の所にはもう連絡をするなと。
    最近父方の祖母が脳梗塞で倒れたので、私を帰らせろと連絡があって
    祖父母は私に逃げてほしいといっているのですが、2人にはいろいろしてもらったので、
    最後まできちんとしてあげたかったけど、もう少ししたらこの家を出ていく。
    誰かが書いてたけど親子のつながりって絶対切れないんだよね。
    夫婦は離婚できるけど親とは離縁できない。
    まともな親ばかりじゃないのにね。
    でも祖父母のもとを離れて一人になるのも怖い。両親のもとに帰るのはもっと怖い。
    ちゃんと一人でやっていけるかな。不安でたまらない。

    817 :名無しさん@おーぷん
    結婚するたびに夫を寝取られるんだが、これも修羅場になるだろうか・・・???
    最初の夫を実の姉に寝取られて離婚。
    再婚した夫は夫の実妹に寝取られて離婚。
    再々婚した夫は 実兄 に寝取られて離婚。

    現在×3
    もう結婚はいいや。

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