修羅場

    741 :名無しさん@おーぷん
    すごい今更な愚痴なんだけど長年つっかえてたことを吐き出させてほしい

    今から数年前、自分が大学生だった時の話
    元々目標もなく何となく入った大学だったから自分が悪いことが前提だけど人生で一番悲惨な状態だった
    当時家庭内に問題(親が借金してた)を抱え、私生活でも幼馴染と絶交するトラブルがあった
    それに加え大学生活も最悪なもので最初はわからなかったが同級生にいじめられていることに気付き
    教授にまで何故か目をつけられるようになった

    同級生は基本的に「○○日空いてる?遊ぼー」と言われ当日ドタキャン、これを何回も数人から繰り返される
    自分の意見(と言っても○○好きなんだ程度)を否定され、変だと言われる、見た目を馬鹿にされる
    それでも自分は全く気にせずみんなノリ悪いなーくらいにしか思ってなかった
    いじめだと気付いたのは1年の秋になってから
    うちの大学のゼミは3年からなんだけど希望があれば1年からでも入れる
    それを友達(と思ってた人達)は夏休み明けに自分抜きで入っていて以降ゼミがあるからと誘いを全部断られるようになった
    そこで初めて「あ、自分嫌われてたんだ」と気付いた
    その時点でそいつらからは離れたんだけど離れた途端すり寄ってきたから結局何がしたかったのか不明

    教授に目をつけられたのは自分が貧乏学生でGWにバイトをしていたから
    ぶっちゃけ芸術大学だったんだが教授は少しでも時間があれば芸術に触れていろが口癖だった
    GW明けの授業で休みの間どんな芸術に触れたか言えとたまたま自分が当てられた
    休みの間はバイトしかしてなかったので馬鹿正直にそう答えると仰々しく溜息をつかれて「君は何のためにここに来たんだ?」と言われた
    まあこれに関しては本当その通りで自分が悪いんだけど多分これがきっかけでその教授からは目をつけられたんだと思う
    以降、その授業で名指しで当てられるも「あ、君は答えられないよねww」みたいなことをされた

    1年で既にボロボロでネットでずっと自さつの方法について調べまくっていた、2年に上がる頃にはほとんど笑うことはなくなったと思う
    授業中意味もなく涙が流れたり通学中大学が近づくにつれて気持ち悪くなったりしていた
    そんな中英語のテストがあった
    テスト内容は教授と英会話するというシンプルなもので、教室の前の方をパーテーションで区切りそこでテスト、教室の後方で順番待ちという形だった
    テストが終わった学生は前の扉から出て行くので終わるたびに教授が次の学生を呼んでいた
    順番はバラバラだったけど暗黙の了解で教室に来た順だった
    自分は最後の方に入ってきたから前の学生達が終わるまで待っていたんだが、気付くと何の音もしない
    そっとパーテーションの中を見ると誰もおらずテストは終わっていた
    教授は自分のことに気付かず全員回ったと思ったらしい
    学生課に行くなり教授に掛け合うなりすればテストは受けれたとは思うが、ギリギリ繋がっていた最後の糸がぷつんと切れた気分だった
    このことがきっかけで大学を辞めれた
    もしテストを受けれていたら大学は辞めなかったし本気で自さつしてたと思う

    大学を辞めてその後やっと自分のやりたいことを見つけて専門学校に通うようになってからやっと大学生活がおかしいものだと気付いた
    今ではそんなことで自さつとかアホらしいと笑えるが、当時は逃げ場がなく何より何で気持ちが落ち込むのか原因がわからず地獄だった
    予断だが数年後手相を見てもらった時に「あなた20歳の時すごいことになってなかった?よく自さつしなかったわね……」と言われたw

    78 :名無しさん@おーぷん
    母がタヒんだ
    これでふた親とも居なくなった
    葬儀では兄がお飾りの喪主になった
    葬儀屋にいいように搾取されている兄に助言をしても、
    「女が横から口挟むな」で終了
    兄は作法も何も知らず恥ずかしい思いをしたがそれも最後
    相続については全部放棄するからと伝えると、兄は嬉しさを噛み杀殳しながら
    「いや、そんな訳にもいけん。あのXX(ガラクタ)とか○○(土地。金にならん。税金かかるだけ)とか…」
    「兄さんがお母さんを最期まで見たんだし、私は受け取るべきじゃないから」
    と固辞したら、「む、それもそうか」とご満悦
    兄はなーんもしてないんだから、「見た」だけだけどね
    丸投げされた介護に必要なことはちゃんとしたし、好きな食べ物もなるべく良い物を買ってきてあげた
    本当は旅行とかに連れて行ってあげたかったけれど、兄にめちゃくちゃにされるから断念した
    でも、それなりに使えたから遺された貯金はわずかだけど、知らないんだろうね
    まあ借金はないから、そんなにひどい状況じゃなかったよ
    もう母が長くないことは分かってたから、私はあい間に着々と引っ越し準備
    あとはとりあえず見つけた住み込みの仕事先まで、バッグひとつで逃げるだけ
    ぱっと見は分からないように、色んな物(ノートとか筆記用具とか衣類とか)が残ってるように見えるけど、全部要らない物だよ
    ニートで一度も仕事に就かず、もう40になった兄
    父親と一緒に私の婚約を2度までも壊した兄
    兄を甘やかした父親がタヒんだら畑切り売りして遊んだ兄
    そんな兄を甘やかしはしないまでも止めずに言われるままに土地を売り、お金を渡した母
    私も母と一緒で、兄に寄生されても家にお金を入れてたから同罪
    私に責める資格なんかないよ
    でも兄と一緒に落ちるつもりもない
    兄は私にこれからも面倒を見てもらえると思ってるけど、父親はともかく母は好きだったからここに居たんだよ
    母が居なくなったら一緒に住むわけない
    安定した仕事を見つけるのは厳しいかも知れないけど、ここで吸われるよりマシだろうし
    捜索されたら困るから、でもすぐにばれるのも困るから、
    「ちょっと友人の家に行ってくる。遠いのでもしかしたら泊まるかもしれない」
    と言って、ご飯の用意をして、こっそり机の中に「遠くへ行くのでさがさないで下さい」と書いた手紙を入れた
    捨てられたらと思い、電話機の下にも同じものを差し込んだ
    実際は父親と兄にいろいろされて、友人らしい友人なんてもういなかったけどね

    391 :名無しさん@おーぷん
    20代前半の頃、結婚した途端に元夫からのDVとモラハラが始まり、義兄にもイビられ約2ヶ月のスピード離婚しました。
    離婚も修羅場だったけど、その後に起こった恐怖の出来事です。

    親友(女)の支えですっかり立ち直った頃、知人が出演するというパーティーに誘ってくれた。
    立食したり、親友の男友達と話したりしながら知人の出番を待っていると、目の前に見覚えのあるバッグ?背丈・後ろ姿…
    はい元夫発見。

    げぇっ と思ったけど会いたくないのは相手も同じだろうし、親友が知ると”帰ろう”と気遣われそうだったので
    「ちょっと場所変えよう」とさりげな〜く壁際へ移動。
    背をもたれ顔を上げると…さっきの後ろ姿。何で?たまたま?
    「やっぱり立ってるの疲れちゃった。ソファー席に行こう」今度は別のブースへ。
    空席を探していると…フラリと同じブースへ入ってくる元夫。なぜか目は合わない。
    幸いな事に席は全部埋まっていたため再び移動。でも…いる。
    右へ行っても左へ行っても、前を向いても後ろを向いても…いる。

    続きます

    325 :名無しさん@おーぷん
    嫁の父親から聞いた、昔の又聞きの修羅場

    義父には姉がいたそうで、旧帝大を出て間もなく同期の弁護士と結婚した
    旦那さんは学生で旧司法試験に受かるぐらいだから相当頭が良かったけど
    義父が顔を合わせたり結婚式で様子を見た印象では、感情を表に出さなくて何を考えてるかよくわからない人だったらしい
    それでも奥さんである義父姉のことは愛してたようで、感情を出さないなりに家事とか色々手伝って
    記念日や誕生日は必ず祝って休暇が取れたら一緒に旅行にも行ってと、結構尽くしてる感じだったそう
    でも義父姉さんはどっちかというと打算で結婚した部分が大きかったようで、結婚から何年も経たないうちに浮気
    義父家族に間男を加えて話し合いをした時、旦那さんはいつものように淡々としてたそうな
    興信所の調査結果を出しながらこれこれこういう時にこういう浮気をしてたって感情もこめずに説明して
    義父姉が泣いてすがっても間男や義父両親の顔色が変わっても機械みたいに一切ペースを変えないで、そのまま離婚を宣告
    あまりに理性的すぎて義父も気持ち悪かったそうだけど、義父父はそんな態度が気に入らなかったようで
    「こんな態度じゃ娘が別の男に走るのも当たり前」「むしろこうなることを狙ってたんじゃないか」
    「お前みたいな機械との子供を作らなかったのは正解」「間男の方が人間味がある」
    などと、被害者のはずの旦那さんになんでそこまで言うのかってぐらい罵詈雑言言いまくって
    それでも何も言い返さないのをいいことに「悔しかったら怒ってみろ」と馬鹿にした感じで言い放ったら
    旦那さん絶叫しながら飛びかかって、義父姉と間男と義父父を半杀殳しにしたそうな
    ガラスのテーブルを叩き割って自分が血まみれになっても止まらないあまりの暴れっぷりに義父と義父母は止めることもできず、
    収まってから病院に行ったら四人とも最低二ヶ所骨折、発狂レベルで殴ったり暴れたりしてた旦那さんが一番大怪我だったらしい

    この後、慰謝料と治療費・示談金の相杀殳って形で金銭を動かすことなく決着したそうで
    旦那さんは今も弁護士を続けてて、義父姉はその後50代で病タヒ、間男は騒動後全く知らないとのこと
    大人しい人ほどキレたら怖い、だからタヒにたくなければ絶対に怒らせるなと遠い目で〆てました

    912 :名無し
    文章力皆無だけど投下。読み辛くてすいません。
    私は純日本人にも関わらずものすごい顔が濃い。
    整形失敗したの?とか言われて
    散々な思いしてた頃、多分小学生ぐらいの時だと思う。
    母親とショッピングモールで服を買ってたら
    奥の方からものすごいケバいしわしわの女( キチとする)
    とキチをそのまんまちっちゃくしたような(キチjr)女の子が
    ものすごい勢いでこっちに走ってきた。
    どうしたんだろうと思い横目で見ていると、
    「「みつけたぁーーーー!!!」」
    と大声で叫ばれ、こっちへ向かってくるので私も母もその場で固まった。

    338 :名無しさん@おーぷん
    従姉の話をさせてください。後出しがないように書いたら長くなりました。

    まず、我が家は両親と兄と私の四人家族。
    父には双子の兄がいて、その伯父夫婦の一人娘が従姉。
    伯父は本家の長男で、父とは仲が良く、ずっと頻繁に行き来していた。

    従姉は本家の一人娘で、容姿がとても良いので、親戚一同に甘やかされて育った。
    伯父夫婦は「本家といっても昔はともかく今はただの兼業農家だし」というスタンス。
    ただ、従姉がまだ小さい頃、伯母が第二子を流産し、それからしばらく弱ってた時期があり
    その時に祖父母の家(本家を伯父夫婦に譲り、元は別荘だった家に住んでた)に
    預けられる事が多かった従姉は、なかなかわがままに育ってしまった。
    でも意地悪をするわけでもないので、イトコ同士はそれなりに仲が良かった。

    従姉がおかしくなり始めたのは、従姉が高校生の頃。
    その頃から頻繁に東京へ遊びに行くようになり、そのたび芸能事務所等のスカウトを受けた従姉。
    身なりがどんどん垢抜けて、読者モデルとして何度か雑誌に載った事もある。
    その頃から、徐々にイトコ同士の付き合いは薄れて行った。

    ある日、伯母が真っ青な顔で両親に相談があるとやって来た。
    聞きかじった事や後に噂になった事をまとめると、従姉は複数の男性と大人のお付き合いをしてたようだ。
    そして、誰の子供かわからない子を妊娠したとのこと。
    地元ではそこそこ有名だった従姉は、この件で一気に本物の有名人になってしまった。

    ほとぼりを冷ます為、従姉は高校卒業と同時に他県に進学、親戚の家に下宿。
    在学中は、お目付け役がいたせいか、特に問題を起こす事もなく、無事卒業。
    そしてさすがに地元には戻っては来なかったものの、伯父のコネがきく会社に就職した。
    ところが、その会社で今度は不倫騒動を起こし、またも妊娠、相手の家庭を崩壊させ、略奪婚。
    伯父は従姉の尻拭いのため、土地をだいぶ売り払った。信用もだいぶ失ったと思う。

    そのままおとなしくしてくれていれば良かったのに、二年も経たずに離婚。
    従姉は育児以外の家事を放棄、散財、不倫未遂、従姉元旦那はまたもや不倫というどっちもどっちぶり。
    どういう経緯でそうなったかは知らないけど、子供は元旦那のご両親が引き取ったようで
    従姉は身一つで実家に戻って来た。当時の従姉は、顔立ちは整ったままなんだけど
    人相が悪くなったと言うか、いつも皮肉を言っているみたいな、あまり魅力的ではない容姿になっていた。
    実家に戻っても伯父夫婦との関係は悪く、親子なんだけど家庭内別居のような状態だった。

    241 :名無しさん@おーぷん
    せまりくる義実家の修羅場に胃が痛い。
    私は直接関係ないけど、すでに動揺しているので吐き出し。

    義兄(私の夫の実兄)夫婦には婚外子がいる。
    経緯は、義兄嫁が出産後からレスったことから始まる。
    単なるレスじゃなく、カップル的な行為は全部禁止。
    今後は家族としてしか接したくないという義兄嫁に、
    当時まだ20代だった義兄は納得いかず大げんか、
    あげく義兄嫁が「じゃあお外でどうぞ。容認します」。
    文書に血判(!)まで押して、義兄に渡したそうだ。
    そして義兄は本当に外に恋人を作り、妊娠させてしまった。
    義兄は離婚希望、義兄嫁は絶対離婚しない、
    相手の彼女は認知さえしてくれたらそれでいい、と。
    そしてそうなった。

    これらの事情は、もちろん現場を見たわけじゃなく
    ウトメ・夫・私・コトメらそれぞれが本人たちから
    聞いたことを総合して分かったこと。
    私夫婦・コトメ夫婦はその件に関してスルーを貫く。
    ウトメはすごく戸惑って、そんな不自然な、
    離婚した方がいいんじゃないか、って言っていた。

    あちらの養育費は義兄(高給取り)のお小遣いから
    出していて、週に一度はあっちに泊まる。
    義兄嫁は絶対に面白くないはずだけど、
    今の暮らしを変えたくないんだろうな。
    聞きたくもないのに、いつも私やコトメに
    「私たちは開かれた夫婦。旦那は長男みたいなもん。
    あっちの子供のことはまるっきり気にならない!
    こっちが本妻だもん。どっしり構えてりゃ問題なし」
    と高らかに言ってくる。
    ちなみに、子供たちにはもちろん絶対に秘密にしている。

    303 :名無しさん@おーぷん
    母の訃報を大喜びで今か今かと待ちわびていたこと。

    子供の頃、ペット飼いたい、だけどノーリードの犬に噛まれて以来犬が怖かった私に、
    母が犬を買ってきた。しかも大型犬のレトリーバー。
    びっくりする私を、母はあんたが欲しがってたペットでしょ!なんで喜ばないの!と叱りつけた。
    私が欲しかったのは猫か鳥だったんだけどね。
    苦手は苦手なりに、面倒見たり一緒に遊んだりしていれば情が移る。可愛くなってくる。
    子犬だったこともあって恐怖感は徐々に薄れ、数ヶ月もすればすっかり犬好きになっていた。
    そしたらある日の夕食時に、突然あの犬上げることにしたからと告げられた。
    驚愕、後号泣の私に、あんた犬嫌いだったでしょ、あんたのためにもらい手探してきたのに
    なんで泣くの!と母は怒り狂った。

    母のことを思い出す時、一番強烈に思い起こされるのがこの記憶。

    運動音痴で超インドア派だった私が、ピアノか絵画教室に通いたいと頼んだ時も、
    なぜだか体操教室とプールに突っ込まれた。
    泳ぐ方はそこそこできるようになったけど、体操はぜんぜん上達しなかった。
    この時は体が弱くて話し下手な私を、
    体力をつけさせつつ同じ年頃の子達と馴染ませようと思ってくれた親心なんだろうと信じてた。
    実際にはぜんぜん逆で、まったく上達しない私は周りの子に馬鹿にされてからかわれていたけど。
    だけど犬のことがあって、ああ母は私が嫌いなんだなと自覚した。

    家庭内では影の薄かった父が亡くなり、母が独居になり、体調が思わしくないので、
    一緒に暮らそうって催促が来たのを無視したり冷たくあしらったりするのがとても楽しかった。

    391 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/02/20(月) 15:41:21.41 ID:8HUv/YpE.net
    振替休日だから暇つぶしに書く
    先月あった修羅場
    カラオケ店に行って、ヒトカラで歌ってたら警察呼ばれた
    聖飢魔?でシャウトしまくったり、ジャパリパーク熱唱したり、YATTA!を動きつけて歌ってたら、
    律儀にノックしながら、すいませーん警察ですが〜って部屋に入ってこられた
    なんか、薬やってるんじゃないかって通報があったって言われたwwww
    酒もたばこもやってない、薬なんてもっての外な自分にとっては寝耳に水だった
    歌って上がっていたテンションが一気に下がっていった
    仕事のストレスを歌って解消してただけなのにね
    部屋で暴れているわけでもないし、ホント念のため尿検査お願いできる?って超申し訳なさそうに言われたからしましたよ
    当然やってないものは出るわけもなく
    なんかこっちが申し訳なくなるくらいに終始腰が低い警察さんだったのは印象的だった
    解放されたけど、さすがに歌うテンションではなくなったからそのまま帰った
    会計の時に、無料になって割引券大量に渡されたのは、店が通報した負い目からだと思ってる
    まあ、犬にかまれたと思ってはいるが、実際心臓バックンバックンで生きた心地がしなかったという修羅場

    1 :名無しさん@おーぷん
    子供欲しいね、と言ってたのにも関わらず、だ

    一人にしてくれって言ってふらっと出て行ったと思ったら
    いきなり「他の男との子供は育てる気はない」と言い出し電話ガチャ切り

    意味がわからない

    124 :名無しさん@おーぷん
    今妊娠7ヶ月の妊婦で義両親と同居。
    私眠り悪阻(寝ても寝ても眠り足りない、起きてるとひたすら吐く状態)とよだれ悪阻(通常時より唾液の分泌がものすごく増える状態)がある。
    そんな感じだから家事全般はトメさんとウトさんがやってくれてとても感謝してる。
    先日私が昼寝してたらお昼ご飯が出来たみたいで1階から私を呼んでくれたそうなんだけど熟睡してて気付かず。
    内線かけても出ないからもしかして体調悪いのか!?って心配してくれたウトさんが2階にやってきてリビングを覗いたらソファーの上で大股開いて白目むいて床に溢れるほど口から盛大によだれを垂らす私の姿を発見。
    嫁ちゃぁぁぁぁぁぁんんんんん!!!!って叫ばれて驚いて目を覚ましたんだけど、あの時はウトさんに本当に申し訳ないことをしたなぁ…。
    驚かせちゃってごめんね…って謝られたけどむしろこちらこそすみませんでした…。

    34 :愛とタヒの名無しさん 2014/11/07(金) 00:29:22.84 .net
    職場の先輩の新婦が元嫁の妹だった。その結婚式に俺が参列してしまい先輩の結婚式は不幸な出来事になってしまった。
    俺は離婚後に転職して今の職場になったし、再婚して現嫁の苗字になっていたから元嫁妹が準備の段階で気づく訳がなかった。俺も事前に新婦の名前を聞いていたが元嫁妹の名前はよくある名前なので気にもしていなかった。
    式の前に先輩から新婦を紹介され、お互い一瞬固まったが「初めまして」と愛想笑いですませた。元嫁親族は見て見ぬ振りをしてくれた。
    しかし友人のサプライズで行方不明の姉、つまり俺の元嫁がお祝いに駆けつけた為に自体は一転。
    離婚原因はよくある性格の不一致ってやつなのだが、元嫁は離婚時にウン百万の貯金と俺が集めていた腕時計コレクションを持って逃げた。
    元嫁両親は呆れて行方を探さなかった。(謝罪と返金の申し入れがあり貯金額は貰った)
    そんな事を知らない元嫁は式場で俺の姿に気づき発狂。「今更お金なんてないんだからね」などとのたうち回りながら登場5分ほどで退場していった。その後事情を説明し司会者が場を取りなして披露宴は続けた。
    5年たった今でも先輩夫婦には頭が上がらない。

    13 :名無しさん@おーぷん
    数年前から始まった修羅場が終息した

    事の起こりは俺と妻の結婚式から始まる
    両家顔合わせも済まし、式の準備をすすめる上で招待客のことを話し合っていると
    妻が俺側の兄嫁を呼ぶことを固く拒否した
    会ったのは顔合わせの一度きり、そこでは俺と妻は常に一緒にいたから何かあったわけでもない
    だけど俺以上に礼節を重んじる妻が理由もなく言い出すとも思えなくて、話を聞いた
    呼びたくない理由は「あの人不倫するから、そんな他人がアルバムに載るのは絶対いや」だった
    実際にしてる証拠でもあるのか聞いたけど、答えなかった
    だけど兄嫁を呼ぶなら式はしない、あなたが兄嫁の肩を持つなら結婚もしないと言い出した
    俺の両親に話すともちろんの事大激怒
    兄からは「そんな式こっちからお断りだ」と言われた
    両親には結婚を反対されたけど、妻が理由もなく言い出すとは考えられなくて、強行した
    式も行うことになり、兄と兄嫁と子供は形だけ招待状を送ったけど罵詈雑言を書かれて赤字で妻の名前、タヒねと書いてあった
    両親は俺は俺の立場を考えて式には出てくれた
    こんな結婚だったので俺は式のあと実家と疎遠になった
    妻に「謝らない?」と促したけど、妻は謝らなかった

    それから数年、兄の第二子が誕生した
    血液型が兄嫁B、兄Oに対して、子供がAB
    俺の家族、兄以外全員A型で兄嫁は兄だけ違うことをすっかり忘れてたらしい
    第一子がBだから「皆さんの型が半分入った血液型です」と嬉々として説明したそうだ
    当然誰の子?となり調べた結果、第一子も第二子も兄の子ではなかった
    しかも兄と付き合いだした頃、その頃兄嫁は20歳前ですでに結婚しており、兄との交際がすでに不倫だった
    しかも前の離婚理由が兄嫁の育児放棄による離婚
    18のときに子供を産んでたらしい
    ご丁寧に兄嫁は戸籍の書類上のバツも消してたんだって

    お決まりのように両親は妻へ責任転嫁を始めたが、兄がそれを止めた
    妻が指摘したとき思い当たる節があったのに調べない選択をしたのは兄だったと
    しばらく兄は抜け殻だったらしいが、昨日もう大丈夫と連絡があった
    立ち直ったようだ

    87 :名無しさん@お腹いっぱい。 2013/09/25(水) 09:27:32.03 .net
    やったぞー やっと旧嫁と離婚して新嫁と入籍できたー
    結婚式すっぽかされたマヌケな男から、×1だけどかわいい嫁もらった幸せな男になります

    とりあえず誰かにこの幸せを聞いて欲しかったんだ
    チラ裏スマン

    220 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/11/26(水) 15:36:02.40 ID:JyV7B+bF.net
    私が7歳の頃の話。
    父親が単身赴任で私は母親と暮らしていた。
    母親は自分の事は自分で、という教育方針で幼稚園の頃から自分の靴下や下着はお風呂入った時に手洗いするとか
    小学校に入ってからはお米を研いでご飯を炊くというとかお風呂洗ってお湯を溜める位の家事をお手伝いの範囲内でやらされていました。
    電子レンジの使い方も温める、位の事は出来ていました。
    そして住んでいる所が商店街を抜けた所にあったので、一人でおつかいに行くとお店のおじちゃんやおばちゃんが
    「あら◯子ちゃん、おつかい?えらいねー。」とおまけしてくれたりする場所に住んでいました。

    ある日家に帰ると母親がおらず置き手紙がありました。
    その手紙には「おかあさんはおでかけしてきます。」と書かれていて、今日はどこで何を買う、
    明日はどこで何を買う。と指示が書かれていて単純な私はそれに従って買い物をして
    やはり手紙に書いてあった通り、冷凍してあったご飯を食べていました。
    それをしていたのは二日三日だと思うのですが、大人には違和感を感じたんでしょう。
    揚げ物屋のおばちゃんに「○子ちゃん、おかあさんは?」と聞かれ、馬鹿正直におでかけ!お留守番なの!と答えると
    そのままお店に引きとめられて、おばちゃんの呼んだ近くの交番のお巡りさんとおばちゃんで家に帰り、
    手紙を見たお巡りさんがどこかへ電話をして、私は保護されました。
    夜遅くに父親がやって来て、大泣きしながら私を抱きしめてくれたのを覚えてます。
    結果的に母親は失踪。母方の祖父母にも何も言わず今でも行方不明です。
    私はしばらく少し離れた父方の祖父母の家に預けられましたが、その後こちらに戻ってきた父親と住むようになりました。
    母親に会いたいな、さみしいなと思った事もありましたがそれ以上に父親が愛情たっぷりに育ててくれ、今日私は20歳になりました。
    大人になるにしたがっていろいろ考えてしまいたまに内心修羅場になりますが、考えても仕方ない事はあまり考えず生きていこうと思っています。

    864 :名無しさん@おーぷん

    長文ですので何回かに分けます

    家族構成は

    現在 父 50代後半
    母 生きてれば50代前半(30代後半で鬼籍)
    私 30代前半(既女)
    妹 20代後半
    弟 20代前半

    私の一番古い記憶で唯一覚えているのが、私が多分5歳未満の時に私か妹のどちらかが父(以降は糞とする)に足首をもたれ当時住んでいたマンションの箪笥に投げ付けられた事
    投げ付けられた方も母も泣き喚いてたのが印象に残ってる

    それ以降の記憶はなくて、写真で見て「こんな事があったのか〜」位にしか覚えてない

    幼少の記憶はこんな感じで記憶は皆無に等しい

    ただ、唯一感じていたのは「糞は怖いから出来るだけ怒られない様に…」とだけ思ってた

    次の記憶は小学1年生の頃、指しゃぶりが治らず寝る時は必ず親指をしゃぶって寝ていたのを糞に、ガムテープでぐるぐる巻きにされ大泣きしていた
    「うるさい!」と、怒鳴られ殴られ蹴られ、暗い部屋の布団に1人寝かされ泣き疲れで寝たのを覚えている

    次は4年生位の時の誕生日
    嬉しくて楽しいハズの誕生日に、九九を覚えられないからと勉強机に向い泣きながら何度も何度も言わされ間違えたら殴られた
    それを当時流行りで買ったビデオカメラで撮影され、母方の実家に遊びに行った時に親戚一同に見せていた
    恥ずかしくて泣きたくて、集まって見てる部屋から出ていた
    何故か糞の実家では見せていなかった(理由は後述で)

    次は私が生きてきた中で第一の修羅場
    6年の時にそれは起きた
    真夜中、2段ベットの上で寝ていた時に(下は妹)トイレの音がした後に子供部屋に誰かが来た感覚がしたので母かな?と思った
    夜中に布団をかけ直してくれるのが母だったので気にもしなかった
    だけど違った
    糞だった
    糞は思春期真っ只中の私の胸を触ってきた
    ビックリしたのと怖さで目が開けられず、壁側にわざと寝返りし触られない様にしたのに糞の手は追いかけてきた
    耳元で「ハァハァ」言ってたのが気持ち悪かった
    そこから私の中で糞は父親ではなく、ただの気持ち悪い男と思う様になった

    270 :名無しさん@おーぷん
    もう離婚するかもしれん。
    金曜日が私の仕事納めだった。
    土曜日の早朝に義母から旦那に電話がかかってきて、体調が悪いので、
    私と旦那に大掃除を手伝ってほしいとのこと。
    そのことに関しては別に腹が立つってわけじゃなかった。
    でも今日の午前中に突然私たちのマンションにやってきて
    「あら大掃除の準備もまだなの?」って言うから、(義母はよくこういう事をする。
    たとえば、自分が人を呼びつけておいてその時間にする予定だったことが終わっていないと、
    さもだらしないみたいな言い方で嫌味を言う、みたいな感じ。なんかうまく説明できないけど、
    雰囲気でわかってもらいたい。)
    仕事と昨日の大掃除の疲れで起きるのが遅くなって起きたばっかりだったので、
    「すいませんね。昨日やる予定だったもんで、まだこれからなんですよ。」
    と言ってしまった。
    義母がむっとするのはわかったが、こっちもつかれててあまり余裕がなかったもんで、
    ほったらかしてしまったら、旦那に「お前悪気があって言ってるわけじゃなしほんとのこと言われて、
    なんなのあの態度。」って言うから頭に来てしまって、
    「悪気がなくてあれって私なんかよかよっぽど正確悪いよ。」って言ったら、
    ケンカになって実家行ったまま帰ってこない。
    なんかもう帰ってこなくていいわ。
    なんかこれからも同じことされるの耐えれそうにないわ。
    もう帰ってくんな。バカ旦那。

    262 :名無しさん@おーぷん

    ある〜日森の中、クマさんに〜出遭った♪(ガチで)

    何せ四〇男の幼少時のことなので多少記憶に変形があるかもしれん。
    おかしい点があったら見逃してほしい。
    自分は流血はしとらんが、クマさんは晩メシになったので若干のグロはあるかも?

    まず、クマに遭遇するに至った経緯から。

    自分は両親が離婚する際にそろって親権放棄したため、五歳の時から兄とセットで父方の祖父母に育てられた。兄は八歳。
    以降両親の消息は極最近まで知らんかった。
    祖父母が暮らしていたのは田舎というレベルを通り越した森の中の小さな集落だった。八歳の兄が通いはじめた小学校は児童の数が兄を含めて三人という分校で、近隣の集落の子供が通っていた。
    自分が通い始めて四人になったが、一年で最上級生だった子が卒業したためすぐに三人になり、自分の卒業と同時に廃校となった。
    新幹線を通すから立ち退けというお上のお達しで、今では地図から消え去っている。
    集落での生活はほぼ自給自足か、海と山の恵みを頂くことで成り立っていた。
    最寄りのスーパーまで車で二時間かかったと記憶している。
    森の中なのに海?と思われるかもしれんが、
    わかりやすく言えば坂を下れば海で登れば山一帯(森の入り口)だと思ってくれればいい。
    だいたいどこの家も畑を持っていて、小屋で鶏を飼っていた。
    海派の爺さん婆さんが漁の結果を分け、山派の爺さん婆さんが撃ってきた肉を分け合うって感じのことが普通に行われていた。

    うちの祖父母は山派だった。
    五歳で祖父母が暮らす畢竟に移ってきたものの、学齢前で学校もないし友達もいない自分は、だいたいいつもぶーたれながら祖父母の言うままパシリになっていた。

    クマさんに遭遇したのは六歳になって少しした頃。
    山菜か薪(風呂が薪だった)をとりに祖父と山の奥に入った。
    祖父は山の奥に入る時は必ず猟銃を持っていたが、これは用心のためでいつものことだった。
    これはうちの祖父に限ったことではない。
    本格的に撃ちに行くときは複数で行っていた。
    山の奥と言っても六歳の子供を連れていたのでほんのちょい奥。軽トラで一,二分のところ。
    祖父の言いつけ通り子供なりに手伝っていたのだが、そこでばったりクマさんと遭遇☆
    野生のリアル熊。それまで動物園の中や、肉になった姿しか見たことはなく、自分失禁。

    超絶怖くてパニックになったが、祖父が言った「晩メシが向こうから来た」は妙にはっきり聞こえた。

    230 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/06/09(月) 13:48:32.24 ID:XiLrJDHY.net
    元彼が金持ちになっていた

    同業他社の元彼の人生目標は「40迄にまとまった金貯めてセミリタイヤ」だった
    各種投資を勉強し手を出しては損ばっかりだったので説教して辞めさせた

    すれ違いが多くなり話し合いで別れ→数年後良縁あり私結婚→出産→さらに数年後の今年仕事復帰した

    今年4月職場での歓送迎会に元彼がいてお互いびっくりした
    元彼は辞める方でどこか田舎で暮らすとか挨拶していたのでまさかと思い聞いたらお金がたまったと内緒で教えてくれた
    その額1億*\(^o^)/*証拠記念写真も見せて貰った誰にも話せないらしい
    よくわからんないがFX?で何回かの日銀カイ入?とアベノミクスらしい

    ・もし私と結婚したとしたら辞めてたので儲けていない
    ・私には素敵な旦那と可愛い娘がいて幸せ

    なのでお互い良かったねみたいな感じで当然連絡先なども交換せず終了した

    あれから2ヶ月、なんとなく心が落ち着かない
    元彼本人の事は全く考えないのだが、じゃれてる旦那と娘をみながら「これは1億以上の価値がある」とか考えてしまう…
    自分がこんなに欲深いというかあさましい
    とは思わなかった心の修羅場

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