97 :名無しさん@おーぷん
    もうかなり経ったから書く
    結婚してしばらく市営住宅に住んでいた
    新婚でまだ収入も少ないのを心配して私の実家がよく荷物、米や食べ物を送ってくれていた
    ある日実家から数日前に届いているはずの荷物は受け取ったのかと電話があった
    私が荷物を受け取ったら必ず連絡をしてくるのに今回は連絡がない、何かあったのかと心配になったらしい
    荷物は受け取ってないと伝えると、親が宅配会社に確認の電話をしてくれた
    結果、市営住宅に配達人の同級生が住んでいて、その同級生はうちの旦那の同僚でもあったが、ほとんど面識はない
    配達人はうちが留守だったのでその同級生に荷物を預け、同級生にうちに届けるよう頼んだ、で、同級生はうちに届けるのを忘れていたらしい
    荷物は無事で開けられてもなかったけど、相手はご近所さんだし旦那の同僚だしでとても気まずい思いをした
    昔だったら隣の人が荷物を預かってくれたりしたのだろうけど、不在連絡表もある時代だし、客の荷物を同級生に預けてしまう神経がわからんのと、それを預かったまま届け忘れてる旦那の同僚も神経わからんかった話

    309 :名無しさん@おーぷん
    どこかで「兄弟の真ん中は不憫」と言われてて本当にそうだなぁと思ったので吐き出し。身バレしてもいいや。

    自分は女女男の真ん中。
    よくある服は姉のお下がりやらおもちゃを弟に取られるなどに加え、上と下の名前には共通項があるのに自分にはないから、昔は本気で自分は貰われっ子だと思ってた時期もあった。
    姉のように勉強出来れば褒められるかと真面目にやっても届かず、弟のように甘えれば可愛がって貰えるかとすればワガママと叱られた。
    元々の性質もあるが、結果的に愛情に飢えて依存する体質になってしまった。
    成人した現在、それなりに開き直って飄々と生きてはいるけど、嫁入りして遠方に行った姉、一番下で甘やかされ家事を知らない弟の間で母子家庭の母方祖母は要介助。家事は自分が主にやってる。
    自分なりに頑張ってるつもりだけど、お礼もないしご飯も「美味しい」の一言もない。
    元々家事が好きじゃないからモチベ保つのに必タヒになってる。

    でも自分はまだ恵まれてる方で、父親のとこの次男叔父は以前兄弟でやってた自営をとうとう畳む事になり、早々に離脱した長男や三男(父親/鬼籍)、その子供達(私ら)に迷惑が掛からないように奔走してくれてる。
    少し前まで父方祖母の面倒も見てくれてた。

    そして自分も、今は母が見てくれてるけど、母に何かあったら動くのは自分なんだよなぁ。
    姉は遠方過ぎて動けないし、弟は少しずつ躾けてるとはいえまだ世間知らず。
    何よりもし母や祖母の介護になれば同性の方が良い場面は多いからね。

    他に周りに3兄弟がいないから例えが少ないけれど、本当に真ん中は割りを食う事が多いよ。

    314 :名無しさん@おーぷん
    うちの母親と父方の祖母が仲が悪くて、顔が母親そっくりの俺もわかりやすく嫌われてた。
    けど親父はエネ夫ってやつで祖母の暴言なんかを「おふくろに悪気はない。」とか「本当はお前(俺)を愛してる。表現が上手く出来ないだけ。」と言い張る。
    俺が小学2年の時母親が腸捻転でぶっ倒れて、「学校終わったらばあちゃん家に行け。あとで迎えに行く。ばあちゃん家には伝えてるから。」と言われてしぶしぶ祖母の家に行く事になった。
    着くと暴言の嵐。
    「ほんとに来やがった!図々しい!」
    「財布や通帳隠さなきゃ!あの女の子供だから泥棒するに決まってるからね!」なんかね。
    ちょっとの間の我慢だから…。と何も言わずにいたらその態度が気に入らなかったらしく無理やり車に乗せられ出発。
    どれぐらい走ったのかわからんが気付けば山道に入っててお察しの通り俺はそこで放り出され置き去られてしまった。
    しばらくはその場を動かずにいたんだけど誰も通らないから仕方なく車が来た方向に戻って行く事にした。
    最初はなんとなく遠足気分で余裕があったんだけどだんだん日が落ち出すとめっちゃ怖いw
    割と木が生い茂ってるから肌寒くもなってきて、その頃には俺号泣w
    だれかぁぁぁぁ!!だずげでぇぇぇぇ!!と叫ぶけど誰も通らない。
    疲れてもう歩けないし子供ながらにタヒを覚悟しだしたところで遠くから微かに車の音が聞こえた。
    気のせいかもしれないけど俺は必タヒに音のするほうに歩きながら助けて!助けて!って叫んだ。
    車のライトが見えると俺は必タヒに手を振った。
    車は止まってくれて降りてきた人達が「ほんとに人いたよ…。」とか「なんでこんなところに子供?」なんかを言いつつ俺を車に乗せてってくれた。
    着いたのはめっちゃでっかい家。
    車に乗せてくれたじいちゃんが「なんかジュース飲ませてやってくれ!」と言うと女の人がオレンジジュース持ってきてくれて、俺はそれを泣きながら飲んで、女の人は涙と鼻水でどろどろの俺の顔をタオルで拭いてくれた。
    じいちゃんが「なんであんなとこに1人でいたんだ?」と聞いてきたんで俺は事情を話した。
    「子供になんて事を!」って顔を真っ赤にしながら怒ってた。
    じいちゃんが女の人に警察に連絡しろって言ってたから俺はランドセルに入ってる緊急連絡カード(親の携番と家電、住所が書いてあるカード)を渡してここに電話させてと頼んだ。
    女の人は警察とうちに電話してくれて、親父の声を聞いて安心のあまり漏らした。ごめんじいちゃん。
    親父が迎えに来たり警察も来たりして大騒ぎだった。
    じいちゃんが親父に「母親を大事にするのは結構だがしっかり目の前の事を見ろ!危うくお前の子供タヒぬとこだったんだぞ!」って怒ってくれて、流石の親父も俺を置き去りにしてった祖母の事を謝ってくれた。
    その後は母親の手術終わってから離婚した。
    あとからわかったけどあのじいちゃんヤクザの会長だったらしい。
    女の人(じいちゃんの嫁さんだったらしい)が何度も声が聞こえる気がするって言ってたらしくて半信半疑で行ってみたら…って事だったそう。

    426 :名無しさん@おーぷん
    眠れない私が幼い頃の犬事情をぼつぼつ語る
    大体バブル全盛期だと思ってくれたらいいかな

    ちなみにかっそかそのド田舎出身だ
    ド田舎すぎて小学校がなかったので小学校に上がる春、ド田舎から田舎に引っ越した

    ド田舎のご近所には犬を飼っている家庭が多かった
    ド田舎だったので都会から犬を捨てに来る人が多くて、そんな犬は人懐っこくて、いつの間にか何処かの家の犬になってることが多かった
    今と違ってフィラリアの予防なんてないし、予防接種もしてなかったから、犬は結構短命で6年から8年で入れ替わってたらしい

    我が家にも元捨て犬が3匹いた
    中型犬か大型犬か、幼い私が乗れる大きさ
    3匹とも首輪はつけても放し飼いだ
    近所はどこも同じ、首輪付けて放し飼い
    毎朝8時になると、私は3匹の犬と数キロ離れた祖父母の家に行っていた
    一番デカイ一匹に紐をつけて、私はその紐を掴んで引っ張られるようにして歩く
    道は犬が覚えているので途中寄り道しても平気
    両親は共働きだったからね、一人で軽く2時間くらい歩いてたかな

    祖父母の家に行く途中、首に財布括りつけられた犬とたまに行き違う
    お使いを頼まれた犬だ
    肉屋さんのある道を通ったら、よく白い雑種犬がお肉の袋をくわえて家に帰るところに出会う
    私は途中の八百屋さんでたまに果物のおすそ分けを貰った
    袋が重いので犬の首輪に引っ掛けると運んでくれる
    お昼間祖父母の家につくけど、祖父母は畑仕事してるのでヒマ
    犬たちは家についたら自由な時間なので、納屋の牛に挨拶した後どっかに行ってる
    犬同士コミュニケーションをとっているので、数匹に畑を荒らしたらダメと教えると、後から来た犬は自然とその風習を受け継いでた
    受け継がないのは野良犬で、当時夕方になると出てくる野良犬が本当に危険だった
    大人たちでさえ夜は軽々しく外に出ない

    264 :名無しさん@おーぷん
    定年目前の父が怪我で入院した。
    幸い軽度で、経過さえよければほぼ全快して退院できると医師にいわれた。
    家族(母、私、姉)でお見舞いに行ったとき、父は寝てたんだけど、父の職場の人が数人訪ねてきた。
    母と同い年くらい(50代くらい)の女性が泣きながら眠る父に駆け寄り、父の手を取り跪いた。
    他の数人(若い人も父くらいの人も男女10人くらいいた)は、母に離婚しろと言う。曰わく

    ・父と、このAさんは両思いで、深い絆で結ばれている
    ・やましいことは何もしてない。しかし父に何かあったときに何も出来ないAさんがあまりに不憫である。
    定年退職後では、大っぴらに会うことも出来なくなる。
    ・今日だってAさんはあなた方を気遣って来ることを躊躇っていた。
    しかし、ごらんの通り誰よりも父のことを想っているんですよ…等々。
    言い返したかったが、母が静かに聞いていたので黙っていた。姉も同じ。

    くだらない意地で旦那さんを縛り付けないで下さい…と続けた相手に、母は穏やかに「えぇ、本当にそう思いますわ」と答えた。
    泣き叫ばれるとでも思ってたらしい職場の方々が、思わずえっ?と声を出した。
    「後生だから別れてくれと言ったって、いい大人が大泣きしながら駄々捏ねて。
    こっちも疲れてしまって、娘らも気付いてないし、定年を機に疎遠になってくれればと思ってたんですよ」
    母は静かにキレていた。
    「それがねぇ…娘にも知れてしまったことですし…。
    本当、群れなして突然押し掛けてくるような、こんなに素敵な部下たちに恵まれてて(すっごい、嫌みっぽかった)一体何が不満なんでしょうねぇ」
    小首を傾げる母を見ながら群れの中では静かに会議中。話が違う、とかなんとか。

    Aさんは想定外の母の態度にポカンとしながら、それでも父の手を離さなかった。
    すると母は「せっかくだから本人にはっきり聞いてみましょう」と父を揺り起こした。
    緩やかに目覚めようとした父だったが、手を握ってるのがAさんであること、その後ろで母が菩薩のような笑みを浮かべるのを見て目を見開いた。
    「ねぇあなた、Aさんてば素敵な方じゃないの。もういい加減一緒になってあげたら?
    私には到底及ばない絆で結ばれてるんでしょう?」
    見てわかるほどにブルブルと震えて、「違う違う」と泣きながら首を振る父。
    ふと父の下半身を見て、何かに気づいた母は
    「あら、お小水?私はいない方がいいみたいだから、皆さんにお手伝いしてもらって下さいね。
    職場公認の愛人なんて娘に晒して、もう恥ずかしいものなんてないでしょう?」
    そう言って、父の下半身をむき出しにして、私たちを促し病室を後にした。

    その後、母と私は一時姉の家に居候。
    父の退院より早く母は新居(親戚所有の空き家)を見つけて私と引っ越し。
    どんなやりとりがあったか教えてくれないが、母はあの日以降一切病院に行くどころか父と会ってない。
    本当に離婚「だけ」していない状況で、数年経過。

    母は知らない風で語ってたけど、父が浮気をしてるのは私も姉も知ってた。
    まさか職場公認で、お花畑な感じだったとは思わなかったけど。
    母に聞いても「うん、お父さんと話してるから」
    と、はっきり言わなくても察してねって感じだったので、それ以上は聞かなかった。

    母に取り繕ってと縋るばかりで母への謝罪も何もない父にはもう興味がないけど
    ぞろぞろと個室に押し掛けてきた人々が、どんな展開を希望してて、今どんな心境なのかだけ興味がある。

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