祖父母

    793 :鬼女日記 2010/05/29(土) 09:01:25 0
    婚約までした元彼の話。

    相手の祖父母が結婚式などの費用を何故か全部出してくるとの事。
    そんなの申し訳ないという事で、こちらか男性側の家に高価な高級時計を用意してた。

    ところが元彼から突然の婚約破棄。
    突然「勝手な事が決まってる。もう結婚式止めるわ(怒)マジで(怒鳴)」
    理由は結婚式や結婚式に呼ぶ友人らのメンツが自分の好きなように出来ないから。
    元彼の祖父母が結婚式の費用を出す代わりに
    祖父母にある程度お伺いを立てて披露宴+挙式の準備をしてたのがムカついたらしい。
    それに当時元彼が結婚直前になって「俺まだ若いし」とか「合コン行った」とか言ってたので
    他に好きな人も出来たんだと思う。

    私は私で相手方の祖父母にお金を出してもらうのは申し訳ないし。
    自分で好きなように結婚式したかったのを
    「金出してくれるからよろしく」って元彼が言ったので我慢してた。
    ここで元彼の自分勝手さに切れ、その場で両親に電話。破談となった。
    結局、元彼に買った高級時計は弟の就職祝いだなwwって事でお蔵入り。
    婚約破棄は元彼からしてきたので、私の両親から相手方の祖父母に
    事のアリサマをありのままを伝えてもらった。

    【結果】
    祖父母は張り切って色々な方々(大物)に出席を打診していたらしくに
    破談となったことで、元彼は祖父母に恥さらし物としてののしられ
    祖父母から援助を受けていた元彼両親も大目玉を食ったらしい。

    それから2年。こんなろみメールが来た。

    676 :鬼女日記 2015/07/19(日) 02:31:33 ID:PCI

    胸糞な上に人が二人タヒんでいる話。閲覧注意。
    施設に引き取られるまでが俺にとっては修羅場と言うよりも地獄だった。
    まだ児相とか、虐待という言葉が世間にあまり知られていなかった頃のことだ。

    物心つく前、母親が目の前で首を吊ってタヒんだ。
    半日以上俺はぶら下がった母と一緒に過ごしていた。
    俺自身は覚えていない。
    多分、ショックが強すぎて覚えていられなかったんだと思う。
    詳しくは知らないが、母親は既婚の男性と不倫の末に俺を産んだ。
    相手の男は認知すらせず、俺を産んでから母は精神的におかしくなったそうだ。
    母が亡くなった後は祖父母に育てられた。
    母を孕ませて逃げた男に対する恨みを聞かされて育った。
    祖父母の父親に対する憎悪は、そのうち俺自身に向けられるようになった。
    小学生になる頃には祖父母の折檻と言葉の暴力に晒された。
    何故か女装を強要され、家の中ではいつもスカートを穿くように命じられた。
    逆らうと殴られるから従っていた。
    殴られることも辛かったが、それ以上に辛かったのが、母がタヒんだ時の状況を俺に詳細に教えてくることだった。
    真夏の暑い日にカーテンも何もかも締め切った部屋で母は首を吊った。
    そのとき俺は3歳で、目の前で母がタヒんでいく姿をどう捉えたのかはわからない。そのときのことをいくら思い出そうとしても何も思い出せないから。
    それを何度も何度も祖父母は俺に教えた。
    母がタヒんだ光景の描写は胸糞が過ぎるので割愛するが、祖父母に言わせると俺は「人杀殳し」で「実の母親を見杀殳しにした鬼畜」だ。
    「お前のせいで○○(母の名)はタヒんだ」が口癖だった。
    そのうち祖母は俺に化粧をするようになった。
    学校にも殆ど通わせてもらえなくなった。
    写真でも見たが、子供の頃の俺の顔は母親に似ていた。
    それは俺が5年生のときに祖母を階段から突き落としてしまうまで続いた。
    祖父母宅は二階建ての古い木造の家だった。
    5年生になれば力も強くなってくる。いつものように言葉の暴力と折檻を受けていた俺は、弾みで祖母を突き飛ばしてしまった。
    祖母はタヒんだ。
    母親がタヒんだ姿は覚えていないのに、祖母のタヒんだ姿は今でもはっきりと覚えている。
    結局、それが原因で俺は施設に送られることになった。
    祖母がタヒんだ時、俺はワンピースを着ていた。身体中に殴られた痕が残っていたことから日常的に虐待を受けていたと判断され、誰も俺を人杀殳しと責めなかった。
    罪にも問われなかった。
    皮肉だが本当に人を杀殳した後に人杀殳しとは呼ばれずに済むようになった。
    それ以来祖父には会っていない。
    誰も幸せになれない胸糞な話だが、吐き出したかった。
    もしここまで読んでくれた人がいて、不愉快になったのならすまない。

    888 :鬼女日記 2016/02/25(木) 00:45:54 ID:Qy0
    父方の祖父母は父が赤ん坊の頃に離婚。その後それぞれ再婚。
    父は祖母側に引き取られたので、祖父とは祖父が病床に臥すまではほとんど会ったことはなかった。
    その祖父が亡くなった時の話。
    祖父は後妻さんとその連れ子達には内緒で「家と車、会社以外は全て父へ」という遺書を残した。
    連れ子さんとは養子縁組をしていなかったらしく、実際の相続人は後妻さんと父だけ。
    遺書の内容は妥当だったらしいんだけど、後妻さん達は我が家にやってきて父に相続放棄を嘆願。
    父はその場で書類にサインをした。もともと貰えるなんて思ってなかったのと祖母への配慮から。
    我が家としてもそれでめでたしめでたしだったんだけど、それを聞いて怒り狂った人がいた。
    祖父の兄(以下春爺)だ。

    父はなにかと苦労して家族を支えながら定時制高校を出て会社員になった人。
    本人は若い頃の苦労なんてなんとも思って無いようだけど、祖父や春爺からすると不憫でたまらなかったらしい。
    それなのに苦労せず、大学も出してもらって、祖父の会社まで継いでいる連れ子が遺産まで放棄するよう頼むなんてその神経がわからん、と。

    以下怒り狂った春爺が連れ子達にやった事。
    もともと祖父の会社は春爺と一緒にやっていたもの。
    それぞれ別の事業を担当しているんだけど、大きな利益を生んでいるのは春爺のやっている事業。
    これを完全に別会社にした。これまでの利益が10だとしたら9:1になる程度。三年で遺産分はペイする計算らしい。
    ちなみに父はこの事は知らない。
    なんで私が知っているかというと、就職でたまたま春爺の近くに住んでるから。
    そんな春爺も最近はめっきり老け込んで寂しい。



    390 :鬼女日記 2015/03/13(金) 08:15:30 ID:AZP
    今大丈夫?
    ちょっとお前らに聞きたいんだけど子供に祖父母の事をなんて呼ばせてる?
    まだ子供いない奴はなんて呼ばせたい?
    俺親と嫁が祖父母の呼ばせ方でバトってて困ってる。

    121 :鬼女日記 2014/09/13(土) 12:55:57 ID:5xJZuLBf8
    自分のことじゃないんだけど、母と祖父母の話。

    母は8人きょうだい?(正確な数は知らない)の末っ子。
    上から下まで年齢差はかなりある。
    母が生まれるまえ祖父が勝手に、子供がいない親戚夫婦に、母を養子に出す約束をしてきた。
    祖母は断固拒否。そのまま話は平行線で母を出産した。
    「もう子供はたくさんだろ!そいつはどうでもいい子だ!さっさと寄越せ」と産ませといてゴネる祖父。
    祖母もいい加減キレたのか、「どうでもいいってんなら何してもいいのか!」と、祖母は母を床に放り投げた。
    すると祖父が慌ててダイビングキャッチ。
    それを見た祖母は「ほれ、どうでもいいんだったらわざわざ助けないだろう。可愛いくせに」と、祖父の父性と優柔不断さをうまくコントロールしていった。
    祖父が親戚に謝りに行って、その一件はこれで終わった。
    それからずっと経って母は結婚。
    祖父母を引き取って同居した。
    祖母は私が物心付く前に亡くなった。

    祖父はというと、私が幼稚園に入る前後くらいに自宅で倒れた。
    祖父のことはその倒れた姿しか覚えていない。
    父が電話で救急を呼んで、その父の肩を駄々っ子みたいに泣き喚きながら叩いてた母。
    その光景を見て(あ、ここは泣かなきゃいけないんだ)と思って必タヒに泣こうとする私。
    その私の顔を見て母が「あんた何やってんの?」と急に冷めた口調で言われたのをはっきり覚えてる。
    最後の部分は私の人生初の修羅場かもしれない。

    445 :鬼女日記 2009/09/17(木) 18:19:17 O
    母が義実家にやったDQN(私と姉もちょっとやっているかも)

    父(次男)の実家は膿家。
    ウトトメはテンプレクソジジババァ。
    エネな父は母を一切守らずババァに母を差し出して義理実家でお殿様気分、ババァは私と姉を見下す(母家の血が入ったガキなんてグズだ、父の兄である内孫タンは可愛い最高!外孫のお前らなんかイラネなど)。

    今現在、私と姉は母方の祖母祖父だけを自分達のじいちゃんばあちゃんと慕い、父のジジババはいない者として扱っている。
    敬老の日も母方の祖父祖母を弟と二人で海外にご招待!もちろん母も一緒に。
    父は『お前らは俺の親を大事にしない』といつもチクチク恨みごとを言うがスルー。
    あんなに自慢だったババァの内孫タンは甘やかされ過ぎて二人揃ってクソニートになり旅行をプレゼントどころか、ジジババの年金を食い潰すだけに立派にお育ちあそばした。

    ここから母のDQN
    父の朝食がわりにテーブルに未記入の緑の紙を設置。
    義実家に電話して
    『私たち、娘と息子のプレゼントで今年"も"海外旅行に行きますから旦那君がもしかしたらせちらに伺うかもしれません~ご迷惑をおかけしますぅ』
    と報告。
    ウトメ発狂が今朝の話。(今夜は旅行前最終準備のため、母の実家にきてお泊まり。母の荷物や貴重品は旅行準備と称してこちらに移動済)

    シルバーウィークが終わるまで海外満喫してきまーす。
    なんか携帯がうるさいけどシラネ。

    571 :名無しさん@おーぷん
    私が5歳の頃まで祖父母が健在
    その祖父母の家の隣に住んでた家族に女、女、男の三姉弟がいた
    私の記憶には上の姉妹しかいなかったんだけど、その姉妹の妹のほうに執拗にいじめられていた
    もう20年は前の記憶だからほんとうに曖昧なんだけど、妹は私より年上で、とても綺麗な能面のような表情が張り付いていた
    彼女はまだ3歳かそこらの私を遊びに誘っては、私がタヒんでもおかしくないようなことを繰り返した
    ジャングルジムのてっぺんに登らせて両手を離して立たせたり(鉄にぶつかりながら落ちた)
    鉄棒の上に立てと言われたり(顔面から落ちた)
    滑り台の上から飛び降りろと言ったり(突き落とされた)
    知らない道に連れて行って放置したり(教会の十字架を目印に帰ってこれた)
    漕いだブランコから飛び降りろと言ったり(頭かち割れて大流血した)
    すべて両親共働きで祖母に預けられている間のこと
    妹の方はなぜか周りからイイ子として扱われており、私がこんな大怪我をしても誰もそいつが犯人だとは思わなかった
    私は怪我をさせられるたびこっぴどく周りから叱られることが続いた
    妹のほうがやったと言っても、叱られたくなくて人のせいにしてると思われてた
    今でも当時負った傷の跡が残っている
    相当ひどい怪我だった
    心の中では「なんであの根性悪の妹を大人たちは可愛がるの」と思いながら、常に妹の方に恐怖していた

    大人になり、ふとその時の話を思い出して母にした
    すると私の知らない真相を母が知っており、母の知らない真相(上記)を私が知っていることが判明

    母によると、私が恐怖し恐れていた妹は「全く笑うことのできない」子供だった
    原因は母親の愛情不足
    顔の表情が一切変わらなくなったことも、母親は幼稚園の先生に指摘されるまで気づかないほど放置されていた
    表情が消えてから数年経っても改善しなかった
    しかも妹のほうは大人の前ではまるで気弱で内気な女の子のように、物陰に隠れ、一言も発せず、大人の言うことに小さく首を動かすことしかしなかったそうだ
    大人からはとてもか弱く儚い少女に見えていた
    私の知っている人物像とはまるで違う
    私の知る妹は、能面の顔で残酷なことを告げ、多弁で罵り、従わなければ暴力、時に崖から突き落とすような真似を簡単にする人だった

    母には「なんでその時言わなかったの」と言われたが、まだその時私は3歳か4歳
    弁の立つ年上の妹の言い分は私の言い分より理路整然としていて説得力があり、泣きじゃくりうまく喋れない私が真実を話す前に周りの大人たちは妹の言うことから偽の事実を予想しそれを信じ込んだ
    「遊びたくないといえばいいじゃない」と言われたが、面倒見のいい優しい妹と評判だった彼女の遊びの誘いを断るのは子供の立場からして辛いものがあった
    子供は扱える言葉数が少ない分、自分でも不思議なくらい空気を読む
    残酷な妹が面倒見のいい女の子、私が手のかかるグズな子と大人が見ていれば、私は大人の当てはめた役を演じるほかなかった
    私が大人の作った役から外れれば、大人が困るということを3歳にしてなんとなく理解していた
    大好きな祖父母も母も困らせたくはなかった

    今思えば妹にとって私は唯一のストレス発散の相手だったのかもしれない
    母によると、私が幼稚園に行ける年齢となり、遊ばなくなってから、より症状が悪化したようだ
    本当は私が週に一回も母に会えず、夜に寂しくて泣いていることも知らず
    母と私が楽しく縁側で談笑している姿を見ては、私に嫉妬してか、私を遊びに誘い、母の目がなくなった隙に大怪我をさせられていた

    私は妹から執拗にいじめられていた理由が分かったし、母は私がなぜこうも大怪我を繰り返していたのかの真相が判明したが、お互い残ったのはその妹がどうなったのかという心のシコリだけだった
    母も私も忘れたままでいたほうがよかったのかもしれない

    495 :名無しさん@お腹いっぱい。 2017/03/27(月) 21:08:25.43 ID:7Ag4orKF0.net
    来週から子供2人が新しく認可保育園に通うから、その必要な提出書類見てたら、緊急連絡先に俺がいなかった。
    嫁と嫁の祖父母しか書いてなかったから俺は書かないの?と聞いたら「保育園から連絡きたってあんたは何も出来ないししないじゃん」って一蹴。
    早退時のお迎えとかは出来ないし、嫁の職場にかければ嫁が一発で出るけどさ…
    なんか俺が保護者として全く必要とされてなさすぎて泣けてきた。
    せめて保護者の連絡先欄くらいには書いてくれよ…

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