遺品整理

    924 :鬼女日記 2020/03/13(金) 04:25:56 ID:KT.y6.L1
    義祖父の遺品で大変困っている。

    義祖父は普通の公務員だったそうなんだが、趣味で絵を描いていた、というのは聞いた事があった。
    義祖父が亡くなって数年後、遺品整理をしたが義実家には置くスペースに困るという理由で
    妻に義祖父の絵を大量に引き取ってくれと打診があり、妻が俺の許可を得ず勝手に承諾して引き取ってきた。

    その時に義祖父の絵を初めて見たんだが、義祖父の絵は所謂戦争絵画?みたいなジャンルだったらしく
    それこそ昔の戦争映画やアニメに出てくる様な、酷い光景を描いたものも多く、見ていて気分が良いものじゃない。
    恐らく義実家もそういった代物だから処理に困って妻(義実家からしたら次女)に押し付けたんだろうが、易々引き受ける妻も妻だ。
    義姉の方には、「義姉の所はマンションだし、義兄さんが嫌がるだろうから両親と話し合って止めた」とも勝手に決めていた。
    せめてある程度あちらで管理して欲しく、義姉の方にも打診したが「あんな気持ち悪い絵はいらない!」とハッキリ拒否されてしまった。

    結局、初めは俺の趣味の部屋を潰して(その時に、趣味のものの大半を処分して、非常に辛かった…)置いていたんだが
    全ては入り切らず、一部多少はマシなのがドアの外に溢れている状態となり
    「おじいちゃんの絵をこんな風に扱うにはみっともないし、ちゃんと飾ってあげたい」とまた妻が勝手に決めて
    子ども部屋の一つ(息子の部屋)を潰し、息子・娘を同室にして、祖父の絵を保管するルームを作ってしまった。

    26 :鬼女日記 2011/01/30(日) 21:28:36 0
    長文です。

    当時、私はエスカレーターで大学まで行ける学校の生徒だった。
    父は、仕事は自営の資格商売をしていて、趣味人だということは知っていた。
    収入は結構あったようだ。子供の頃、不自由をした記憶はない。
    朝早くに出勤する父は、夜は早めに帰宅し、夕食は必ず私と母と3人で採っていた。それは、母との約束だったらしい。
    親子の団欒と言えば夕食だけで、父は土日もろくに家にいることはなく、家にいる時は書斎に篭ってなにやらしていた。
    その筋では有名なマニアというか、市井の研究者だったらしい。
    時々、父の友人という人達が訪れて酒盛りをしていた。
    よく、私と母に手土産と言って、珍しい菓子や珍味をくれたのも覚えている。

    331 :鬼女日記 2018/11/18(日) 16:20:37 0.net
    皆さんのウトトメさんは、「終活」を少しずつ
    始めてる感じですか?
    うちの義実家の場合、
    トメは終活をしないままアボーン
    おかげで相続関係で面倒くさかった。
    ウトは健在だが、夫が水を差し向けても
    「終活?何ソレおいしいの?」状態。

    343 :鬼女日記 2014/01/25(土) 14:18:42 0
    父だ心臓麻痺でタヒんで遺品整理の最中に父の部屋からジュラルミンケースが出て来た
    とても重く家族内で「これ・・・・隠し財産かも!?」と期待して開けようとしたが
    中々開かなかった、そのうちその話を聞きつけ親戚連中も家に来て20人くらいでドライバー
    とかで開けようと頑張ってようやく開けたがその中身は・・・・・。

    年齢は5~15歳だろうか少女がネ果で写ってる写真・同じような年齢の子がSE/XしてるであろうタイトルのDVD
    あげくの果ては同じような年齢の「少年」のネ果の写真・DVD等々など想像を絶する物が出て来た。

    当然その場は静寂に包まれ1人また1人と静かに帰って行った、その後に母がポツリと言った一言で我が家は
    修羅場になった・・・・・・・・「私のは処分しとけって・・・言ったのに!」

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