養父

    979 :鬼女日記 2015/11/18(水) 00:01:33 ID:GYJ
    私の黒い過去は養父は本当は結婚させられるはずの相手だったこと。
    親に養父の家(第一次産業)に売られた。
    養父は
    「今更家にも戻れないだろう、うちも早朝は切実に人手が足りない。
     まさか15歳の女の子に俺の年(当時養父40過ぎ)で手を出したりしないし昼間は高校に行かせるから働いて手伝ってくれ」と言われた。
    養父は本当に養爺と養婆を説得し、しかも夕食後はすぐ「夫婦の部屋」に私は行っていい約束にしてくれた。
    養父と同じ部屋に寝ていたけど一度も手は出されていないし、着替えの時も養父の方から出ていってくれたし、高校も行かせてくれた。
    簿記の資格も高卒一年目でなんとかとって、養父の家業を本格的に手伝った。
    養父はその時期も同じ部屋だけど手を出したりしないでいてくれて、石女と騒ぐ養爺と養婆からも守ってくれた。
    21歳の時、養婆がタヒんだ。
    その時養父から養子縁組を頼まれた。
    実は養父は色盲で、子供に遺伝させるのが不憫で子作りはしたくなくて、でもこの家業は誰かに継いでほしいから、と。
    養子縁組をして、その頃にはもう寝室も別で本当に親子のような関係だった。
    26で旦那と知り合って婿養子に来てもらって子供も生まれて子供はもうすぐ私が養父と出会った都市を超える。
    旦那には実両親の虐待を見かねて養父が引き取ってくれたことにしてある、これはむしろ養父の希望。
    養父は今は入院しているけど、孫が待ってるんだよ、絶対治ってね。

    737 :鬼女日記 2010/04/11(日) 09:23:10 ID:VKYSxxz90
    ドケチな養父が私を引き取ったのは老後のためで
    そのため望まれて養子に行ったにも関わらず私の
    扱いは酷いものだった(風邪をひいた当時幼稚園児の
    私を一人自宅放置で遊びに行くとか、高校への進学
    費用を用意せず中卒で働かせるとか、暴力事件をおこし
    近所から私まで白い目で見られるとか、私の入浴を
    覗くとか色々)。

    「私がお嫁に行ったらどうするの?」「ついていく!!」
    「(暴力事件をおこすような人間は引き取れないので)
    老人ホームに入る気はないの?」「老人ホームに入ったら
    貯金も年金も全て取り上げられるから絶対に嫌だ!!」

    自分の金は一切使わず、生活費も入院費も墓代も
    (※実家の墓に入ることは養父の兄嫁から拒否された)
    全額私から搾り取ろうとする姿勢の父に嫌気が差し、
    私は19歳で失踪した・・・同僚も親族も友人も全員捨てた、
    どこで逃亡先の住所が父側に漏れるか分からないから・・・
    その後は転職と引っ越しの繰り返し、捕まらないように必タヒ
    何度か居場所がバレたが、逃げ切った

    それから十年経ち、さすがに養父の近況が気になってきた
    というか、逃亡生活の限界を感じた(転職転職転職で)
    離縁したい、当時はできなかったが、裁判すれば離縁
    できるかも、今なら法廷で戦える、という覚悟もできたし

    922 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/03/25(土) 15:36:45.47 ID:1vt8MRgl.net
    俺の修羅場書いてもいい?
    じゃ書く
    長いので小分け

    今となれば笑えるけど、当時はみんなそれぞれ悩んだ家族の修羅場

    産みの母は、俺を生んでタヒんだ。
    心臓周りの血管に元々持病があったらしい。だから、俺は産みの母を知らない。
    産みの母がタヒんで、俺を育てるのに必タヒだった親父をすぐに助けたのが、二つ下で父の幼なじみだった養母(以後母と)
    ちょうど、母にも子供(姉貴)がいて、丁度いいからと面倒を見てくれた。そっちの父とは離婚したそうだ。理由は知らん。教えてくれない。
    そこで色々あって、俺が3つの時に再婚、四人家族になった。まあ、父方の祖父母曰く、収まるところに収まったんじゃろ、とのこと。(別に産みの母を嫌っている訳では無い。むしろ褒めていた。)
    ところが、小4の時に、親父がタヒんだ。
    心臓だった。めちゃくちゃ朝早いはずの親父が朝起きて来なくて、そのまま冷たくなってた。
    俺も、姉貴も、タヒぬほど泣いた。

    両親の祖父母の手助けで生きていたが、中学2年の時に、母が再婚した。同じように嫁さんを病気で無くした、近くの大きな鉄工所のオーナーだった。親父と、そんなに年変わんないんだ。
    そこにも、弟と妹がいた。というか、姉貴→妹繋がりで知り合って、再婚、となった。

    ここでまず、俺の脳内修羅場発生。
    「血が繋がった人がいなくなった。」

    この修羅場が表に出たのが、俺の大学受験のとき。
    父の意向で高校、大学、院までぶっ続けで行ける技術系の学園にいたんだけど、ある日父に
    「お前、大学どうする?受験?エスカレーター?」
    って言われて
    「受験はしません。エスカレーターもしません。就職して、家を出ます。これ以上、迷惑はかけられません。俺は、あなた方と血が繋がってないんです」
    って返した。返してしまった。
    自分でも、やっちまったな、とは思ったわ。でも、しょうがないじゃん。技術系の大学の学費、私立たけーんだって。年間、基本で150行くんだぞ。追加で色々発生するし。で、弟妹もいるしな。
    無論、タヒんだ父母の保険金や、既に亡くなってる父方祖母の保険金やらで俺ひとりでも賄えない事は無い。盛大にお釣りが来る。でも、多分、親父はそれを使うことを許さない、そういう人だ。分かってたから、そう言った。家を出ますってね。ぶった斬るならここしかない、って。

    このページのトップヘ