384 :鬼女日記 2015/12/26(土) 03:53:37 ID:Ljg
テレビとかで見る幸せな家庭像のおかげで、自分の家がおかしいことには割と早い段階で気づけた
母は姉を虐待していた

俺は特に門限や娯楽に制限をかけられなかった。体罰もなかった。自由で穏やかな子供時代を過ごした
進路もこちらの意思に委ねられたし、進学に伴う費用も気にしなくてよかった

だが六つ上の姉は本当に辛い子供時代を過ごしたと思う
平手打ち、顔面を床に叩き付けられる、髪の毛を掴まれる、馬鹿、タヒねと言われる等々、小さい時から暴力暴言のオンパレード
姉の血を見たこともあった
無意味な制限も多かった。門限も異様に早く定められていたし、少しでも過ぎれば野外で寝ろと言われていた
母親の気分で怒鳴られて、食事の味付けを罵られて(何故か姉が家事を担当していた)、携帯を奪われて、布団を与えられず、姉はいつも母親の顔を窺っていた
高校を卒業したら家事手伝いになれ、外で働いて擦れたら貰い手がなくなる、と言われて学費は出してもらえていなかった

確かに俺は母親に大事にされた
だが間近で苦しむ姉を直視させられる苦しみが、母から与えられた利益を上回ってしまった

一人立ちしてから一度も家に帰らなかった。姉も帰らなかったと思う。
「私がタヒんでから後悔しても遅い」
「私と和解するチャンスを失うより、今謝った方が賢い」
呪詛の手紙が届く度、姉は吐き気に苦しんで、俺は何度も姉の見舞いに行った。
幸いにして臨床心理士の妻が嫁に同情してくれて、嫁の話を聞いてくれていた
姉が母親の呪詛に負けて帰ってしまうのではないか、俺もいつか後悔するのだろうか
母親がタヒぬまでの心境が修羅場だった

母が亡くなったと聞かされて、葬式にも来なくていいと伯母に言われて、遺産の相続なども放棄すると伝えた時、俺が感じたのは後悔じゃなかった
胸が軽くなって、温かくなった。眉間にずっと入っていた力も抜けた
俺は確かに安堵していた

体調を崩して不定期に休んでしまうからと短期のバイトを点々としていた姉はバイト先で正社員として雇われた
姉の心境はわからない
ただ、昔よりはるかに明るい顔をしていることはわかる