鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

当ブログは主に既婚女性・男性板、 生活板、家庭板などから管理人が気になった話をまとめたサイトです。

    いい話

    699 :鬼女日記 2017/10/23(月) 17:39:56 ID:AyNk9MGr0.net
    毎週2万円クレジットカードで飢餓地域への寄付をしている。
    ハリケーンや地震の災害時はそちらに回すこともある。
    累計800万円ほどにはなっている。
    寄附金控除ができるところへの寄付なので寄付金の半分は税金が返ってくる。
    400万円分は税金が返ってきているから実質400万円の負担。
    4年前から株式投資を始めているけど、値上がりと配当を合わせた利益が3000万円超えた。

    630 :鬼女日記 2015/09/21(月) 14:30:12 ID:???
    自分語りをダラダラ書いていく。

    先日遅めの夏休みをとったのだが、旦那仕事で娘は学校。折角なので墓参りついでに長距離ドライブを一人で楽しむことにした。
    幼い頃はとにかく三半規管が貧弱で、車に乗れば5分後には車酔い。常に酔い止め薬必須だった。窓から緑を見るとか、視点を動かさずに前だけを見るとか、乗り物酔いに効果あると言われるものは必ず試したが、治らなかった。
    中学の修学旅行がバス移動で、楽しむことよりも酔って迷惑をかけてしまった思い出を一番鮮明に覚えている。

    高校生になり、恐怖のバス遠足があった。酔い止めもしっかり飲んだが、結局帰りのバスで酔ってしまった。
    田舎通りで簡単にバスを停めれるような場所がない。
    吐かないように目を閉じて、ひたすら眠る事に集中した。
    込み上げる吐気との戦いのなか、何気なく試みた息を止める行為が意外に酔いを和らげる効果があった。(個人差あります)
    以来、乗り物酔いしたら息を止めるを繰り返していくうちに、いつの間にか酔わなくなった。

    乗り物酔いが治って、絶望的と思っていた車の免許を取得した時、父に車を貸してくれるよう頼んだ。
    父は免許取得を反対しており、車を貸し出す時にも「タイヤ交換できるようになれば貸す」と条件を出してきた。
    父の頭の中では、私が山奥でタイヤがパンクして遭難するという物語ができあがっていた。
    最終的に、整備士の兄からレクチャーを受けて交換できるようになったが、それでも渋々貸し出す感じだった。

    後に母から、父が「娘とドライブデート」をしたかった事を聞いた。確かに小さい頃は酔うので車を極端に嫌がり、治るとすぐに免許を取ってしまったため、父と二人でドライブに行くことが余りなかったと後悔している。

    父の墓前に手を合わせ、ふと思い出したので書き込んでみた。

    長文駄文失礼致しました。

    835 :鬼女日記 2016/11/06(日) 10:37:09 ID:CJW
    大学で口がキツい指導教官がいた。
    そいつに「おい舌打ちすんな」と言われた。
    自分じゃ舌打ちしてる自覚がなくて、チッと口を鳴らす感覚が気持ちいい?から
    別に不愉快じゃない時でもなんとなくチッチッってしてた(んだと思う)。
    「別に怒ってるわけじゃないです」と反論したんだが
    「お前の気持ちなんかどうでもいい、こっちが不愉快だからやめろ」と言われた。
    それ以来自分が舌打ちしてるかが気になってたまらなくなって
    舌打ちするたび「あ、俺今舌打ちしたな」って思うようになり、
    なんとなく回数が減った。
    指導教官はその後もうるさかった。
    「聞こえてるくせに「は?」って何回も訊き返すのやめろ」とか
    「食ってる時ハシをカチカチ鳴らすな」と言われた。
    どっちも無自覚にやっている事だったのでカチンときた。
    言われてから気づいたが、俺は「は?」と訊き返してる間に返事を考える癖があった。
    ハシをカチカチは単に音が好きだから。
    と反論すると「せめて「ごめん、聞こえなかったからもう一回言って」と言え」
    「おまえがその音を好きでも周囲は嫌なんだよ」と叱られた。
    うざいので言うとおりにした。
    あと「人を見る時横目で見るんじゃなく顔を向けろ」
    「人前で靴下脱いで足の指を掻くな」
    色々言われた。
    衝撃だったのは教官がうざいから従っているだけだったのに話しかけてくるやつが増えたこと。
    今は当然だとわかるが当時は衝撃だった。
    俺はとにかくしつけのなっていないやつだった。勉強さえできりゃいいって親だったから。
    今でもたぶんしつけはなっていないが、大分マシな人間にしてもらった。


    77 :鬼女日記 2009/03/30(月) 18:14:50 0
    コトメへのDQ返し

    うちは良ウトメだがコトメが糞だった
    新婚家庭へアポなし凸、家をあさる、はやく子供生め攻撃
    その度にウトメ+夫は〆てたが、DQコトメには蛙の面に小便状態
    あるときコトメが私の同窓会の写真を見て「この人紹介汁!」と言ってきた
    高校時代の同級生のイケメン君
    イケメンとは同じ部活だったこともあり今でも親しくしていたので連絡を取ると煮え切らない返事
    そこをコトメのためにごり押しし引き合わせると、イケメンもコトメを気に入った様子
    (コトメ、見た目はヘキサゴンのゆきな?みたいなかんじです。イケメンの前ではめっちゃお嬢様っぽく振舞ってた)
    お付き合いが始まり半年、コトメはイケメンにベタ惚れ、
    イケメンに確認したところイケメンもコトメが大好き!結婚するならこの人!でも…
    最後の最後で煮え切らないイケメンにあるブツを見せ、イケメンは思い切ってコトメにプロポーズ
    そしてめでたく結婚したのが1年位前
    いまはコトメの凸も嫌味もなく私は快適に暮らしている

    ちなみにイケメン母(コトメトメ)、超きょーれつままです
    完全同居でコトメはさぞ大事にしてもらっているだろう。ついでにイケメン姉×2もすごいブラコンのいかず後家
    過去にイケメンの彼女はすべてこの3人にいびり倒され別れている
    女友達にも目を光らせていて、私の実家も高校時代何度難癖をつけられたことか…
    イケメンはこんな状態だからと結婚をあきらめていたんだけど、
    私がコトメから送られた嫁十か条を見せたら、この人ならうちの母姉とうまくやっていけるだろうと思ったとのこと
    嫁十か条は今はコトメ宅(トメコトメ同居)に額入りで飾られているらすぃ!!
    イケメン、いい人だけどかなり天然なんだよなあ
    コトメの愚痴も右から左へとスルーされている様子。嫁十か条もあるしねえ
    イケメンからは感謝されるし、ウトメ夫からは「あんなにいびられてたのになんて優しい嫁!」と評価うなぎ上りだし
    みんな幸せで私もハッピーさ!
    もしかしたら不幸な人もいるかもだけどさ。


    409 :鬼女日記 2017/11/02(木) 15:47:13 ID:7vk
    先々月の中ぐらいなんだけど、自杀殳するための道中で露出狂に出会った。
    混乱してたのか自分でもよくわからないけどそいつの腕をしっかりつかんで境遇を泣きながら話した。

    最後まで聞いてくれた露出狂は問題解決に有益なアドバイスをいくつかしてくれた。
    別れたときには不思議と気分はすっきりしていて、死ぬ気どころか明日から頑張ろうという気になっていた。

    一か月ぐらいたったけど今のところメンタルに不調はない。むしろ充実している。
    先生曰く『知らない人だから言いにくいことも言えてすっきりしたのではないか』ということらしい。

    長年、負のスパイラルで苦しんできたのにこんな些細なことであっさり治るのかと衝撃をうけた。

    もう一度で会えたらしっかりお礼を言いたいし、露出はやめてほしい。



    873 :鬼女日記 2015/06/15(月) 00:28:23 ID:ClR
    他スレで修学旅行の話が出てたから書き逃げする

    中学の頃友達がいない上にいじめというより避けられてた私は
    修学旅行のグループ分けでもやはりハブにされて情報を与えられず、それでもグループ行動(観光名所を巡る)に何とか着いていってたけど途中で撒かれて見ず知らずの京都の街中で一人っきりになってしまった
    それまでの私だったら多分泣いてたけど、全く知らない土地でまでそんなことをされたことで却って諦めがついたというか
    もう他人には期待せず頼らず好きなように生きようと思い、グループで行かなきゃいけないルートを全部無視して街中を好き勝手にお土産店とかを巡って心行くまで京都観光を楽しんだつもりでいた
    ホテルへの集合時間が近づいてたけど何だか名残惜しくて最後に立ち寄った喫茶店で、そこの店長のおばさんに声をかけられた
    制服で明らかに修学旅行生なのに、一人で来たからだと

    「あんたみたいな子、毎年一人は来るんよ」と言われた
    きっと全国どこの学校でも、そういう下らないいじめやハブ行為をする子達がいて、一人寂しく知らない街を歩き、せっかくの修学旅行が忘れたい嫌な思い出にしかならない子がいる…。と



    92 :鬼女日記 2016/03/06(日) 22:58:51 ID:L5qOA+jo.net
    全然かっこよくない話 しかも少し長い。ごめん。

    それなりに混んでるバスで、ちょっと太ってる親子が二人掛けの座席をそれぞれ1人で占領してた。
    停留所に止まるたびにお客さんは乗ってくるから、車内はドンドン混んでいって、その度に運転手さんが「中程までおつめ下さい。お席を譲り合って下さい。」ってアナウンスしてた。

    いくつかそんな感じで停留所過ぎたあたりで、その親子の母親の方がいきなりキレだして「ちょっと!運転手さん!疲れて寝てる人も居るんだからそんな何回もアナウンスしないでくれます?迷惑です!」みたいなことを叫んだ。
    車内はシーンとして、誰も直接は何も言えなくてヒソヒソって空気になった。
    その親子の子供の方が「しょうがないよ、運転手やってるような人間なんて…」とバカにしたように大声で言ってた。

    その後もその母親は「私はこの会社の株主なんですのよ!!」「あなたみたいに乗客のことを思いやれない運転手なんて!」と騒ぐ騒ぐ。(その間も混んでる車内で2人とも座席占領したまま)
    結局降りるときにわざわざ運転席に歩いてって「あなたの名前覚えました。会社に報告しますから覚えてらっしゃい」みたいなこと言って降りて行きました。(子どももニヤニヤしながらついていってた)

    すごく悔しかったのは何にも出来なかったこと。
    運転手さんは乗客の為に当たり前のことをアナウンスしただけなのに…。

    終点まで乗ってた自分はせめて…と思って、降りるときにメモに名前と電話番号を書いたものを運転手さんに渡しながら
    「自分は運転手さんが正しい事をしてくれたと思います。あの方に何か言われたら、自分が証言します。」と言いました。


    618 :鬼女日記 2016/02/09(火) 18:43:51 ID:hBN
    母親がスナックのママだったこと
    母は私が赤ん坊に父と離婚したので、その後は私と祖父母と母で暮らしていた
    私が物心つく頃には母は『食堂』で働いていると説明していた
    夕方にバスで家を出て、深夜私が眠ったあとタクシーで帰宅する、そんな生活だった
    でも寂しくはなかった
    夜は祖父母と時代劇を見て祖母と一緒に寝て、
    朝には母が私より早く起きて洋風の豪華な朝ごはんを作ってくれて皆で食卓を囲んだ
    たいていは夕食も母が作り置きしてくれたおかずが並んで
    ルーを使わずに作るビーフシチューとポテトサラダが特に美味しかった
    食堂勤めだから料理もうまいのかなって思ってた
    母が毎日使うタクシーも高くない乗り物だと勘違いしてた
    今考えると毎晩4~5000円分は乗ってたはずだから結構な額なのに
    小学校高学年になると母は『実は食堂ではなく居酒屋の厨房で働いてる』と説明した
    煙草やお酒の匂いがわかるようになった私に不審がられないようそう言ったのだと思う
    中学から私立の女子校に通った
    ママって結構お金持ち??と冗談ぽく聞くとお婆ちゃんたちの年金だよと母は答えた
    大学は学外進学して一人暮らしをはじめた
    家賃と生活費を仕送りしてくれて、バイトは必要なかった
    その頃、家も新築した
    私ももう子どもじゃないので、この金銭的余裕はなんだ?と思い始めた
    実は父が養育費を払ってくれているとか?と考え
    母の心情を思って、母から話すまで聞かないでおこうと決めた
    就職は地元にした
    同期の皆で飲み会をしようということになり
    私はケータイで「居酒屋 料理 美味しい ○○駅」と検索した
    まだグルメ情報サイトみたいなのに網羅性が無い時代で
    引っかかったのは個人のブログだった
    「おふくろの味が染みる下町のスナック ママのトークとポテトサラダが絶品!」みたいな文が目にとまり
    同期との飲み会で行く店では無いけれど、何故か興味をひかれてそのページを開いた
    うちの母のポテトサラダは独特の材料なのだけど、そのブログで紹介されているものと全く同じだった
    そして、そのスナックのママが"ショートカットの親しみやすい美人ママ!"と紹介されていたことも気になった
    うちの母はショートカットで化粧っ気がないけれど、よく美人だと褒められるからだ
    それだけだけど、もう確信した これうちのママのことだ!と



    525 :鬼女日記 2016/03/02(水) 18:56:32 ID:UfG
    ジジイの思い出話をさせて下さい。
    おーぷんは趣味の板などを一年ほど読んでおりますが、不手際がありましたらお詫びします。

    私がまだ三十代の頃、新入社員を二名、教育係として担当しました。
    簡単にAとBとします。
    どちらも調子のいい男で、給料日の後には揃って「先輩なんかおごって下さいよ!」
    などと言ってきて夕飯を付き合わされましたが、私も初めて後輩を直接に指導したので
    可愛くて仕方なく、月に二度ほど夕食や酒をおごる日々が続きました。

    翌年、忘れもしません五月の末の、よく晴れた日のことです。
    その年には私の部署に新しい社員の補充がなかったため、月に一度くらいの頻度ですが
    まだ先輩のおごり夕食は続いておりました。
    ところが私が朝から腹の具合が悪く、若者たちの喜ぶようなガッツリとした食事は
    避けたい気持ちだったため、おごり要求が来たものの別の日に、と断ろうとしました。

    するとAが、先輩に合わせますよ、と言います。
    Bも、たまには先輩の行きたいとこ行きましょうよ、などと調子を合わせます。
    ひょっとすると、後日となったら来月あたりまでおごりを飛ばされると思ったのかも知れません。
    本当に調子のいいヤツらなんです。
    そこで私は、少し値は張りますが、とても優しい味の和食を出す小料理屋に連れて行きました。
    その店は私も先輩から教えていただき、たまのご褒美に焼き魚や煮物をアテに酒を愉しむ
    小さいけれど居心地のいい店です。
    ご夫婦で営まれており、その頃、すでに五十代後半の旦那様がお料理を、奥様が接客を
    されていました。
    私はまだ腹の具合が落ち着かなかったので、焼き魚定食のご飯小盛りを。
    Bは刺身だったかな? Aは鯖の味噌煮定食を頼みました。
    そこの定食は、メインのおかず以外にも煮物や小鉢が豊富で、どれも出汁のきいた薄味です。
    若者の口に合うかな、と不安でしたが、二人ともご飯をおかわりする勢いで食べてくれました。

    それからまたしばらく経ったある日のこと、私が一人で当の小料理屋へ行くと
    Aがカウンターに座っておりました。
    聞けば、あの後、一人で何度も通っているとのこと。
    私と一緒に行った日に食べた鯖の味噌煮が、Aの亡くなった祖母の味とそっくりだったため
    懐かしくなり、酒は頼まず定食だけを食べに来ていたのだそうです。
    店のご夫婦ともすっかり仲良くなったようで、それからも度々、彼を店で見かけました。


    358 :鬼女日記 2018/03/30(金) 10:54:25 ID:k6z
    庭のアネモネを見てふと語りたくなった
    小学1、2年の頃、学校帰りに知らない家の庭で初めてアネモネを見た
    中心から黒、白、そして赤青紫と変化する色のコントラスト
    そして丸みのあるかたちが何とも言えず愛らしくて
    子ども心に「なんてかわいいお花だろう…!」ととても感動した
    しばらく眺めてから帰宅するとたまたま母親が在宅していた
    当時、クズだった父と離婚した母親は
    借金を返しながら私と姉を育てるために馬車馬のように働いていた
    そのせいか性格もよく言えばサバサバ、悪く言えばそっけなく男っぽい雰囲気で
    多忙のため構ってくれることも少なく
    間違っても「優しいお母さん」という感じではなかった
    でも私はその時どうしてもアネモネを見た時の感動を伝えたくて
    「今までで一番きれいな花を見つけた」とつたない言葉で母に訴えた
    夜勤明けで疲れていただろうに、母は熱心に私の話を聞き
    私が語った特徴から「たぶんアネモネっていう花じゃないかな」と教えてくれた
    そして「一緒にもう一度見に行ってみよう」と私を連れて外に出た
    暖かな日差しの下を、母と手をつないでゆっくりと通学路を戻った
    「これ!これ!」と花を指さすと
    「やっぱりアネモネだよ。あんたはこういう花が好きなんだね」と母が笑った
    2人で花を眺めていると家の人が出てきて
    母が「娘が今までで一番きれいな花だと言うので見せていただいていました」と話すと
    喜んでアネモネを数本分けてくれた
    それを手に持ってまたゆっくり歩いて家に帰った
    いつもの通学路が、母と歩くだけで特別に感じられた
    私が感動した気持ちを母がしっかり受け止めてくれたこと
    その感動を共有しようとしてくれたことが嬉しくてたまらなかった
    それから何十年もたって母は悠々自適の生活になり
    今日は山野草を見に行く、今日はどこどこの植木市に出かけると忙しい
    そして暑い日も寒い日も嬉々としてガーデニングに精を出している
    実は昔から花が大好きだったらしい
    きれいなものやかわいいものなんて少しも興味がないような顔をして
    いつもひたすら働いてばかりいたから全然気づかなかった
    本当に他愛ない思い出だけどアネモネを見に行った日のこと覚えているだろうか
    聞いてみたいけど忘れてたらちょっと寂しい

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