感動

    831 :鬼女日記 2004/08/24(火) 00:43:00 ID:H9Y+O3aJ
    4年前、まだ学生だったころのわしの体験談。
    深夜に、ラーメン屋に入って、肉ねぎ炒め定食を食っていた。
    そこへ入ってきた、若い疲れた感じのお姉さん。たぶん、働いている人だったはず。
    店のテーブル席は埋まっていたので、お姉さんはわしの隣のカウンター席に座った。
    そのお姉さんは、ラーメンのみを頼んだ。530円。税込。
    しばらくしてラーメンが来て、お姉さんが食べ始めたと思ったら、
    そのお姉さんがびっくりした表情を浮かべている。

    ふと店員を見ると、意味ありげな表情を浮かべている。

    ふと横を見ると、お姉さんのどんぶりのそこに、厚切りチャーシューが
    これでもか!!
    というぐらいに敷き詰められているのが見えた。
    その上には普通にラーメンだから、見た目は普通のラーメン。
    実質、チャーシュー大盛チャーシューメン。

    たぶん、疲れた感じのお姉さんを見て、店員さんがサービスしたんだろう。
    ええはなしや・・・わしはちょっと胸がスーッとした。

    でもお姉さんの胸は、むかついていたようだ。怒っていた、という意味ではなくて。
    がんばって完食した、疲れた感じの若いお姉さん、GJですた。

    678 :鬼女日記 2017/12/13(水) 01:05:32 ID:BB7
    こういうのってよくある話かもしれないけど、自分には衝撃だった話。
    昔介護の仕事をしていて、業務で利用者を自宅に送迎するんだけど、その時物を貰うことがある。
    勤め先では千円程度の現金以外の物ならご厚意に甘えるということで貰うようにしていた。
    で、その中で箱に入った羊羮をもらったんだけど、帰って開けたら金の延べ棒だった。
    自分を孫と信じて疑わない人で一緒に入ってた手紙には「大学に行くために夜も働いて親に迷惑をかけないようにしているあなたが私の誇りです。ばあちゃんにはこんなことしか出来ないけど役立てて下さい」みたいなことが書いてあってメッチャ感動した。
    金を返すときにその事を話すと、うちに大学に行った人はいないと。子供はいるけど16歳で結婚した娘とその子供くらいだけど…誰と勘違いしてるのかしら?と。
    感動を返せと思った。

    684 :鬼女日記 2017/01/16(月) 19:38:04 ID:6eZ
    娘が2歳のとき、街中で暴漢に襲われたことがある
    相手は知的な障害のある人だったんだけど、ふいに何かがスイッチになってパニックになったらしくて
    周りにたくさん人がいる中で、私の娘を標的に定めて襲ってきた
    とっさに娘を抱え込んで亀みたいな体勢になるのが精一杯だった
    結果的に私は肋骨と骨盤を骨折して内臓が一部破裂したけど、娘は服が汚れただけで済んだ
    精神的な傷が怖くてずっと経過を観察してきたけど、特に記憶にも残らなかったみたいで
    トラウマめいたこともなく、無事に成人してくれた

    それから20数年たって、娘が嫁いでいくことになった
    結婚前にお婿さんがうちに来て、お酒を飲みながら皆で娘の小さい頃の話なんかしてたんだけど
    娘が「小さい頃、お母さんに襲われたことがあったよね」って言い出してええってなった
    話を整理すると、
    ・デパートの前で大きなぬいぐるみを見てたらいきなりお母さんが抱きついてきた
    ・苦しくて離してって叫んでたのに離してくれなくてすごく怖かった
    ・お母さんの顔がすごく険しくて、かっと見開いた目が怖かった
    娘の見た光景は、確かに暴漢に襲われたときのものと一致してた

    これまで娘の傷を刺激してはいけないと思って当時のことは話したことがなかったんだけど
    まさかそういうふうに記憶していたとはorz
    真相を話したら驚いてたよw
    そのあと披露宴で、母への手紙でその話に触れて
    「私に子供ができたら、きっとお母さんみたいに命がけで子供を守れるような母親になります」
    って言ってくれて泣けたw

    すごく痛い思いをしたけど、今じゃ笑い話にできてよかった

    1 :鬼女日記 2016/04/13(水) 13:57:27 ID:m5a3R37n.net
    高校の時、中学の同級生とバスの中でばったり会った

    その子は当時で三桁近い子で正直かわいいとは…はっきりいってブスだった
    女子達からも陰で馬鹿にされていたりしていた
    でも凄く優しい子で、そんな風に馬鹿にされたり意地悪されても前向きでさ
    文化祭とかイベントでも嫌な仕事を進んでやるような子

    バスを降りると、その子が、モジモジしながら、

    「あのね、ごめん
    迷惑ってわかるけど
    私、〇〇がずっと好きだった
    あ、いやいや、答えなくていいんだ
    ただ気持ちを伝えることができただけで満足なんだ」

    といきなりの告白
    正直引いた
    引いてたんだけど俺、この子が人として嫌いにはなれなかった

    それで
    俺、ありがとうってよかったら
    また連絡してくれよ
    ってその場の思いつきで携帯の番号渡した


    彼女から時々電話くれたりメールで話したりした
    たわいもない話だった
    中学の同級生がどうなったとか
    高校生活の様子とか
    テレビの話とか
    告白のことや付き合って欲しいということは彼女からは一切出なかった
    俺も意識的にそういう話は避けていた

    不思議なことに
    そうやって連絡はしてるけど、バスでまた会うことはなかった

    高校卒業しても大学卒業しても
    社会人になっても1か月に一回あるかないかに減ったものの連絡は続いていた
    何が楽しかったわけでもない
    ただ彼女は話上手で聞上手だった 👀
    Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)

    100 :鬼女日記 2015/10/31(土) 19:52:42 O.net
    誰もいなそうなので私が恥ずかしい話を書き捨て
    奥さんの浮気で離婚した、連れ子(女の子)のいる男性と結婚した
    女の子は小学生で、母親が悪いと言う事は理解していても納得出来てはいなかった
    しかも奥さんはとても綺麗でスタイルも良かったらしく、デブで容姿も並以下の私が突然現れてお母さんだと言われても受け入れられる筈も無く、敵意や嫌悪の視線が凄かった
    でも蟠りはいつか解けると信じてぎくしゃくしながらも生活を始めた
    おはよう、良く寝られた?お帰りなさい、ご飯にしようか?宿題はやった?と聞いただけで、あんたなんかお母さんじゃない!偉そうにしないで!と反抗される
    でも当たり前だよね、私がお母さんだなんて納得いかないよねと思ってたから、寧ろ反応してくれるのが嬉しくてウザい!と言われても声掛けはしていた
    そんなある日

    898 :鬼女日記 2014/12/16(火) 13:16:40 ID:???
    衝撃的というほどでもないんだが、昔働いてた会社の顧客に盲目の男性が2人いた。
    2人とも既婚で、どちらのご家族とも会う機会があった。

    片方の男性の奥様は、会った瞬間音が消え、時が止まるような美人だった。

    片方の男性の奥様は、「お嬢さんですか?」と訊いたら「家内です」と笑って返された。

    どちらの奥様も外見にコンプレックスを持っていて(美人すぎて男性に内面ガン無視される、
    背がかなり低い&童顔でDV系キモロリしか寄ってこない)、結局外見で判断しようのない
    人と一緒になったとの話をしてた。

    なんだかすごい話だなと思ったが、とりあえずみんな大変幸せそうだったので、これもまた天の配剤
    なのだなと少し感動した。

    173 :名無しさん@お腹いっぱい。 2016/03/12(土) 13:24:20.70 .net
    昨日とうとう還暦を迎えた。
    娘(26)は俺の好きなビールの6缶入りパック(普段飲んでるのは発泡酒)と、
    手編みの赤いネックウォーマーをプレゼントしてくれた。
    収入が障害基礎年金しかない娘にはビール6缶の値段も高額だったろうし、
    ネックウォーマーはここ一月くらい家でもデイケアでもひたすら編んでいたと嫁から聞いた。
    普通に座っていることも辛い娘は、家ではベットにうつぶせて編んでいたという。
    娘からプレゼントを受け取った時は笑顔で喜んだけど、
    娘が寝た後嫁にその話を聞いて号泣してしまった。俺の娘可愛いを通り越して尊い。
    こんな優しい子がなんで20代の花の盛りを病院とデイケアで過ごさなければならないのか…

    794 :名無しさん@おーぷん
    姉は両親の顔のパーツで福笑いでもしたの?と言っても過言では無いブス。
    小さい頃から周りにからかわれていたが、同居の父方祖母の「いつか中身を見てくれる男が現れる。だから中身を磨け」という教育方針の下、適度に厳しく育てられた。
    姉は顔パーツのバランスは残念なままたが、幸い歯並びやニキビなどの美容形成に頼らなくとも済む部分に関しては問題なく、料理を始めとした家事や教養などは身内から見ても完璧と言える女性に成長した。
    姉が旦那さん(以下義兄)と出会ったのは大学の食堂。姉の魚の食べ方の綺麗さに義兄が興味を持ち、そこから話をするようになったそう。
    義兄曰わく、世間話一つとっても育ちの良さが伝わってきたらしくどんどん惹かれていったんだとか。
    大学卒業を控え、義兄が我が家に姉と交際している件と結婚も視野に入れている話をした。
    両親と祖母はその場では手放しで喜ぶような真似はしなかった。が、その日の夜祖母と母は泣きながら「自分たちの育て方は間違っていなかった。あの子の努力が実を結んで良かった」
    と話していたのは10年近く経った今でも良く覚えている。
    なんでこんな話を書いたかというと、最近コミックサイトので整形した女性が子どもを産んだら昔の自分そっくりのブスだった。みたいなマンガを見かけたので。
    マンガそのものは読んでいないが、もし姉も安易に整形などに頼っていたら今の人生は歩めていなかったんだろうなぁ。と思ったので。

    694 :名無しさん@おーぷん
    どこの板に書いたらいいか分からなかったので投下失礼します。
    長いので苦手な方は飛ばしてくださいm(_ _)m

    私がまだ社会人になりたてだった数年前。
    会社は家から近かったものの一人暮らしをしたかった私は実家から近距離一人暮らししていました。

    当時はお金もなかったので会社には毎日お弁当を持って行っていて、
    毎日作るのも面倒くさいので週末にまとめて作る→冷凍。
    まとめ作りにはアパートのキッチンは狭すぎたので実家で料理していました。
    (ガス代などのお礼としては風呂掃除や重い買い物に車を出すなど)

    作ったあとすぐには小分け・冷凍できないので大皿で机に置いておくと、
    土日は仕事の父親が帰ってきたら毎回つまみぐい。
    目を離した隙に3分の一くらい食べる。少ない給料でやりくりしていたので怒る私。
    これはお弁当用、と言っても何回も食べられたので、とうとう
    「目に見えたもの全部食べるなんてル○バか!」と怒鳴り、
    それ以降つまみ食いはなくなりました。

    ある日同じように煮物を大量製作したところ失敗…。
    まさかの醤油とソースを間違えるという典型的ミスをして当然ゲロマズ。
    母親には「バカね〜」と爆笑されたものの、材料費はもったいないし
    毒ではないから…と我慢して食べようと放置。

    少し昼寝して起きてみるとその煮物がからっぽ。そして置いてあるメモに
    「お腹がすきすぎて食べました。ごめん。ル○バより」と。

    そして母親から「これお父さんからお詫びにって」と、
    私の大好きな近所の肉屋さんのコロッケが大量に渡されました。
    「私の作るごはんは健康的すぎなんですってよ。
    あんたのご飯はがっつり目でうまいからつい食べちゃうって言ってたよ。
    んで、今日は失敗して○○(私)が落ち込んでたって言ったらこの有様。
    ほんと娘には甘い」とも。
    (ちなみに母親はメシウマですが、野菜多めで揚げ物は嫌い。健康的)

    私の前では褒めたりはせずに「腹減ってたから」しか言わなかったお父さん。
    昔から「目玉焼きにはしょう油だろ!」とソースがあまり好きじゃないお父さん。
    どんな思いで失敗作のソース味煮物を食べてくれたんだろうと思って
    ごめんねありがとうと号泣

    それ以降はお弁当を作る日の夜ご飯も私が作ることにしました。
    先日お父さんが還暦を迎えて、年に数回しかない大好物揚げ物パーティーをしたので記念カキコ。

    549 :名無しさん@お腹いっぱい。 2017/04/28(金) 18:39:18.60 ID:N24FpkqE0.net
    嫁と出会ったのは小学校3年の時
    俺が一目惚れした
    中学校に上がって中二でやっと嫁と同じクラスになり
    そこで初めて嫁と会話ができるようになった
    クラスの中で嫁を含め男2人女4人の仲良しグループになったが
    3年に進級するとき嫁は親の転勤で他県に引越し
    高校になっても女子は連絡とっていたらしいが俺と親友正則♂は仲良し女子と疎遠になっていった
    高校卒業し俺は他県に就職し4年でUターン(地元に転勤)
    23歳で営業所の主任(会社最年少)に昇格し毎日が午前様
    26歳で営業所の所長に昇格(課長待遇)になり営業所の方針で
    効率よく仕事をこなすやり方でできるだけ残業抑えて定時内で帰宅できるように改善していった
    28歳になり社内売上一位と最大のコスト削減で表彰され課長から次長に昇格した
    気づけば恋人も作らず会社のために突っ走てて周りから見合いなど進められていた
    そんな時に正則から同窓会の誘いがあった
    久しぶりにあった同級生はみんな大人になりそれぞれの生活を築いていた

    そこに15年ぶりに嫁と再会した
    嫁は高校卒業とともに地元の大学に進学していて戻ってきていた
    聞けば俺の会社の下請けで働いていた
    それから同窓会で盛り上がり2次会で2人で抜け出し嫁から告白された
    嫁はずっと俺のことが好きだったらしい
    まさかの両思いで俺もテンションが上がり気が付けば嫁の部屋に転がり込んでいた
    そこで初めて嫁と結ばれた。恥ずかしながらお互い初めて同士だった

    嫁は15年想い続けてやっと結ばれたと号泣
    俺は改めて結婚を前提に交際を申し込んだら嫁は過呼吸になりカオスと化したw

    再開から1年で結婚した
    子供も3人生まれた。子供たちは俺と嫁が出会った小学校に通っている
    小学校の卒業記念に制作した木彫りの自画像が飾ってあるんだが
    子供が言うには嫁の木彫りの裏に俺との相合傘を彫っているらしい

    その子供たちも嫁いでいった

    54歳で嫁が癌で先立った
    嫁の最後の言葉は
    「幸せでした」
    苦しかったろうに、それでも最後の言葉を振り絞った嫁に「俺のほうこそ幸せだった。ありがとう」と笑顔で見送った

    今でも小学校の木彫りを見に行っては嫁を思い出している

    陽子愛している。もうすぐお前のそばに行くよ

    244 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/ 2015/07/28(火) 17:11:02.18 ID:pxv67ZyX.net
    2歳4ヶ月の上の子。
    私が高熱出してしまって、上の子の朝食に食パン一枚引っ張り出すのが精一杯だった時に「お母さん半分こしよ、元気になーれ!」って言って布団まで持ってきてくれて涙出た。
    何も塗ってない、焼いてすらない食パンなのに「美味しいよね!」とニコニコ食べてくれて、本当に申し訳なかった。
    5ヶ月の下の子のことも上の子なりに凄く可愛がってくれるし、二人とも凄く可愛いよ。

    824 :名無しさん@おーぷん
    俺と嫁は子どもの頃同じ施設にいた
    施設に来る前は、二人とも親からもう少しでタヒんでたくらいの虐待を受けてた
    高卒で就職して二十歳で結婚したが
    家族というものがよく分からなくていつも不安だった
    ある時嫁が妊娠して不安はピークになった
    嫁は虐待の影響でほとんど生理がなくて子どもはできないと思っていた
    それが突然の妊娠で嫁も俺もほとんどパニックになった
    まともな親になんかなれるわけがない、きっと子供を杀殳してしまうと思った
    俺は怖くて最低だがおろしてほしいと嫁に言った
    嫁も怖がっていてそうするしかないよねと言った
    でも嫁は迷っているようだった
    そんな嫁を見ていたら俺もどうして大好きな嫁との間にできた命を消さなきゃならないんだろうと迷いが出てきた
    でも絶対に不幸にする、ひどいことをしてしまう、親と同じになってしまう
    そればかりぐるぐる考えていた
    結論がでないうちに嫁が倒れて病院に運ばれた、切迫流産だった
    俺の会社の社長が病院に来てくれて
    俺は思わず社長に打ち明けた
    自分たちが親になれる人間ではないこと
    でもおろす決断もできないこと
    そしたら社長は、自分が見張ってて親としてもう駄目だと思ったらすぐに子供を引き取って責任をもって育てると言ってくれた
    例えば俺たちが子供を虐待したり、親として失格だったりしたら
    子供を杀殳したりひどい目にあわせたりする前に子供を守ってくれると言った
    言葉だけじゃなくて、社長の奥さんにもちゃんと話してくれた

    963 :名無しさん@おーぷん
    埋めついでに俺の鉄板ネタを書こう。
    俺は昔サンフランシスコで学生やってた。ホテルに住み込みで朝晩の厨房の手伝いをすると一月の家賃が300ドル位になってお得だった。

    そしてアメリカンなビュッフェスタイルで大量生産するもんだからそこでは大量に毎日残飯が発生する。

    それを俺は使い捨てのパックにこっそり詰めて物乞いのおっさんにくれてやってた。
    周りは留学生ばっかでネイティブの話し相手が欲しかっただけ。元金融会社でアボーンした男で当時40前半。名前はアビー。

    で、ある晩、日本人仲間の送別会でしこたま飲んだ俺は酔っ払い千鳥足でホテルに戻ろうとしたところ白人のヒゲづらおっさん二人に羽交い締めにされ殴られ蹴られ俺虫の息で身ぐるみ全部剥がされガチで車と車の間に捨てられてたらしい。
    歯は前四本折れ肋骨はヒビ、鼻も折られておいわさん状態、太ももは刃物で刺され貫通。手の指は全部逆に折られた。
    犯人は捕まらずキャッシュカードの番号を聞きだそうと拷問されたんじゃないかと警察は言ってた。

    約半年入院、ビザの関係もあったし流石に帰国することにした。アメリカ恐すぎwww
    最後に仲良かった人たちに別れを告げアビーには何で怪我したかなどは言わずにジャックインザボックスというバーガー屋で最後は一緒に飯食った。
    「お前は良い奴だから良いこと有るよ。グッドラック」と言われたのは忘れられない。

    それから12年後の一昨年、俺はとある機械部品の売り込みのため出張でサンフランシスコを経由することになった。
    流石に俺はぶるっちまってたけどアビーに会えるんじゃないかと期待してた。

    がサンフランシスコは浮浪者が溢れているからそんな上手いこと見つかるわけもなく、しゃーねーなと思い翌日上司と近くの町サニーベールに向かい取引先に行った。

    で、担当者と会ったときお互いに「あれ?」と不思議な表情になってたと思う。ポカーンみたいな。
    上司も俺と担当者の空気を不思議に思って「もしかして知り合い?君、昔サンフランシスコに居たんだよね?」と言ったのがきっかけで思わず
    俺「アビー?」
    と聞くと
    担当者「オーマイガーオーマイガーオーマイガー!」
    と泣きだし抱き着いてきた。

    アビー「やはりお前だったか!オーマイガーオーマイガーオーマイガー!タヒにそうだったお前を見たとき俺は俺は俺は俺は!お前だけだった、俺をあの時人として扱ってくれたのは!お前が居なくなってまた一人ぼっちになってこのままじゃいけないと思って俺はここまで頑張ってきたんだ!」

    なんか二人で号泣して上司はポカーンとしてたw

    アビーは当時は何も言わなかったがぼろ雑巾の俺を見つけ救急車呼んでくれた人だった。病院でも警察でも把握してなくて誰が呼んでくれたのかは謎だったがその時真実がやっと解ったんだ。思わず「アイラーーービューーー!」と叫んでしまった。
    もう商談どころの騒ぎじゃなかった。

    そのあとは家に上司とともに招待され奥さんと奥さんの連れ子の娘さんに大歓迎された。その後も半年周期で出張で会って交流してる。

    奥さんの連れ子が超可愛い短大生で「アビー、嫁にくれwww」と言ったら「おおお、俺は良いと思うぞ!」と娘に無断でメール教えてくれたw
    始めは娘さんは彼氏居るからなーと乗り気じゃなかったけど今は別れて彼氏居ないらしい。
    今度の夏に親子で日本に遊びに来ることになったので落としたると気合い入れてる。
    アビーは俺のことを誰かに紹介するとき「俺の息子だ!」と紹介してくれる。
    実の父は顔も知らないから娘さんのことは抜きにしてもアビーは俺の父親だと思ってる。

    というおっさんと俺の愛の思い出話。


    625 :名無しさん@HOME 2016/02/15(月) 01:33:46.70 0.net
    今日のトメ。
    本棚の掃除をしていたら懐しい成人式のアルバムを発見。
    トメさんに見せたら懐しいねーってよくとってあったねって。

    捨てられるわけないじゃないですか。
    実母が毒で学費も成人式の写真もお金を出さなかったから撮れないと諦めていたのを一年遅れでしかもお金まで出して撮らせてくれた大切なアルバムを。
    もっと甘えていいんだよ、辛かったら泣いていいんだよって。
    まだ彼女でしかも居候の分際でそこまでしてくれたのはトメさんだけです。
    何も出来なかった私に家事すべて教えてくれてありがとう。
    たくさん感謝してます。
    子供はまだ出来そうにありませんが早く見せてあげたいんです。
    旦那以上に大切なんです。
    まだまだ恩は返しますからまだ長生きしてください。

    なんてこと直接言えないんでここにひっそり書き逃げしていきます。

    992 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/11/11(水) 17:43:39.05 ID:L0ZD4jcV.net
    まだ7,8歳の頃。兄が「パン食うか?」と聞いてきたので食べると返事して
    勢い良く飛び起きた。
    が、兄の手にはパンとパン切包丁。足の甲がすっぱり切れ、大流血。
    急いで兄に連れられ医者に行ったのだが、医者曰く「こりゃ縫わなきゃ」

    傷なんか縫った事の無い私は軽くパニック。
    兄の手を自分の目に当てて、必タヒで耐えた。
    終わったよー、偉いね、頑張ったね、と看護婦(当時)さんに褒めて頂き、ご満悦ま私。
    ふと気づくと兄がいない。「お兄ちゃんは?」と聞くと、看護婦さんが」苦笑いをして
    「あっちで寝てるわよ」
    兄は私に怪我をさせ、縫う所を見て泣いて失神してひっくり返ったらしい。

    今も残る傷跡を見て、「泣きたかったのはこっちだよ!」とあの世にいる兄にこっそりと
    毒づいている。

    373 :名無しさん@おーぷん
    私が帝王切開が長女を産んだ時の話。
    医者から自然分娩が難しく、帝王切開になると説明された時に私の両親から「お前はマトモに子どもも産めないのか」「どうせ産まれてもマトモに育たない」などと罵倒された。
    挙げ句、夫両親にも「うちの娘が出来損ないなせいでそちらにご迷惑を〜〜」みたいな電話をし、両家交えて話し合いをする事に。
    夫両親は最初黙って私両親の話を聞き、一段落着いた所で夫に「お前マトモじゃないんだってさ」と一言。
    姑さん、実は夫を帝王切開で産んでいた。

    77 :名無しさん@おーぷん
    書き捨て 自分語り ぐだぐだごめん

    俺さ、先月初任給もらってさ
    親もそんなに高収入じゃないのに、仕送りしてもらってて大学院まで出させてもらったんだ
    初任給もそんなに高いもんじゃなかったけど、やっぱり恩をちょっとでも返したいと思ったからプレゼントをあげるって言ったんだ
    実家が九州で、俺は関東でてるから、今度実家に帰ったときあげるから欲しいもの考えといてって電話して

    そしたらさ、カーチャン、最近山に登るようになったから、山用の腕時計が欲しいって言うんだ
    だから、俺もはりきっちゃって、好きなものなんでも買うよって見栄はって

    プレゼント何がいい?って電話した日から毎日、近くの複合スーパー(イオンのちっちゃいような)に毎日行って探してたらしい
    Baby-Gがいいって言ったんだ
    派手すぎないところが良いらしい

    それで、このゴールデンウィークに帰ってきて、一緒に売り場見に行った
    そしたら、欲しい商品が思ったより高くなってたみたいだった(新モデルが出たのか)

    高いから他のにするって言うんだよ、欲しい商品目の前にして
    俺も、初任給もらって気が大きくなってるから、値段は気にせず欲しいものにしなよって言ったんだ

    俺の意をくんでくれたのか、カーチャン欲しい商品買ったよ
    たった2万程度だけど、すごくうれしかったらしくて、その夜腕時計を巻いたまま寝たんだ

    ばかみたいだ、と俺は笑ったけど、カーチャンそのまま巻いて寝た


    699 :名無しさん@おーぷん
    知らない女性名の手紙がきて、旦那が帰ってくるまでの時間が私には地獄のような時間で衝撃的だったよ。
    手紙には、私が下着姿でベッドに横たわっている写真が同封されてた。

    これは・・・元カレに違いないと思ったけど
    写真はもっとあるし、旦那にも送りつける、脅迫めいたことが書かれていた。

    どうしよう。

    もう、涙が出てくるし、身体の震えがとまらなかったよ。
    もう、覚悟して旦那に言うしかない。
    旦那が帰宅したとき、泣きはらして瞳が真っ赤。
    旦那が心配してくれた時に土下座しながらひたすらごめんなさいごめんなさい。

    旦那と知り合う前にかなり遊んでて、若気の至り(過ちに近いなぁ)を旦那に告白。
    そしたら
    「知ってるよ」
    「ほぇっ?」
    「私子、覚えてないの?酔っぱらった時に調子こいてベラベラしゃべってたじゃん」
    「ひょぇ〜」
    「それを承知で私子と結婚したんだし、そもそも俺と知り合う前の話だろ」
    もう、ヘナヘナ〜って感じで気が抜けた。
    「だいたい、私子が手慣れた感じだったからなぁ。男として聞きたくなるじゃん過去を」

    私、なんということをしたんだろう、でもそのおかげで大事にならずに済んだのも事実だけど。
    ちょっぴり複雑な心境。
    私の中では旦那様の株が3つくらいランクアップしました。

    年下旦那だけど、これから一生頭があがりませんね。

    手紙はそれ以降来ていません。

    310 :可愛い奥様@\(^o^)/ 2016/07/08(金) 22:00:12.50 ID:3mM4ptcf0.net
    20歳の時にの上司が、10年経った今でも
    私の人生全ての指針になっていること。
    今の旦那はその上司に雰囲気と名前が似ているから好きになったこと。

    その上司とは色恋沙汰になったことないけど
    家庭がクズだった私にまともな家庭と生きていく為の技術を教えてくれた。
    一人暮らしの私の家に来て、毎日ご飯を一緒に食べにきたけど
    年の離れた兄みたいで、あんな幸せでポカポカした時間はなかった。
    普通にテレビ見て二つ布団を引いてお休みって寝た。
    血は繋がってないけど、家庭を無条件で教えてくれた人だった。

    私が今家庭を築いて普通のお母さんが出来ているのは
    あのポカポカした時間があったからこそだと思ってる。
    旦那は私の事を家庭的だと思っているけど、その人と出会う前は
    荒れて酷い生活をしていたし、ご飯もまともに作れなかった。

    今でも辛いときに思い出すのは、旦那じゃなくその人だと言うこと。
    きっと浮気や不倫より深い気持ちで好きなんだろうなと思う。

    もう会えないけど、どこかで会っていつかお礼と
    渡せなかった結婚祝いをきちんと渡したいと思ってる事。
    タヒぬときに思うのはきっと家族じゃなくて、その人と過ごしたポカポカした時間だと思う。

    こう書くと黒くもないし、過去でもないけと書き捨て。
    どっかで吐き出したかったんだ。

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