因果応報

    87 :鬼女日記 2015/08/29(土) 12:25:19 ID:/RXNo9JZ0.net
    因果応報というか塞翁が馬かもしれないけど、私と元友人の話。長いです。

    私も友人は同じ小学校出身で、ふたりとも家庭の事情で精神的に病んでいた。
    同窓会で再会し、それ以降ベタベタの親友ではないけれどディープな話をする相手としてたまに連絡を取り合っていた。
    しばらくして私も友人も結婚した。
    友人は拝み倒され結婚し、親からも祝福され、豪華な結婚式をした。
    私は暴力と束縛が日に日に強くなる実家から逃げるように結婚した。
    それからも友人とのやりとりは続いたけど、お互いの結婚生活は正反対だった。
    友人は両家の全面的支援と、優しく病に理解のある夫のもとで悠々自適に暮らしていた。
    片や、私は親から逃げるために新卒で入った会社をやめたので、就職活動と生きていくために深夜までバイトと派遣に行っていた。
    私と結婚するやいなや、夫は仕事を辞め転職活動をしていたので、生きるためにバイトで食いつなぐしかなかった。
    しかし、夫は、私の家事が上達するように、という名目で、ずっと家にいるのに全く家事はやらなかったし、
    教育という大義名分の元、できてない所があれば徹夜ででも、すべて私にやらせた。
    生活保護よりもずっと切迫した生活だったけど実家に居場所がばれることをおそれ申請できなかった。
    そんな、生活のなかで、唯一の女友達である友人と短い時間話すのは息をつけるところだった。
    自分の逼迫した状況を話すと、友人はうんうん、と頷きそして、いかに友人が今幸せかを聞かせた。
    「鬱病で動けなくても、タヒなないでそばに居てくれるだけでいいといってくれる」と旦那に惚気ける友人の話を聞き、
    リストカットを繰り返していた彼女が幸せになっているのを聞き、そうか良かったと思える時間が大切だった。
    今となっては、ずいぶん、若い頃の私は汚れてなかったと思うけど。
    しかし、友人が妊娠したという報告を聞いた頃から少しずつ私側が歪んでいった。
    私はなんとかそれなりに安定した職にこぎつけ、夫も資格をとり、採用が決まっていた。
    一時期のハードすぎる生活から、かなり安定した生活を手に入れていた。
     つづきます。

    290 :鬼女日記 2018/07/18(水) 06:09:50 ID:JLSOUVtp.net
    網戸にしてたらいつの間にか裏口からぬるりと入ってきて冷蔵庫開けてた放置子。
    おばちゃんジュースとかアイスないの
    ~と言うから、勝手に人の家に入るんじゃない!ジュースもアイスもない!さっさと帰りなと言ったら、え~使えないな~と言われて頭真っ白になってしまった。
    「お前に使われてたまるか。二度と顔見せるな。私はあんたが大嫌いなんだよ。」
    と言ったらびっくりして慌てて帰っていったけど、帰り道で御近所のおばあちゃんたちに、あのおばちゃんにこう言われた!ってチクってたみたい。おばあちゃんたちは
    「その通りだがね」
    「うちにも来なくていいでな」
    「私さんがそこまで言うなんて、あんたよっぽどなことしたんでねえの」
    と言い返してくれてたけど。
    2歳の娘に、おむつはいてるの?パソツ?どんなの?とか言ってきたり気持ち悪かったから(だっこしてさわらせなかった)もう来ないといい。

    709 :鬼女日記 2012/09/21(金) 13:16:07 i
    姉の話。解決したので。
    夫の浮気・借金バレで1年で離婚した姉夫婦。(子供なし)
    家柄自慢がひどい夫は、先祖が武士だったことが自慢だそうで、
    うちの実家をバカにしてた。

    離婚後、昔習ってた茶道を再開した姉。
    教室で知り合った男性.と再婚。
    元妻が再婚したと人づてに知った元夫。
    どうせ相手は、貧乏人だろ~。
    笑ってやろうと友人達に探りを入れて、現夫が金持ちと知る。

    901 :鬼女日記 2012/08/30(木) 09:55:32 0
    兄嫁の母親が倒れたので、兄夫婦が実家の家族会議に出席した際、
    兄が「嫁が介護に通うことも認められないし、金銭的援助出来ない」と宣言してきたらしい。
    どうしても看たいなら、離婚届に判を押してから、とも。
    相当責められたらしいけど
    「自分はされた事をしただけ」「そういう覚悟は嫁にも義母にもあったはず」
    で押し切ったって。

    私の母が寝たきりになった時に、兄嫁が吐いたセリフと同じことを言っただけ。
    人の生きタヒにに便乗した復讐も褒められたもんじゃないけど
    兄嫁も兄嫁母も人として尊敬できないので、兄GJ!

    476 :鬼女日記 2019/04/29(月) 01:30:46 ID:c3GgLw0x.net
    GW明けに日本を出るので記念カキコ。
    そしてかなり長くなってしまった…。

    私は中学生の時にいじめられてた。
    いじめられてた原因とかきっかけはもう忘れてしまったけど、小学生の時から仲良くしてた友達からも無視をされるようになったのがきっかけで不登校に。

    不憫に思った祖母が私にお菓子作りを教えてくれた。
    祖母は菓子職人としてフランスで働いてた事があるすごい人で、それを知っていた私はとても嬉しかった。
    「あんたは腕がいいね」といつも褒めてくれたこともあり、私は「大人になったらおばあちゃんのような菓子職人になる!」といつも言っていた。
    勉強は兄や姉が教えてくれていたので学力も落とさずに高校受験を迎えることができ、私は祖母に言ったように製菓系の高校に入学した。

    その後は専門進学→海外で修行→30歳の時に日本に帰ってきて自分の店を開いた。
    どこに店を出すか悩んだけど、2~3年でまた海外に戻り、自分の店を出すつもりでいたので祖母への恩返しも込めて地元の近くに店を出した。

    長くなったけどこれが前提。
    分けます。

    830 :鬼女日記 2009/12/19(土) 22:06:45 ID:YHgurAP7
    三行で書いてみる。

    2ヶ月前に軽ワゴン盗まれ盗難届け出した。
    今日の午前、同じ幼稚園に通うAママ事故る盗難車と判明。
    さっき警察から帰ってきた。疲れたよ。

    675 :鬼女日記 2010/02/25(木) 10:43:01 ID:Fmka9YV3
    ちょっとスレチになるかもだけど、小学校5-6年の2年間醜いいじめに遭いました。
    生ゴミが机に入っていたり、画鋲を椅子にはりつけられたり、体操着や靴を燃やされ先生には「忘れました」と言い訳、怒られる日々。
    机ごとどこかになくなっていたり。中心は4年生のときにすごく仲良かった子達。
    私が塾に行き始めて中学受験をすることが気に食わなかったらしい。
    中でもボスは同じマンションのすぐ上の階。毎日迎えに来ては、道中私がいかないダメな人間で、彼女がいかにすばらしいかを聞かされた。
    逃げ場もなく、親にも言えず(言ったら学校や本人に言われ、ますますいじめがひどくなると思って)。
    毎日タヒにたいと思い続けたある日、「タヒんだり不登校になったら負けだ。あの子たちは精神的にかわいそうな子達だ」と思うことにして、勉強に没頭。
    ひたすら落ちずに同じ中学校行かないで済むことに注力。
    結果、受験合格したと知ったとたんいじめはなくなった。

    2年後ばったりその中の一人と道ばたでばったり。
    ボスは逆にいじめられるようになり、その子は「私の親は仕事ばかりでかまってくれない。学校での成績も気にしてくれない。
    塾に行かせてもらえて、あなたのことを考えてくれたり、毎日おやつを作ってくれる親がいてうらやましかった。ごめんね。」と。
    そのときやはり因果応報というか、自分のしたことは返ってくるものなんだ、といじめに遭っているボスの話を聞いて思った。

    565 :鬼女日記 2016/08/24(水) 16:34:35 O.net
    私達の結婚に反対してくれたコトメが破談になった
    破談の理由は、先方の姉妹が大反対したからだってさw

    ごめんなさいって謝ってきたけど許すわけないでしょw
    お前が散々暴れたから、結婚式挙げられなかったんだから
    お前が散々暴れたから、私父のコネで内定が決まっていたコウト君は泣く泣く辞退したんだよ

    因果応報ってあるんだね、ざまぁみろ!

    192 :鬼女日記 2014/10/16(木) 20:47:06 ID:g8afQ2Zj.net
    数年前の話。中学生時代から関係が続いている友人から、突然結婚式の招待状が届いた。
    数ヶ月前に入籍して、海外で挙式したのは聞いていたし、日本ではしないんだろうなと思っていたから驚いたんだけど、まぁそういうこともあるのかなんて考えながら招待状を確認。
    日程は1ヶ月後で、さらにスピーチを頼むという印刷されたメモが入っていた。
    何の打診もなく突然届けられて、しかも自筆のメッセージも何もなく、スピーチをお願いしますという式場のテンプレ的なメモがぺらっと入ってるだけの招待状なんて、私は初めて見た。
    中学生の頃から独善的で、必ず誰か敵を作っていびって孤立させたり、あらゆる悪口を周囲に吹き込んだり、なにか気に入らないことがあれば攻撃ばっかりしてきた彼女の行動を思い返すと、どうしても快くお祝いする気持ちにはなれなかった。

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