鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

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    339 :鬼女日記 2016/06/19(日) 04:38:57 ID:44/5jW0E.net
    もう十年くらい前の話。長いので分けます。


    父がパチ〇コで多額の多重債務を作った。
    それなりに稼ぎがあるにも関わらず、長年パチ〇コと借金返済に給料のほとんどを使っていた。
    でも母が正社員役職持ちだったおかげで私達兄弟(兄姉私)が子供の頃生活に困る事は無かった。

    ある時、とうとう父の給料だけでは首が回らなくなり、借金の全貌を父が母に打ち明けた。
    それまで生活費だけでなく借金返済の一部を負担してしまってたらしい母はあまりの額に激怒。
    (私はここで初めて母が生活費の殆どを負担してた事を知った)
    離婚話になって家族会議をした。
    でも当時すでに社会人で家を出ていた兄と姉は家族会議には中々参加できず、大学生だった私と両親のみで話し合う事が殆どだった。
    兄と姉には「すまんがよろしく」と言われた。

    そこで末っ子だった私ははっちゃけてしまった。
    父は感情的な人間で、カッとなりやすい。頭に血が昇ると㬥言を吐く。
    その㬥言の矛先を母ではなくて自分に向けて母を守らねば!
    可哀想な母の盾にならねば!
    と思い込んだ。

    139 :鬼女日記 2017/02/05(日) 18:40:02 ID:eb7cY/vx.net
    結婚式直前に新婦の父親がバージンロードを歩くのを拒否した。
    新婦と母親はイラつきながら「嫌なら嫌でなんでもっと早く言わないの!?」と文句を言ったが、新婦父は「俺はそんなこと聞いてない、お前達が勝手に決めたんだろう」と話し合いは平行線。

    新婦兄にバージンロードを歩いて貰うよう要請したが、「親父がいるのに俺が歩くのは変だろ。親父を説得しろよ」と断られる。
    兄がダメなら兄の子(小学生の甥っ子)と微笑ましく入場案を考えたが、甥っ子が骨折して、松葉杖であることが判明。

    父方、母方にあとは男兄弟は居らず、新婦は「母と歩く」と言い出した。

    因みにこの新婦は俺の姉。
    俺は双子の弟。

    このやり取りの最中、「俺が一緒に歩こうか?」って聞いたら「なんで?」って言われた。
    俺のことを男としてカウントしてないのか、嫌いなのかどちらにしても、修羅場。

    422 :鬼女日記 2017/06/14(水) 10:21:27 ID:vxB
    長い長い吐き出しです。長文嫌いな方はスルーして下さい。

    母には一回り以上年が離れた腹違いの妹(叔母)がいて、祖母は後妻さんだったんだそうだ。
    母が結婚が早かったこともあって、長女の私のことを当時まだ学生だった叔母は妹が出来たと喜んで
    小さい頃からとても可愛がってくれたし、私も大好きな叔母だった。
    母にとっては最初は男の子が欲しかったみたいで
    (デキ婚だったし、嫁ぎ先の跡取りのプレッシャーがあったみたいだ)
    女の子だったからか母は私より後に生まれた弟の方を可愛がってると
    子供心に強く感じていたこともあったから余計に。
    その叔母は、結婚してまだ新婚のうちに旦那さんを事故で亡くして
    義両親と同居だったそうだけど、とても仲が良かったこともあって
    未亡人になったあともそのまま同居し、義両親を最期まで看取ったらしい。
    旦那さんを早くに亡くしたことまでは知ってたけど、それ以外のことは最近まで知らなかった。
    その叔母さんが5年前に尻餅からの圧迫骨折で杖を使うような生活になり、
    通いの家政婦さんを雇ってたけどなかなかいい人に巡り合えず、
    その話を聞いて私がお手伝いにいくようになった。
    旦那も理解してくれて(旦那のことも可愛がってくれてたし)週3日お手伝いに行ってた。
    大好きな叔母さんと色々おしゃべりできるのも楽しくて、
    料理も手は出せないけどレシピは色々知ってるから、教えてもらいながら作って
    私自身のレパートリーも増えたりして。
    でも私が通いじゃなかった日に心筋梗塞起こして布団の中で亡くなってた。
    発見したのは私。警察が来て不審タヒ扱いで事情聴取もされて、なんやかやすごく大変だった。
    生前叔母さんからは「タヒんだら私ちゃんにお葬式出してもらいたいわ」なんて冗談っぽく言われてたけど
    旦那がそうしてあげろって言ってくれたからその通りにお葬式出してあげた。
    出してあげたって言っても一時的に立て替えただけで、お葬式代は叔母が自分で用意してあった。
    母には相談したけど「うちがやる理由がない」って一蹴された。
    父は昔から空気で母がやらないと言えばやらないに賛成って人。
    身内はこんなだけど、叔母さんは友達が多かったから賑やかなお葬式になった。

    100 :鬼女日記 2014/03/03(月) 01:51:25 ID:HZIUjYkI.net
    遅乚スでごめん。
    父親→田舎の長男として甘やかされた内弁慶の俺様DⅤカス野郎。
    母親→わが身が第一で空気。
    弟→父親に輪をかけた中卒でパチン/カスでサイマーで特技嘘をつくこと隠れることなクズ。
    私→幼少時からの父親からの㬥カと母親からの無関心と弟からの度重なる盗難被害に堪えきれなくなり高校卒業と同時に家を飛び出す。
    事件当日の経緯は、実家近くに住んでいる大変お世話になった親戚のお婆さんが老人ホームに入居される事になったのでそのお手伝いに行き。
    その親戚の家の駐車場に停めていた私の車の鍵を弟に壊されて中身を盗まれたのでキレて実家にアイツを処分しろと父親に迫ったら急に包丁を持ち出して刺されました。
    その後父親は何かを叫びながら外に走り出して行き、私は痛みを堪えつつ家の電話から119番しようとしたのですが電話が止められており使えなかったので隣家に助けを求めようとして玄関を這っているところを心配になって後を追いかけて来た親戚の人に助けられました。
    まったくクズにかかわるとろくな事がないの典型ですよね。
    後日談は、父親も弟も逮捕される事なく放置。ありとあらゆる公共機関に血縁がある田舎なんです、あいつら身内から犯罪者出さない為ならなんでもします、過去に飲酒運転した消防車に跳ねられた時も楺み消しされました。
    悔しくて悔しくてしかたありませんでしたけど、自分がバカだったと諦めるしかありませんでした。

    481 :鬼女日記 2013/12/22(日) 16:17:33
    嫁が25の時、自分の働いてた会社の面接に来た。
    黒いパソツスーツにひっつめ髪で。
    嫁はまだ若いし、パートのオバちゃんにキツイのが多いし、すぐやめてしまいそうだなって思ったけど、
    まあ一応採用して見た。
    嫁は空気も読めるし物覚えもいいしでオバちゃん達からすぐ可愛がられるようになった。

    ある日嫁から会社に連絡があった。
    泥棒にタイヤを取られて警察が来るから仕事に遅れてしまうとのこと。
    嫁は祖母の持ち家に1人で暮らしてた。
    心配するパートのオバちゃん。俺は嫁の家の近くに行く用事があったから、それを済ませてから様子を見に行った。
    嫁は外で近所の人(地主の山田さん)と話していた。
    俺が車から降りて行くとキョドってた。

    なんでも庭に置いておいた冬タイヤを盗まれたそうで、
    なんで物置があるのにしまわないの?って聞いたら重かったんだそう。
    仕方なく物置をあけて他にあったとられて困るようなものをしまってあげた。

    年末に忘年会があって、嫁は酒を飲まないから、パートのオバちゃん数人と俺を拾ってくれるとなった。
    その流れでタイヤは買ったけどまだ交換してないとなった。
    もう降るかもしれないよ!とビビるおばちゃん。
    週末に俺もタイヤを履き替えるなら、ついでに嫁のも変えてあげてください!
    とおばちゃんに言われ、しぶしぶかえにいった。

    その時近所にある実家の母からリンゴをたくさん渡されて、それを嫁にあげた。
    週明け母宛にケーキをもらった。また母から野菜を渡された。
    嫁からまた甘いもの→母から野菜!と続いて、母が手紙つきの果物で嫁を家に招待した。
    そこから俺の知らないあいだに母と嫁の交流が続いて、
    正月俺が実家に帰ったら、先に嫁がくつろいでいた。
    嫁ちゃんを竹駒に連れて行ってやれ!と母から言われ、初詣に出かけたところをパートのおばちゃんに見られた。
    俺と嫁より母やおばちゃんらがわいわい騒いで、先走って、気づいたら結婚してた。
    今は嫁の祖母の家をリフォームしてそこに住んでる。
    たまにパートのおばちゃんが遊びに来る。
    嫁がこれでよかったのかは分からない。

    89 :鬼女日記 2013/12/13(金) 22:50:59 ID:pczNXUUL
    現在進行中の修羅場。
    母はめちゃくちゃ厳しい人で、親戚の集まりでお茶をこぼす程度の粗相をしただけでも、みんながやめてあげて!と止めるまで叱りつけるような人だった。
    姉はそれはそれは厳しくされ、その鬱憤は6歳下の私に。また親戚にやめなさい!と叱られるまで私をいじめ続けていた。
    私たちがいい大人になっても相変わらずあれするなこれするな、ギャンギャンうるさかった。
    そして、姉が10年以上付き合っていた彼氏との結婚にもいちゃもんをつけた。姉は母に従いプロポーズを断った。

    238 :鬼女日記 2012/02/16(木) 20:55:14 0
    連絡なしに休んだA係長の携帯に電話してみた。
    「母が亡くなった。立て込んでいて連絡できなかった。慶弔休暇を欲しい」
    「通夜・葬儀については後で連絡する」
    そのままいくら待っても連絡が来ない。携帯にもつながらない。

    会社も弔電やご香典やいろいろあるので困ってしまい、とりあえず香典を用意して
    俺が自宅に様子伺い兼ねて行ってみることになった。
    A係長のお母さん、タヒんでませんでしたw 先に香典出さずによかった。

    事情を話すとA係長のお母さんも奥様もびっくりして、心当たりに電話しまくったところ
    浮氣相手と旅行にいってたことが判明w
    居合わせた俺、般若のような修羅のような女忄生2人の間でいたたまれず、といって逃げもできず
    身の置き所がないというのはああいう状態をいうのだと思い知った。

    いい大人がもうちょっとばれないような嘘をついて欲しかったなという思い出話です。

    489 :鬼女日記 2016/06/27(月) 21:00:24 ID:HXjDqC9k0.net
    8年前の今頃、母が体験したちょっと不思議な話。お酒が絡んでたから怪しい話ではあるけど、書いてみる。ちなみに母は霊感がある。

    職場の飲み会から歩いて自宅に帰っていたら、いつの間にか地面に倒れていた母。そこは大きな家の前庭みたいなところで、母は塀に囲われた大きな木の側に倒れていたらしい。
    飲み会は10時にお開きだったんだが、母は暗いとこで倒れてたことにびっくりして「酔っ払って寝てしまったのか?早く帰らなきゃ!明日も仕事だ」と慌てて起き上がった。
    そんで、しばらく街灯が少ない田舎道をさまよった。とにかく大きな通りに出て、車を見つけようとしたらしい。すると道中、飲んでいた店を発見。扉を叩くが、人はいないようで灯りもついていない。
    ここで、鞄や靴がなく、手ぶらであることに気付く。携帯もない。素面なら、その店からの帰り道はわかるはずなんだけど(近いから自宅まで歩いて帰ろうとしてた)、酔っ払ってたせいか帰り道が分からなくて、だんだん不安になったそう。

    ちょっと長いから一旦切ります。

    372 :鬼女日記 2011/06/12(日) 13:12:56 ID:Htp3BFIO
    空気を読まずに投下
    娘は服飾関係の義母の影響で手芸が好きで、鞄とか服とか作っていた
    親のひいき目抜きで見ても上手いな、と思ったし友達の間で密かに好評だったらしい
    そして文化祭の劇の服飾担当になった

    582 :鬼女日記 2013/04/28(日) 13:46:21 0
    うちも似たような感じだわ。
    少し長くなるかもしれないけど、吐き出させてくれ。


    元々は父・母・俺の三人家族だったんだが、俺が小5のとき母が浮氣して両親離婚。
    養育費のためだけに俺を引き取った母だったが、
    浮氣相手(以下A)とその後結婚して弟妹二人が生まれる。
    ちょうどその頃実父が事故タヒ。
    実父の親族は俺だけだったので、結構な保険とか土地家屋の相続があったらしい。
    でも実父はしっかり後見人等を弁護士?に依頼していて、
    実の母親でも俺が20歳になるまでは金を引き出せないようにしていた。

    母とAは金に手を出せないので俺を杀殳して手に入れようと画策。
    (俺を杀殳せば、母に遺産が行くかららしい)
    それまでも随分と虐侍されていた事もあって、
    本気で身の危険を感じてその弁護士のところ(名刺を隠し持ってた)に逃げた。
    ちなみにこれが16の時こと。

    父の遺産はそのまま後見人の人に管理してもらい、俺は高校卒業まで施設へ。
    大学にも行ってみたかったけど、それよりも自力で生きることが大事だと就職。
    ちっちゃな会社だけど社長はすげーいい人だし、恋人と呼べる人もできた。

    20歳のとき改めて弁護士が来て、父の遺産を受け取ったんだが……
    そのことを聞きつけてきた母から電話が来た。
    なんでもAが会社をクビになり、そのまま再就職もせずに遊んでいるらしい。
    母のパートで食いつないでいるがこのままじゃ弟たちを学校に行かせることもできないので、援助してくれだとさ。

    とりあえず場所を指定して会うことにした。

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