983 :名無しさん@HOME 2015/02/20(金) 17:45:17.80 0.net
叔父と母が喧嘩した時
うちは多くの土地と、ある程度の発言力を持った富裕農家、地元では良く豪農と揶揄される。
家名を大事にする家柄で世間体と言うものも相当に気にする。まあ典型的な自惚れが過ぎた自称名家。

自分はそのせいで幼い頃から生け花、茶道、習字、琴などの家庭教師を充てがわれ、同年代の子と遊ぶことすら阻まれて過ごしてきた。
身に付いて良かったと思う技能もあると今では実感出来るけれども幼い頃は窮屈でしょうがなかった。

そんな息苦しい家庭環境の中で叔父と過ごす時間は唯一の楽しみだった。

叔父は科学者で植物学、地質学、天文学など専門外の知識にも明るく、わからないことはなんでも答えてくれる博識な人だった。
一方でエキセントリックな面も多分にあり、教授の論文を真っ向から否定し、ドロップキックを浴びせ学会から追放されたこともある。
肩書きや家柄などの俗物と言われるものに執着しないボヘミアンな叔父に自分は憧れていた

小学3年生の夏休み。家出したいと叔父に言ったら叔父は自分を連れ出してくれた