生活苦

    807 :鬼女日記 2016/02/05(金) 02:42:08 ID:e1Y
    修羅場かどうかわからんけど、この時期になると思い出す話

    さらっと昔話すると、僕の家族はみーんな16~17のころにタヒんじゃった。
    16の時に親父で、17の時母・弟・妹ってな具合。他の親戚はとうの昔にタヒんでた。
    役所いっても「プッ働けばw」みたいな事言われたから、高校辞めて働くことにした。
    2年までは進級してたから、一回辞めてお金貯めるか奨学金通ったら夜間に通おうと思ってた。
    唯一生きてる父方の祖母に保証人になってもらったり協力はしてくれたけど、
    かなり高齢だし自営で年金も大してなかったから、金銭的な援助は無理だった。
    家借りれる金が出来るまで、知り合いのガレージを間借りしてたりもした。

    そのころの生活は辛いのなんの。
    狭い部屋で暖房もなくて、家にいるときはずっと布団にくるまってた。
    畳でよかった。フローリングならタヒんでた。
    食べる物もろくに買えなくて、安い小麦粉買ってきて塩と水で練ったものを茹でたのが主食だった。
    もったいないから水で薄めた醤油に付けて食べて、時々安売りの野菜と卵買ってきて、
    お好み焼きみたいなの作るのが贅沢だった。ソースは高いから醤油オンリーだけど。

    18になって夜勤ができるようになって、スーパーに卸す食品工場で働いた。
    この時期は、関西ってのもあって恵方巻作りのシフトは夜通し働いた。
    節分なんてあんまりやらない家だったから、初めてまじまじと見たけど「ただの太巻きやんけ…」と思った。
    世の中の家族はこんな良いもん食ってんだな~なんて思って羨ましかった。

    でもその恵方巻は沢山廃棄されてた。それだけじゃなくてお惣菜とかも。
    工場で破棄する分もあって返ってきてたから、あまりの量にびっくりした。
    店舗廃棄も含めるともっと多いんだろうね。
    言うほど売れないもんだし、どこでも売ってるからな…。

    その時なんの意識もしてなかったけど涙が出てきた。
    なんでこんなに僕は腹空かして我慢してるのに、頑張って作ったのに、食べれるのに捨てちゃうんだろ。って。
    でも誰も顔色一つ変えずにポイポイ捨ててた。
    工場やスーパーからしたら、見切り品で食中毒なんてシャレにならんし、捨てるのが一番らしい。

    その日僕は人生で初めてゴミを漁った。ゴミ袋を回収に来る前に、廃棄された惣菜をこっそり持って帰った。
    とても悔しかった。なんでこんなことしなきゃいけないんだろうって事ばかり考えてた。
    それでもゴミの中から漁った久々の米はおいしかった。
    寒い時期で常温でも冷蔵庫みたいなもんだから、お腹一杯食べれた。

    830 :鬼女日記 2017/07/20(木) 20:21:41 ID:aeQXBNwI0.net
    子供がしている習い事の親たちがたまたまみんなセレブで、経済観念違い過ぎて笑ってまうw
    もう羨ましいとかひがみすらも沸いてこないほど、生活レベルが違うので
    生活苦とは無縁なんだろうな~と思い、遠い目をしてしまう…w

    695 :鬼女日記 2017/12/23(土) 16:34:33 ID:1LwePIfea.net
    吐き捨て。
    嫁は17の現役JKで俺のことをおそらく愛していない。
    なぜなら嫁親は金目当てで俺と結婚させたから。
    嫁親の目当ては俺の不労所得。このままじゃ嫁が高校も大学も無理なので金がある俺の家に嫁がせた。
    年の差は30以上で、俺は腹の出たおっさん。俺個人に魅力はない。
    嫁は「俺さんのことは愛してますよ」と言って、バイトもしてくれるし、家にお金も入れて、料理も美味いが、そういう行為は泣きながら受け入れてるので、やはり俺のことは好きではないのだろう。
    嫁とは俺母経由で知り合った。
    嫁母と俺母は勤務先が同じで、そこで不労所得のことを聞いて、俺のとこにやれば娘は大学までいけるだろうと踏んだ。
    俺はこの歳になっても彼女もいないから、若い娘をやれば簡単にお金を出してくれると思ったんだとか。
    ある日嫁母と俺母に連れられて俺の家へ。そのまま2人で食事。話は弾まなかった。
    別れ際、嫁の方から手を繋いでくれたけど、今思うとあれも計算のうちだったのかもしれん。
    嫁の本当の気持ちはわからない。
    でも俺は嫁を愛してるし、学費も払っていこうと思う。
    あんま馴れ初めって感じじゃなくてすまん。

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