687 :鬼女日記 2017/08/22(火) 01:37:15 ID:6bD
    兄嫁と母は何度か殴り合いの喧嘩をした事がある。
    兄嫁は元ヤン。母も気が強い。二人とも親しい相手には口が悪い。

    兄夫婦は当時うちで同居していて、家賃+光熱費+αを払う払わないで何度か揉めかけた。
    ある時それが口喧嘩に発展し、売り言葉に買い言葉で怒鳴り合いになったよう。
    私と兄はそれぞれ別室にいたので怒声を聞いて駆けつけると、居間で怒鳴り合う二人を父は黙って見ていた。
    どーすんじゃコレ…と兄はあまり役に立たないので父に目線で助けを求めると
    父はパンパン!と手を叩き「はいそこまで。言い合いじゃ決着つかん、殴り合いで決めたろうや」と言った。
    母はハッとした顔で「それがええな」と一旦退室。

    兄・兄嫁・私が「えっ? えっ?」とオロオロしているうちに母が武器を手に戻ってきた。
    丸めた新聞紙2本。
    その片方を兄嫁に渡し、母が兄嫁をポコッと叩く。
    父に檄を飛ばされて兄嫁も母をぺしょっと叩く。
    そして趣旨を理解したらしい兄嫁とちょっと嬉しそうな母は振っただけで2つ折れになるへちょい新聞紙の棒でペコポコペコポコ叩きあう。

    しばらくしてまた父が手を叩き、「時間切れ! どっちが多く殴った?」
    「あっ数えるの忘れた!」
    「数えとかないかんかったん!? 先に言ってやー!」
    で私が吹き出してしまい、初の殴り合いは終了した。

    ちなみに揉めた原因の家賃やらなんやらは
    兄嫁→払います! 世話になっとるで払わせてや!
    母→受け取らん! 世話なんかついでや! 薄給なんやから二人の貯蓄に回し!
    という傍目にはアホっぽい事だった。

    母は「あんたらが小さい頃はよくこうして夫婦喧嘩したわー」と笑い、兄はボソッと「どうりで既視感あると思った」と呟いていた。
    兄嫁はというと、後で「お義母さん殴れる訳ないやん、お義父さん鬼かと思ったわ…新聞紙出てこなかったら土下座して謝るとこやった」とこっそり打ち明けてきた。

    今は兄夫婦は新居をかまえ、私は遠方で就職したので実家は両親の二人暮らし。
    時々母が「新聞喧嘩ができなくて寂しい」と電話をよこす。

    907 :鬼女日記 2016/01/10(日) 11:04:46 ID:cak
    「なんで生きてるの?自分の存在が迷惑だって気づいてないの?同じ惑星にあなたが住んでるってだけですごく気分悪いよ。」
    というラインを母から受け取った。
    数分後に「ごめんごめん~(汗)さっきの送り先間違えちゃってた(苦笑)新春大会今年も頑張れ~!」との事。
    誰に送ろうとしたんだよお袋・・・・・・。

    450 :鬼女日記 2017/09/07(木) 11:51:09 ID:sHo
    長いけど失礼。

    この間父の誕生日に靴を買ってあげた。
    どうせ毎日履くようではなく、旅行用とか外出用のものなのでおしゃれなお高めのものを。
    ちょっと金額は1万超えして奮発したけれども、本人も喜んでくれたので問題ないんだけど、その話を聞いた母がいちいちと口うるさい。

    「お父さんにそんな高いものを買って!そんなの高いの必要ない!金の無駄!」

    ……ってな感じ。
    プレゼントなんて当人同士が納得していれば、いくらだって良いじゃんって思うんだけど。
    それが何十万とかなら文句を言うのも分かるが、社会人同士で別に1万くらいのやり取り良いでしょ……って思ってしまいます。
    やっぱり互いに良い気分で終わってる所に水を差されるのが面白くなくて、私もついつい強めの言葉で言い返してしまいます……。
    ちょっと「なんでそんなこと、一々お母さんに文句を言われないといけないの?」言い返せば、「そんなつもりで言ったんじゃなかった」「なんでそういう言い方するんだ」とヒートアップする。
    結果として、どうしても自分が悪者になりたくないから「違う、お母さんはお前の財布事情を心配してー」とか「お前が可哀想だと思って……」言うけど、絶対違う。
    基本的に父に良いことをするのが面白くないんだと思う。

    プレゼントで差別したくないから、高めのプレゼントをしたって、「ありがとう」より先に悪態しか出ないような人だから、段々プレゼントする気がなくなって「今年も花で良いかー」ってなってしまう。
    確かに金額で差が出てしまうのも悪いけど、差別したいわけじゃないんだよ。
    でも喜んでくれない人よりも、プレゼントをあげると「俺はこんなに良い娘に恵まれて幸せだ」って言ってくれる父を優遇してしまう。
    それが面白くなくて文句、こちらも良い気がしなくて、父を優遇……の負の連鎖。

    そういうところが悪いから、対応に差が出るんだよって言っても「そんなこと言ってない!」の繰り返し。
    少しは自分の立場に置き換えて物事を喋らないのだろうか……。
    自分の親ながら神経が分からん。

    13 :鬼女日記 2018/04/17(火) 09:47:52 ID:00P
    母がいかに自分たちが恵まれてるか?みたいな話を事あるごとに引っ張ってくるのが不愉快
    たしかに父のおかげでアホな私たち兄弟は私大通わせてもらってるし、趣味や大学での専攻分野についても批判しないどころか父がノリノリで色々買ってきてくれることもある。
    父の頑張りによるものを当然のように享受できるのは恵まれてるし感謝しないとなと思ってて、当たり前のことだけれどお小遣い多めにもらうときとか何か買ってきてくれたらお礼は言うし、
    アホなりに高校や大学の成績は良い方になるようにはしてる

    ただ、母は私たちはそういう感謝を一切しない人間だと思っているので「自分は子供のころそんなの難しかったけど、あなたたちはできる。世の中の会社員の一般年収は~~円で我が家は~~円、普通の子たちはそんなことできない」
    「あーかわいそう、あなたたちは親がいい仕事付いててよかったね、その辺の子たちじゃ無理、周りに聞いてみ?」とか、とにかく周り下げ我が家上げを繰り返す
    周りに聞いてみ?と言われても近隣中学→私立高なので親の仕事はみんなそれなりに良い仕事だったり、私たちより緩くて甘やかされてる子もいっぱいいるし大学でもバイトガツガツできる学部じゃないから苦学生っぽい子もいない
    というか父に感謝しなね、お小遣い無駄遣いせず大学もちゃんとしなね、と言えばいいだけの話で平均年収前後の人を小馬鹿にする意味がわからない

    676 :鬼女日記 2015/07/19(日) 02:31:33 ID:PCI

    胸糞な上に人が二人タヒんでいる話。閲覧注意。
    施設に引き取られるまでが俺にとっては修羅場と言うよりも地獄だった。
    まだ児相とか、虐待という言葉が世間にあまり知られていなかった頃のことだ。

    物心つく前、母親が目の前で首を吊ってタヒんだ。
    半日以上俺はぶら下がった母と一緒に過ごしていた。
    俺自身は覚えていない。
    多分、ショックが強すぎて覚えていられなかったんだと思う。
    詳しくは知らないが、母親は既婚の男性と不倫の末に俺を産んだ。
    相手の男は認知すらせず、俺を産んでから母は精神的におかしくなったそうだ。
    母が亡くなった後は祖父母に育てられた。
    母を孕ませて逃げた男に対する恨みを聞かされて育った。
    祖父母の父親に対する憎悪は、そのうち俺自身に向けられるようになった。
    小学生になる頃には祖父母の折檻と言葉の暴力に晒された。
    何故か女装を強要され、家の中ではいつもスカートを穿くように命じられた。
    逆らうと殴られるから従っていた。
    殴られることも辛かったが、それ以上に辛かったのが、母がタヒんだ時の状況を俺に詳細に教えてくることだった。
    真夏の暑い日にカーテンも何もかも締め切った部屋で母は首を吊った。
    そのとき俺は3歳で、目の前で母がタヒんでいく姿をどう捉えたのかはわからない。そのときのことをいくら思い出そうとしても何も思い出せないから。
    それを何度も何度も祖父母は俺に教えた。
    母がタヒんだ光景の描写は胸糞が過ぎるので割愛するが、祖父母に言わせると俺は「人杀殳し」で「実の母親を見杀殳しにした鬼畜」だ。
    「お前のせいで○○(母の名)はタヒんだ」が口癖だった。
    そのうち祖母は俺に化粧をするようになった。
    学校にも殆ど通わせてもらえなくなった。
    写真でも見たが、子供の頃の俺の顔は母親に似ていた。
    それは俺が5年生のときに祖母を階段から突き落としてしまうまで続いた。
    祖父母宅は二階建ての古い木造の家だった。
    5年生になれば力も強くなってくる。いつものように言葉の暴力と折檻を受けていた俺は、弾みで祖母を突き飛ばしてしまった。
    祖母はタヒんだ。
    母親がタヒんだ姿は覚えていないのに、祖母のタヒんだ姿は今でもはっきりと覚えている。
    結局、それが原因で俺は施設に送られることになった。
    祖母がタヒんだ時、俺はワンピースを着ていた。身体中に殴られた痕が残っていたことから日常的に虐待を受けていたと判断され、誰も俺を人杀殳しと責めなかった。
    罪にも問われなかった。
    皮肉だが本当に人を杀殳した後に人杀殳しとは呼ばれずに済むようになった。
    それ以来祖父には会っていない。
    誰も幸せになれない胸糞な話だが、吐き出したかった。
    もしここまで読んでくれた人がいて、不愉快になったのならすまない。

    639 :鬼女日記 2016/09/12(月) 20:28:02 ID:dOB
    母親の私に対しての扱いにモヤモヤしてる。

    10ヶ月の子どもがいるんだけど妊娠したことを伝えたら真っ先に言われたのが「うちお金ないんだけど!!」だった。
    そのタイミングで妹が体調を崩して入院したのと、施設に預けてる弟が背骨を折ってその手術が重なってしまって私の結婚のお祝い10万円をとられた。
    切迫早産になって入院したときも職場の愚痴と嫌なやつを虐めてやったよ!って話を聞かされて不愉快だった。

    二年前に父が亡くなって8桁の保険金と、私がしばらくの生活費として50万渡していて母親も看護師としてパートだけど働いていてる。
    妹は国立大に受かって母親の仕送りで一人暮らししてるし、振り袖は買ってたけどそんなにすぐにお金ってなくなるだろうか?
    ローンも借金はないけど。

    子供が産まれたときも「お金がないからお祝いは分割でもいい?」って聞かれて貰いにくくて断った。

    最近だけど「妹に自分のお金を全部つぎ込んで老後は私の世話になるのは悪いから、頑張って働く。」って話していて私が母親を引きとって老後の面倒みると思っていたことに驚いてる。
    私は義実家の敷地内で別居してて、母親はそこに入り込むつもりでいたのかな。

    今後も色々とたかられそうで怖い。

    139 :鬼女日記 2015/11/18(水) 18:47:04 ID:PUb
    長いです。
    近所のケチ子さん(何でも「チョーダイ!チョーダイ!」「いいなあ」「自分ばっかりズルい!」という奥さん)に餌付けしてた同居の祖母。
    ただし自分の物はあげない。母の物を勝手にあげちゃう。私の物も2回ほどやられた。
    「あら真美子さん(母)の物だと思って~ゴメンね~」って何だそれ。
    今までに、母のバッグ、化粧水、ランコムのアイシャドウ、お数珠、万年筆、カシミアのマフラー、腕時計……
    色々とやられてきた。もちろん施錠して自衛してるんだけど、父がエネで、祖母にせがまれると中に入れちゃう。
    食べ物のたぐいは何度勝手にあげられたか数えきれない。
    お取り寄せした宅配便を、母が仕事してる間に受けとった祖母が箱ごとあげてしまったり
    時間をかけて作った筑前煮が、ちょっと目を離した隙に1/3になっていたりする。
    母と私がキレても、祖母がちょっとメソメソするとエネ父が「お前らには年寄りを労わる気持ちがないのか!」と怒ってかばう。

    195 :鬼女日記 2013/11/27(水) 17:09:08 0
    数年前なんだが姉が流産をしてしまった
    うちの母も義母も流産の経験があるので
    姉に色々励ましの言葉をかけたがいつの間にか
    姉は部屋から出てこなくなってしまった

    姉の旦那しか部屋に入れないようになるも旦那の
    励ましでしばらくすると部屋からでてくるようになった

    ようやく普通の暮らしに戻った後
    義両親、旦那、うちの両親、姉、俺とで会食
    をする事になった
    そこで義母が流産した子が染色体異常だったことを
    ぽろっと言ってしまいそれを聞いたうちの母親が
    「染色体異常の子供なんて育てるのが大変なんだから
    流産してむしろよかった」
    などと言ってしまった

    それまで普通だった姉突如
    「あんたの心無い言葉がどれほど私をキズつけたか
    わからないのか?」
    と叫び母に料理や湯のみやら何やらを投げつけだした
    次第に泣いているのか笑っているのかわからないような
    状態になりそのまま外に出て行ってしまった

    結局旦那さんが発見したものの実家、義実家ともに絶縁
    をしてしまった

    昨日初めての子供が生まれたと姉から連絡があった
    ので思い出した修羅場

    411 :鬼女日記 2018/03/23(金) 17:13:56 ID:EMe
    父がスレタイ。
    私が幼い頃に両親は離婚した。
    それからずっと母に育てられて、父とはたまにご飯食べに行くくらいの仲だった。

    この間、父と2人で飲みに行ったら父が酔っ払って過去の話をし始めた。
    離婚理由はなんとなく父の不倫だろうなって思ってたけど、
    ハッキリ聞いたことはなくて今回初めて聞くことになった。

    当時、私がまだ1歳くらいの頃父はある小さな会社で営業マンとして働いてた。
    景気も良くて頻繁にスナックだのキャバク●だのって飲み歩いてたらしい。
    ある時会社の社長と2人で飲んでいると、賭けをしようってなった。
    それが「どっちが先にスナックの女を1人落として持ち帰れるか」って内容だった。
    そうなると、なんとなく妻子が邪魔に感じたらしく
    勝負の日は社長と父の妻子で泊まりの旅行に行かせることした。

    結果、どっちが勝ったかは忘れたけど無事お持ち帰りして、
    ズルズル不倫。不倫相手が妊娠して離婚。
    これが父から聞いた話だった。
    私の顔が相当引きつってたのに気付いたのか、
    「昔は営業マンは女を落とせなきゃ笑われたんだよ、良くある話。
    それに、母さんは子ども達にばっか構って一緒に寝てくれないし…」
    とか言い訳し始めて本当に無理になった。
    ていうか娘にそんな話して笑い話にでもなると思ったんだろうか。
    血縁者であることが恥ずかしい。

    201 :鬼女日記 2015/12/12(土) 07:01:08 ID:Fzz
    ある時期まで母は私だけ可愛がって姉に異様に厳しくしてた
    小さい時は暴力。大きくなったら過干渉
    「お前は足が太いから頑丈。学費ぐらい自分で稼げ」っていうわけわかんない理由で姉だけ学費を出さないって宣言されてた
    姉の私物が没収されるのはしょっちゅう。特に携帯が多かった
    昔から貰い泣き貰いゲロと周囲の人に釣られやすいタイプだったから姉の辛そうな顔を見ると自分まで辛くなった
    どうしたもんかと考えた結果、次に没収される時は携帯のブラウザで毒親関連のサイトを開いておいたらどう?って提案した

    ある日を境に母はやたら大人しくなった
    姉に干渉するのも姉を怒鳴るのもなくなった

    最近になって母がポツリと漏らしたんだけど、どうも祖父母もあんまり良い人じゃなかったらしい
    貧乏で子供全員を大事にする余裕がなくて跡継ぎの伯父さんだけ可愛がられた~って
    姉が携帯で調べてた毒親関連の情報(実際は私が姉に指示したんだけど)を見て自分を見つめ直して、長子が憎くて姉を冷遇してたことに気付いた~って言ってた
    結果的にめでたしめでたしなのかな…?

    510: 名無しさん@HOME 2011/08/11(木) 15:02:50.46 0
    まとめ読んで
    私がされたのはDQ返しだったのだと分かったよorz 

    やられたのは寒天(風呂・トイレ・シンク)、 
    畳にあぶらばらまき、庭木刈り込み、花壇引っこ抜きなど。 
    やったのは兄嫁。 
    結局兄嫁実家が全部補償してくれたけど


    357 :鬼女日記 2015/04/04(土) 15:52:46 ID:X9F
    去年の夏の話。
    夜9時くらいのドラマを母と見てて、私は眠いから先に寝ようと寝室に行った。
    蒸し暑くてよく夜中に目を覚ますんだけど、その時は叫び声で目が覚めたはず。
    びっくりして起き上がると、私が寝ていたすぐ隣で姉と母が喧嘩をしていた。(部屋が少ないので私と姉は同じ部屋)
    いつもの軽目の喧嘩じゃなくて、ガチの罵り合いで寝る事も出来ないし割り込めそうでも無かったので私は横になることにした。
    今考えると止めておけば良かったと思う。
    次の瞬間、母は部屋にあった延長コードで姉の首を糸交めはじめた。
    私は姉の呻き声で横を見ると、母は泣きながら叫んでいたが、姉は苦しそうな声を出すだけ。
    これはヤバイと思った私は、2人の横を通って(私の位置は部屋の奥だった)部屋を出て、急いで二階の父の部屋に行った。
    その時の私の顔は血の気が無かったみたいで、父は異変を感じたらしい。
    目の前で人こ○しのドラマみたいな事が起きていたので、私は「姉と、母が」を繰り返し言う事しか出来なかった。
    父は急いで私と姉の部屋に向かい、私に毛布をかけて「もう寝なさい」と言った。
    私はもう怖くなって毛布にくるまって寝てしまった。
    詳しい事は両親も姉も教えてくれなかったが、父は母を宥めるのに成功したらしい。
    翌日、何も無かったように母が朝食を作っていて、姉も普通にそれを食べていて驚いた。
    私の家族は異常だと思う。
    その家族に囲まれて生きてる私も異常かもしれない。

    ぶっちゃけ夢だと思いたいのに、当時の私の日記に書き込まれていて本当に怖い。
    今も思い出すだけで指の震えが止まらないけど、
    誰かに言わないと気が済まなくて書き込みました。すみませんでした。

    287: 名無しさん@おーぷん 2015/03/04(水)11:20:11 ID:PCZ
    今ってタイミング悪いかな?
    一応相談事書き込ませてもらうんでよければ
    アドバイスなりもらいたい。

    俺3年前から新支店の立ち上げで単身赴任してる。
    自宅は俺実家の3件隣なもんで嫁にたまにでいいからと
    母親の面倒を(父親がタヒんでから未だに立ち直れてないため)
    頼んでたんだ。
    嫁も「自分が入院してた時お母さんに助けてもらったしね。」
    と同意してちょくちょく様子見に行ったり
    飯に連れて行ってくれたりしてたみたい。

    1年程前ぐらいからかな。
    嫁が電話で「お母さんの様子がおかしい。」とか
    「誘っても出かけなくなった。」って教えてくれた。
    この時点で一度帰ればよかったんだけど
    支店が軌道に乗れるかどうかなとこだったんで
    嫁にもう少し様子を伺っててくれと頼んで放置してしまった。

    608 :鬼女日記 2017/08/13(日) 12:20:38 ID:rfd
    私が赤ん坊だった頃の母の修羅場。

    私がまだ1歳にならないくらいの頃だそうなので25年以上昔の話。
    梅雨が終わりかけで薄曇り、気温も高くなく、赤ん坊抱いて軽く散歩するには良さそうな昼下がり。
    母は私を抱いてご近所さんにお裾分けか何かをしに行ったその帰り。
    家とご近所さんの中間で、それぞれから100メートルちょっとというところに、田舎の古い住宅街にしては道が広くなるところがあって、そこに1台の乗用車が停まっていて、
    「すいません、○○ってどっちですか?」
    乗用車に乗っていた男性がそんな風に声をかけてきた。
    母は男性の聞いてきた地名か施設かなにかがよく聞き取れず、乗用車に近寄りながら聞き返す。
    「○○はどこですか?」
    男性はそれを繰り返すものの、母はその場所に心当たりが無かったので、近くの交番の場所を説明してあげることにした。
    最初はふんふん頷きながら聞いていた男性だったが、あまりに何度も何度も聞き返してくるので妙に感じた母が男性の様子を伺うと、先ほどとは様子が違ってきていた。
    目は変にぎらぎらしてきているし、ニコニコしていたのがのっぺり無表情に変わっていて、そのくせ口元だけ不意にニヤッとしたりする。
    直感的に危険を察知した母は、後は交番で聞いて下さいと話を切り上げて車から離れた。

    345: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/10/10(木) 17:08:22.30 0
    ちょっと相談お願いします。 
    我が家は俺と俺の母と嫁と息子の4人で住んでる。 
    同居してしばらく経つが、嫁姑関係は良好だと思っていた。 
    嫁は自分でも認めてるが料理が苦手。でも綺麗好き。 
    母は料理は好きだが、片づけられない女。 
    と言う事で今まではお互いの足りない所を補い合ってるように見えた。 
    そんな時に、息子が逆上がりが出来なくて同級生にバカにされたという。 
    嫁さんは運動音痴だし、俺は仕事が忙しい、どうにかしてやりたいが…と 
    思っていたら母が練習に付き合うと言い出した。 
    正直無理だろと思っていたのだが、
    結果だけ書くと60過ぎbbaがお手本見せようと 
    無謀にも逆上がりに挑戦した結果鉄棒から転落して腕を骨折した。 
    ここまでが前提。こっからが本題。

    559 :鬼女日記 2013/10/06(日) 05:14:42 0
    母39才、兄21才、私17才、父46才。

    兄「実は僕、男の人が好きなんです」
    私「!?」
    父「!?」
    母「そんなことより私、3人目できたんだけど」
    父「!!」
    兄「!?」
    私「!?!?」

    508: 名無しさん@HOME 2014/12/15(月) 07:57:31.02 0
    吐き出したくて書きます

    母に奨学金全部使われて結局大学卒業できなかったこと
    授業料の延納届を出してたけど大丈夫だから心配すんなと言われ、
    奨学金が振り込まれる通帳は母に預けていた
    そのまま1年後期から4年まで払われていなかったことを
    卒業間近に大学側から伝えられ
    母に確認したいが海外にいて連絡とれない、居場所も連絡先もわからない、
    メールを送っても返事がない、母が社長のため安否すらわからん 

    170 :鬼女日記 2015/11/24(火) 08:41:00 ID:gj/naArR.net
    母や妹に「好きで生んだくせに」って言われるのが一番きつい。
    そうなんだけどさ、もうちょっと協力してくれてもいいじゃないって思う。
    妹は一生独身宣言してて日々仕事に趣味に大忙し。
    母は定年し父も他界し、子供も手が離れたしと友人と旅行三昧。
    そんな母の邪魔しちゃいけないと思ってるけど妹に関しては手伝って欲しいと思う。
    旦那がもう少しそばに居てくれたらと思うけどそこは諦めた。
    (週の半分は出張でいない

    384 :鬼女日記 2015/12/26(土) 03:53:37 ID:Ljg
    テレビとかで見る幸せな家庭像のおかげで、自分の家がおかしいことには割と早い段階で気づけた
    母は姉を虐待していた

    俺は特に門限や娯楽に制限をかけられなかった。体罰もなかった。自由で穏やかな子供時代を過ごした
    進路もこちらの意思に委ねられたし、進学に伴う費用も気にしなくてよかった

    だが六つ上の姉は本当に辛い子供時代を過ごしたと思う
    平手打ち、顔面を床に叩き付けられる、髪の毛を掴まれる、馬鹿、タヒねと言われる等々、小さい時から暴力暴言のオンパレード
    姉の血を見たこともあった
    無意味な制限も多かった。門限も異様に早く定められていたし、少しでも過ぎれば野外で寝ろと言われていた
    母親の気分で怒鳴られて、食事の味付けを罵られて(何故か姉が家事を担当していた)、携帯を奪われて、布団を与えられず、姉はいつも母親の顔を窺っていた
    高校を卒業したら家事手伝いになれ、外で働いて擦れたら貰い手がなくなる、と言われて学費は出してもらえていなかった

    確かに俺は母親に大事にされた
    だが間近で苦しむ姉を直視させられる苦しみが、母から与えられた利益を上回ってしまった

    一人立ちしてから一度も家に帰らなかった。姉も帰らなかったと思う。
    「私がタヒんでから後悔しても遅い」
    「私と和解するチャンスを失うより、今謝った方が賢い」
    呪詛の手紙が届く度、姉は吐き気に苦しんで、俺は何度も姉の見舞いに行った。
    幸いにして臨床心理士の妻が嫁に同情してくれて、嫁の話を聞いてくれていた
    姉が母親の呪詛に負けて帰ってしまうのではないか、俺もいつか後悔するのだろうか
    母親がタヒぬまでの心境が修羅場だった

    母が亡くなったと聞かされて、葬式にも来なくていいと伯母に言われて、遺産の相続なども放棄すると伝えた時、俺が感じたのは後悔じゃなかった
    胸が軽くなって、温かくなった。眉間にずっと入っていた力も抜けた
    俺は確かに安堵していた

    体調を崩して不定期に休んでしまうからと短期のバイトを点々としていた姉はバイト先で正社員として雇われた
    姉の心境はわからない
    ただ、昔よりはるかに明るい顔をしていることはわかる

    20: 長文ごめんなさい。 02/09/23 18:28
    義理家族・・・ではないのですが、
    母をイビるおばーちゃんに言ってスカッとした一言。

    うちの母はいわゆる「都会から来た嫁」だったので
    全くもって生活習慣の違う田舎の生活に戸惑っていました。
    地元の方言を話さずに標準語(母は標準語圏出身)を話す母に
    「田舎をバカにしているからこちらの方言を話さないんだ!」と激怒。
    ことある冠婚葬祭行事ごとに母をイビっていました。


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