鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

当ブログは主に既婚女性・男性板、 生活板、家庭板などから管理人が気になった話をまとめたサイトです。


    767 :鬼女日記 2015/01/21(水) 20:57:58 ID:fcG
    俺が去年結婚したら母が豹変した。
    ちょっと前までごく普通のやさしい母親だったのに
    正月に嫁連れて帰省するって電話したら
    「ホテルとって、うちには泊まらないで」。
    嫁が嫌いなのか?と言うとそうじゃないと言う
    じゃあなんでだよ?実家に帰ることのなにがおかしいんだと言うと
    「歳だし体がしんどい」
    「客が来ると料理だの布団だの用意しなきゃいけないのがイヤ」とごねる。
    要するに嫁が嫌いなんだろ?ハッキリ言えと問い詰めたら
    「しつこい!おまえみたいなのにグダグダ言われるからイヤなんだ!
    来るなと言ったら来るな!!!」
    と逆ギレ・ガチャ切りされた。
    もう呆然だよ。
    気が狂ったのかと思った。
    俺が結婚したのが気に食わないのか、嫁が嫌いなのか、更年期なのか…
    ムカついたんで結局帰省はナシにした。
    嫁には正直に「ババアに来るなって言われたからイカネ」と報告。
    案の定嫁に嫌われたようだが知らん。
    向こうから謝罪もないし、俺も機嫌とってやる気はない。
    このまま縁切りかもな。



    585 :鬼女日記 2014/11/06(木) 18:41:34 ID:wlrRlvnva
    ちょっと愚痴吐かせて頂戴、フェイク込だけど。

    姉が妊娠した。姉は未婚彼氏アリ。計画的に作ったらしい。
    妊娠したのは喜ばしいんだけどどうして計画でき婚なのか…。
    彼氏もできてもいい覚悟で作ったらしいけど、それなら尚更なぜきちんと順番通りにできないのか。

    そもそもうちはでき婚母子家庭、だらしない父が嫌で自分は堅実な人と結婚し現在後期妊婦。
    母子家庭で特別苦労はしなかったので否定もしないが、母が死に物狂いで働いてるのも見てたから
    自分は離婚・でき婚に嫌悪感があるが、姉は母を見て母子家庭でも大丈夫という考え。
    妊娠前から姉が「いざとなったら母子家庭で頑張るし」「子供だけ欲しい」と言っててそれは違うだろと思っていたし
    実際姉は一人の人と続くことがほぼなくて今まで付き合った人も大抵数か月で別れるから尚更。
    散々「でき婚なんてありえない」「母子家庭前提で結婚するなんて」と話していたが「妹ちゃん怖いよー」と返されるだけだった。

    姉が泣きながら報告してきてひとまずおめでとうと伝えたら、姉は「でき婚だけど受け入れてくれてありがとう」と言った。
    受け入れてない、呆れただけ、子に罪はないから妊娠自体は祝福しただけだ。
    まず双方の親に謝罪と許しを頂かないとと言ったが、お花畑の姉は「あーはいはい、言えば喜ぶっしょ」
    「それより従姉妹同士で年が近くてよかったね」「仕事減らしてもらわなきゃ~」と軽い。
    実際地元を出て他県に出た自分の子より、地元に残りほぼピーナッツ親子の姉の子の方が可愛がられるだろう。
    悲観的なことを考えすぎなのも分かっているが、頭が痛い。

    658 :鬼女日記 2012/02/26(日) 01:12:44 ID:0A5nJ72R
    20歳のころ付き合っていた彼氏
    私は学生で、彼は26歳の社会人でした。
    忄生格も外見も私のタイプで、会うたび電話するたびメールをするたび、どんどん彼を好きになってた。

    けれど20歳の2月、母がタヒんだ。
    当時私は東京で一人暮らしをしていたけれど、実家に帰ることになり、春休みだったし新学期まで帰らないと彼には伝えた
    慰めてくれて、俺は待ってるからと言ってくれて嬉しかった

    私には歳の離れた妹がいて、当時幼稚園児
    亡くなった母と毎晩一緒に寝ていたし、ショックで赤ちゃん帰りにもなっちゃって、毎晩私が抱っこして寝かせてた
    毎晩電話していた彼にもそのことを話した
    たしか「腕枕ってされると嬉しいけど、するのって大変だね。妹は小さいけど、腕枕して寝ると朝腕がしびれちゃうよ」みたいな感じに話した
    そしたら、いきなり声をあらげて
    「俺と寝ないくせに妹とは寝るのか!それって浮気だぞ!!」


    一気に冷めて別れたんだけど
    5年たった今でも、幼稚園児の妹を腕枕して寝ることが浮気になるのかわからない


    42 :鬼女日記 2015/06/05(金) 20:57:15 ID:y2l
    両親が熟年離婚寸前で揉めていて修羅場。

    うちの両親は、末弟が大学卒業したら離婚すると12年前から決まっていた。
    間に弁護士通して、行政書士に書類も作ってもらって完全に決まっていた。
    親父は中小企業の営業。おかん県職員。
    どっちもまあまあ高給取り。

    夫婦仲に亀裂が入った原因は叔母。親父の妹。
    この人が曲者で、親父が甘いのを知ってて我が家に入りびたりだった。
    金借りて踏み倒したり、おかん所有の金目の物を盗んだり
    おれら兄弟の部屋からおもちゃやカードやゲームを従兄のため盗む等々、無茶をやってくれた。
    おかんとおれらが怒っても親父は叔母をかばい
    最終的にみんな親父を見はなした。


    450 :鬼女日記 2017/09/07(木) 11:51:09 ID:sHo
    長いけど失礼。

    この間父の誕生日に靴を買ってあげた。
    どうせ毎日履くようではなく、旅行用とか外出用のものなのでおしゃれなお高めのものを。
    ちょっと金額は1万超えして奮発したけれども、本人も喜んでくれたので問題ないんだけど、その話を聞いた母がいちいちと口うるさい。

    「お父さんにそんな高いものを買って!そんなの高いの必要ない!金の無駄!」

    ……ってな感じ。
    プレゼントなんて当人同士が納得していれば、いくらだって良いじゃんって思うんだけど。
    それが何十万とかなら文句を言うのも分かるが、社会人同士で別に1万くらいのやり取り良いでしょ……って思ってしまいます。
    やっぱり互いに良い気分で終わってる所に水を差されるのが面白くなくて、私もついつい強めの言葉で言い返してしまいます……。
    ちょっと「なんでそんなこと、一々お母さんに文句を言われないといけないの?」言い返せば、「そんなつもりで言ったんじゃなかった」「なんでそういう言い方するんだ」とヒートアップする。
    結果として、どうしても自分が悪者になりたくないから「違う、お母さんはお前の財布事情を心配してー」とか「お前が可哀想だと思って……」言うけど、絶対違う。
    基本的に父に良いことをするのが面白くないんだと思う。

    プレゼントで差別したくないから、高めのプレゼントをしたって、「ありがとう」より先に悪態しか出ないような人だから、段々プレゼントする気がなくなって「今年も花で良いかー」ってなってしまう。
    確かに金額で差が出てしまうのも悪いけど、差別したいわけじゃないんだよ。
    でも喜んでくれない人よりも、プレゼントをあげると「俺はこんなに良い娘に恵まれて幸せだ」って言ってくれる父を優遇してしまう。
    それが面白くなくて文句、こちらも良い気がしなくて、父を優遇……の負の連鎖。

    そういうところが悪いから、対応に差が出るんだよって言っても「そんなこと言ってない!」の繰り返し。
    少しは自分の立場に置き換えて物事を喋らないのだろうか……。
    自分の親ながら神経が分からん。


    907 :鬼女日記 2016/01/10(日) 11:04:46 ID:cak
    「なんで生きてるの?自分の存在が迷惑だって気づいてないの?同じ惑星にあなたが住んでるってだけですごく気分悪いよ。」
    というラインを母から受け取った。
    数分後に「ごめんごめん~(汗)さっきの送り先間違えちゃってた(苦笑)新春大会今年も頑張れ~!」との事。
    誰に送ろうとしたんだよお袋・・・・・・。


    687 :鬼女日記 2017/08/22(火) 01:37:15 ID:6bD
    兄嫁と母は何度か殴り合いの喧嘩をした事がある。
    兄嫁は元ヤン。母も気が強い。二人とも親しい相手には口が悪い。

    兄夫婦は当時うちで同居していて、家賃+光熱費+αを払う払わないで何度か揉めかけた。
    ある時それが口喧嘩に発展し、売り言葉に買い言葉で怒鳴り合いになったよう。
    私と兄はそれぞれ別室にいたので怒声を聞いて駆けつけると、居間で怒鳴り合う二人を父は黙って見ていた。
    どーすんじゃコレ…と兄はあまり役に立たないので父に目線で助けを求めると
    父はパンパン!と手を叩き「はいそこまで。言い合いじゃ決着つかん、殴り合いで決めたろうや」と言った。
    母はハッとした顔で「それがええな」と一旦退室。

    兄・兄嫁・私が「えっ? えっ?」とオロオロしているうちに母が武器を手に戻ってきた。
    丸めた新聞紙2本。
    その片方を兄嫁に渡し、母が兄嫁をポコッと叩く。
    父に檄を飛ばされて兄嫁も母をぺしょっと叩く。
    そして趣旨を理解したらしい兄嫁とちょっと嬉しそうな母は振っただけで2つ折れになるへちょい新聞紙の棒でペコポコペコポコ叩きあう。

    しばらくしてまた父が手を叩き、「時間切れ! どっちが多く殴った?」
    「あっ数えるの忘れた!」
    「数えとかないかんかったん!? 先に言ってやー!」
    で私が吹き出してしまい、初の殴り合いは終了した。

    ちなみに揉めた原因の家賃やらなんやらは
    兄嫁→払います! 世話になっとるで払わせてや!
    母→受け取らん! 世話なんかついでや! 薄給なんやから二人の貯蓄に回し!
    という傍目にはアホっぽい事だった。

    母は「あんたらが小さい頃はよくこうして夫婦喧嘩したわー」と笑い、兄はボソッと「どうりで既視感あると思った」と呟いていた。
    兄嫁はというと、後で「お義母さん殴れる訳ないやん、お義父さん鬼かと思ったわ…新聞紙出てこなかったら土下座して謝るとこやった」とこっそり打ち明けてきた。

    今は兄夫婦は新居をかまえ、私は遠方で就職したので実家は両親の二人暮らし。
    時々母が「新聞喧嘩ができなくて寂しい」と電話をよこす。


    585 :鬼女日記 
    実家の母から電話がかかってきた
    しつこい勧誘やら訪問販売やらの相談だった
    なんでも、以前に一度訪問販売から買ってしまったらしく
    なにかのリストに載ったのか、それからほとんど毎日のようにいろんな訪問販売が来て困っていると言う
    ひどい時には一日に5人以上も来るとか
    というわけで週末の休みに有給を足してちょっとした連休をつくって里帰り
    そして翌日、問題の訪問販売とやらが早速きてくれた
    正直、休み中に来てくれなかったらどうしようとか思ってたので嬉々として迎え撃つ

    来たのはどう見ても20代前半のお姉さん
    商品は台所用品
    普通にいりません(´・ω・`)
    仏頂面で一通り説明を聞いたあと、

    俺「・・・あんた、その仕事はじめて何年目?」
    販「2年目ですが・・・?」
    俺「2年目ならそれで終りってこたぁないだろう?」
    販「え・・・」
    俺「こない、ぜんっぜんこない、その商品の魅力とかが全く伝わってこない」
    俺「あんた、今の自分の売り込みに自信があるか?」
    販「・・・」
    俺「今の売り込みが今のあんたにできる精一杯か?それが限界か?」
    販「いぇ・・・・」
    俺「よし!あと30分やる!もう一回やりなおしてみろ」

    そしてまたはじまる商品説明
    まぁ当たり前だが内容はほとんど変わらず、むしろ声に怯えが混じっててさっきよりだめだめ



    319 :鬼女日記 2018/02/04(日) 10:34:02 ID:R1W
    小学生の頃、母が交通事故の後遺症から体調を崩し(骨盤を骨折したので辛かったろうと思う)
    それまでのような家事が出来なくなって、それでも私や兄のごはんは一生懸命作ってくれたけど
    たぶんそれが精一杯だったんだろうと思う。
    でも父は仕事から帰ると母によく文句を言っていた。
    酒のつまみがないだとか、洗濯物が溜まってるだとか、朝、靴が磨いてなかったとか。
    子供心に、父には思いやりがないのかとか、母の辛そうな様子が分かんないのかとか腹が立って
    何度か兄と共に父に文句言ったりもしたけど伝わらなくてイライラした。
    その父が外に女性を作って家を出て行った時、祖母は母がしっかり家のことをしないからだと責めた。
    そして中学生の時、母が首を吊った。
    その後父は家に戻り、祖母と同居を始めたが、私も兄も父や祖母が許せず
    高校を卒業し、大学は他県に進学し、以降実家には戻ってない。
    兄も私も結婚式は相手が事情を理解してくれて、父と祖母抜きで簡素な式を挙げた。
    そんなことがあったので、私は不倫と言うものが大嫌いだが
    小室が不倫の理由を介護疲れだとか自身の肝炎を話し、世間がそれに同情し、
    文春砲批判が始まったことが腹が立ってしょうがない。
    渡辺謙の時もそうだった。世界の渡辺謙だったら不倫しても当たりが柔らかいのは何故だ。
    そして今回の小泉今日子も、何故かカッコいい的な意見もあって虫唾が走る。
    下衆不倫も五体不満足不倫もあれだけ叩いていたのに何が違うの?


    676 :鬼女日記 2015/07/19(日) 02:31:33 ID:PCI

    胸糞な上に人が二人タヒんでいる話。閲覧注意。
    施設に引き取られるまでが俺にとっては修羅場と言うよりも地獄だった。
    まだ児相とか、虐待という言葉が世間にあまり知られていなかった頃のことだ。

    物心つく前、母親が目の前で首を吊ってタヒんだ。
    半日以上俺はぶら下がった母と一緒に過ごしていた。
    俺自身は覚えていない。
    多分、ショックが強すぎて覚えていられなかったんだと思う。
    詳しくは知らないが、母親は既婚の男性と不倫の末に俺を産んだ。
    相手の男は認知すらせず、俺を産んでから母は精神的におかしくなったそうだ。
    母が亡くなった後は祖父母に育てられた。
    母を孕ませて逃げた男に対する恨みを聞かされて育った。
    祖父母の父親に対する憎悪は、そのうち俺自身に向けられるようになった。
    小学生になる頃には祖父母の折檻と言葉の暴力に晒された。
    何故か女装を強要され、家の中ではいつもスカートを穿くように命じられた。
    逆らうと殴られるから従っていた。
    殴られることも辛かったが、それ以上に辛かったのが、母がタヒんだ時の状況を俺に詳細に教えてくることだった。
    真夏の暑い日にカーテンも何もかも締め切った部屋で母は首を吊った。
    そのとき俺は3歳で、目の前で母がタヒんでいく姿をどう捉えたのかはわからない。そのときのことをいくら思い出そうとしても何も思い出せないから。
    それを何度も何度も祖父母は俺に教えた。
    母がタヒんだ光景の描写は胸糞が過ぎるので割愛するが、祖父母に言わせると俺は「人杀殳し」で「実の母親を見杀殳しにした鬼畜」だ。
    「お前のせいで○○(母の名)はタヒんだ」が口癖だった。
    そのうち祖母は俺に化粧をするようになった。
    学校にも殆ど通わせてもらえなくなった。
    写真でも見たが、子供の頃の俺の顔は母親に似ていた。
    それは俺が5年生のときに祖母を階段から突き落としてしまうまで続いた。
    祖父母宅は二階建ての古い木造の家だった。
    5年生になれば力も強くなってくる。いつものように言葉の暴力と折檻を受けていた俺は、弾みで祖母を突き飛ばしてしまった。
    祖母はタヒんだ。
    母親がタヒんだ姿は覚えていないのに、祖母のタヒんだ姿は今でもはっきりと覚えている。
    結局、それが原因で俺は施設に送られることになった。
    祖母がタヒんだ時、俺はワンピースを着ていた。身体中に殴られた痕が残っていたことから日常的に虐待を受けていたと判断され、誰も俺を人杀殳しと責めなかった。
    罪にも問われなかった。
    皮肉だが本当に人を杀殳した後に人杀殳しとは呼ばれずに済むようになった。
    それ以来祖父には会っていない。
    誰も幸せになれない胸糞な話だが、吐き出したかった。
    もしここまで読んでくれた人がいて、不愉快になったのならすまない。

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